ジャック・ラッセル・テリアのジャック
ジャック・ラッセル・テリア。
その名は、かつて一人の牧師が愛した白いテリアに由来するという。だが、この地のジャックたちがそんなルーツを知る由もない。彼らにとって『ジャック』とは、代々長男が継ぐべき誇り高き名前だった。
エルデ村のリーダーを務める四代目のジャックは、その名に恥じない自信家だ。
誰に対しても物怖じせず、太陽のような明るさで仲間を惹きつける。そんな彼を、幼馴染のマンチェスター・テリア――グレーターだけは、決して名前で呼ぼうとしなかった。
グレーターが抱えていた卑屈さ。自分とジャックの間にある、埋められない『差』。
名前を呼ばないという行為は、彼に残された唯一の、ささやかな抵抗だったのだ。
ジャックは、そんなグレーターの「いじけ方」を深く気にしたことはなかった。
いつかグレーターが自信を取り戻し、真っ直ぐに自分を見てくれる日が来る。ジャックはそう信じていた。――いや、そうなるように、自分が導いてやるのだと確信していた。
だが、ある日を境に、グレーターの態度は劇的に変わった。
村を襲ったネズミの大量発生。その混乱の中で、リーダーであるはずのジャックが足を止めてしまった瞬間、最も軽快に問題を解決したのは――他でもない、グレーターだった。
それをジャックは、幼馴染として心から嬉しく思った。
……だが同時に、言いようのない「つまらなさ」が胸を焼いた。
グレーターが活躍したことが不満なのではない。
鬱屈した彼の背筋を真っ直ぐに伸ばすのは、他ならぬ『自分』であるべきだったのだ。それなのに、ある少年からの依頼ひとつで、あそこまで鮮やかに自立するとは。
それが、ジャックにはどうしようもなく寂しく、面白くなかった。
自分が彼の「ヒーロー」でありたかったという、無意識に育てていた傲慢な独占欲。それが今、ジャックの中でチリリと焼けるような嫉妬に変わっている。
「やあ、グレーター。最近、調子はどうだい?」
向けられた笑顔はいつも通り明るい。だが、その瞳の奥にはわずかな濁りが澱んでいる。
ジャック・ラッセル・テリア。
この犬種は、その進化の過程で三つの枝に分かれている。
一般に知られる社交的なジャック。姿を変えたパーソン・ラッセル。
だが、このエルデ村にいるジャックはそのどちらでもない。狙った獲物を最前線で追い回し、決して逃がさない情熱と執念を煮詰めた――『本場』のワーキング・テリアだ。
『テリア』とは、ラテン語で土を意味する。
この村でも歪みながらその言葉は伝わっているが、皆は「土掘りが好きな種族」だと平和な勘違いをしている。
違う。
土の穴に逃げ込んだ獲物を追い回し、無理やり引きずり出すのが彼らの本業だ。
今、社会に適合し、愛想を振りまく者たちは、現場を降りた個体に過ぎない。
だが、このジャックは違う。
社会に適合する術を身につけながらも、その内側に、狙ったものを仕留めるまで顎を緩めない執念を絶やさずに持っている。彼は、現場の血を引く真のジャック・ラッセル・テリアの末裔なのだ。
その血が、「幼馴染の自立を手助けする」という獲物を狙っていたが、それは肩透かしに終わった。
獲物がなくなれば、一旦は普段の社交的な『ジャック』に戻る。
「なんだよ? 調子って? いつも通りだが?」
「そうかい? 最近少し、落ち込むことがあったらしいじゃないか」
もちろん、内容は聞いている。
アキ一族の少年に取っ組み合いを挑み、無残に返り討ちにあったことを。
「チッ……誰だよ、こいつに言ったの……」
グレーターは舌打ちし、背中を向けた。
一見すれば嫌悪の仕草だが、ジャックはこれがただの幼い抵抗だと知っている。
だから気にせず、さらに踏み込む。
「俺が練習相手になってあげようか?」
一度、自信を取り戻させるチャンスは逃してしまった。
だが都合のいいことに、グレーターはまた落ち込んでくれている。
だから、これは再び巡ってきた「機会」なのだ。
自分の導きによって、グレーターが再起を果たすためのチャンス。
意固地になって名前を呼んでくれない幼馴染が、ついに屈服し、ジャックの誇りであるその名を呼ぶ瞬間。
それを、ジャックは早く訪れないかと。
泥にまみれてグレーターと組み合いながら、尾を振るような熱量で、今日も待ち望んでいる。
ジャック・ラッセル・テリアのご先祖は白のフォックス・テリア。
つまりワイヤー・フォックス・テリアのラスティはジャックの親戚になります。
今回は特に絡みがないですが、一応設定として。




