コーヒーの香る街で
選挙が終わって、町はまた静かになった。
ポスター掲示板は撤去され、選挙カーの音も消えた。
公園では、犬が読書していない。
コンビニのレジ袋は、ただのレジ袋に戻った。
喫茶店「珈琲 神田」には、いつもの常連が戻ってきた。
カウンターには、町内会副会長、スーパーの店長、保育園の園長。
そして、神田直樹。
「選挙、終わりましたね」
「終わったね」
「神田さん、なんか変わった?」
神田は、ネルドリップの湯を注ぎながら、静かに言った。
「いや、豆の種類がちょっと増えたくらいです」
棚には、新しいブレンドが並んでいた。
『トリビアブレンド』『供託金ロースト』『ウグイス嬢ブレンド』——
どれも、選挙期間中に生まれた名前だった。
町民たちは、それを笑いながら注文した。
「じゃあ、ウグイス嬢ブレンドで」
「供託金ロースト、没収されない味で」
そして、窓の外を見ながら、ぽつりと誰かが言った。
「この町、ちょっとだけ、好きになったかも」
神田は、カップを差し出した。
「それなら、淹れた甲斐がありました」
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物語はここで幕を閉じます。
選挙の結果は語られない。
でも、町の空気は、確かに変わった。
静かに、じんわりと。
そして、喫茶店の窓辺には、今日もネルドリップの音が響いている。
「その票、ください」
——その言葉は、今も、町のどこかで、誰かの心に残っている。




