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神田直樹、出ます  〜その票ください〜  作者: 双鶴


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10/10

コーヒーの香る街で

選挙が終わって、町はまた静かになった。

ポスター掲示板は撤去され、選挙カーの音も消えた。

公園では、犬が読書していない。

コンビニのレジ袋は、ただのレジ袋に戻った。


喫茶店「珈琲 神田」には、いつもの常連が戻ってきた。

カウンターには、町内会副会長、スーパーの店長、保育園の園長。

そして、神田直樹。


「選挙、終わりましたね」

「終わったね」

「神田さん、なんか変わった?」


神田は、ネルドリップの湯を注ぎながら、静かに言った。

「いや、豆の種類がちょっと増えたくらいです」


棚には、新しいブレンドが並んでいた。

『トリビアブレンド』『供託金ロースト』『ウグイス嬢ブレンド』——

どれも、選挙期間中に生まれた名前だった。


町民たちは、それを笑いながら注文した。

「じゃあ、ウグイス嬢ブレンドで」

「供託金ロースト、没収されない味で」


そして、窓の外を見ながら、ぽつりと誰かが言った。

「この町、ちょっとだけ、好きになったかも」


神田は、カップを差し出した。

「それなら、淹れた甲斐がありました」


---


物語はここで幕を閉じます。

選挙の結果は語られない。

でも、町の空気は、確かに変わった。

静かに、じんわりと。


そして、喫茶店の窓辺には、今日もネルドリップの音が響いている。

「その票、ください」

——その言葉は、今も、町のどこかで、誰かの心に残っている。


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