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リミット  作者: 過酸化水素水
2章 予知
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   4


 『水曜日』


 午前の授業の時とは違い、午後の授業は集中して――――寝る事が出来たので、とても充実した時間を過ごせた。はっきり言って『漢文』の授業が今後の人生でなんの役に立つのかは、全く疑問だった。

 いつも連るんでいる金子達は部活や用事があるらしく、HRが終わるなり皆慌しく教室を出て行ってしまった。

 今日はバイトもなくこの後は暇だったので、琢真はこれから何をしようか思案する。

 愛もどうやらクラスの女友達と遊ぶようで、数人連れ立って騒がしく教室を出て行った。


(仕方ない、今日は家でまったりするか)

 そう決めると、残っていたクラスメイト達に別れを告げて教室を後にする。

 東校舎一階にある玄関に向かい、靴に履き替えて外に出ると、同じく出てきた修司と鉢合わせる。

 仲の良いメンバーの中で唯一修司だけはクラスが違っていた為、こういうことが時々起こる。

「何だ、お前も今帰りか」

「見れば分かるだろう」

 相変わらず可愛くない友人だった。しかし、丁度良い。

「今からお前ん家行っていいか?」

「ふむ……。まあ構わん」

 暇つぶしの相手を早々に捕まえることができ、琢真は少し嬉しくなる。

 年頃の男が部屋に二人っきりですることと言えば、決まっている。

 そう、もちろん――――


 ゲームだ。


 修司はいつも本ばっかり読んでいる男だが、それでいて中々のゲーマーでもある。プレイジャンルは、RPGからSLGまでジャンルは多岐に渡り、最短ルートでクリアしたらゲームをやめる琢真とは違い、ゲームを隅々まで楽しむ……やり込み派でもあった。

 そして今、二人はあるゲームに嵌っている。

 それは携帯機のACTRPGだった。通信協力プレイも出来る奴なので、週二の割合で修司の家に集まり一緒に遊んでいた。

 このゲームを最初に二人に勧めた張本人が別にいるのだが、始めこそ音頭をとって一緒にプレイしていたものの、早々に飽きたようで今では全くプレイしていない。そのため、現在は二人だけでまったりと進めている。

「そうと決まれば、とっとと帰るか」

「ああ」


 並んで東門に向かっていると、莉理が後ろから二人の脇を通り過ぎようとした。

「あ、藍田さん」

 思わず琢真は声を掛けてしまう。莉理はそれに気づいたのか、何か急いでいた風だったのにもかかわらず律儀にも立ち止まった。

「ご、ごめん呼び止めちゃったね。急いでるんでしょ? 気にしないで行っていいよ」

 別段用事があるわけでもなかったので、申し訳なく思い琢真は詫びる。

「あ、うん、ごめんなさい。ちょっと用事があって急いでて……」

 莉理は恥ずかしそうに、顔を上気させて弁解する。

「よ、呼び止めてごめん……。また明日」

「うん、さようなら」

 小さく頭を下げ、莉理はそのまま再び早足で去ろうとする。


 ――――しかし。

「危なーーいっ!!」

 突然。数名の叫び声が校庭に響く。「きゃっ」

 発信元と思われる地点に視線を向けようとするも、琢真は視界の端に白い小さな塊がこちらに向かってかなりのスピードで近づいてくるのを捉えたため、一瞬体が固まってしまう。

 どうやら、それは自分には当たらないということを瞬間的に把握し体が弛緩する。だがその数瞬後、進路上に莉理の姿があることに思い至り、ドクンと心臓が跳ねた。

 そんな刹那の時間で出来る事は何もなく、無常にもその塊が莉理の居る場所に向けて落下した。

「藍田さんっ!!」

 塊が落下したのとほぼ同時に、琢真の体の奥底から悲鳴が湧き上がる。

 最悪の事態が脳裏に浮かんだのは、その一瞬の間だけだった。


「あぅ、転んじゃった……」

 可愛らしい呻き声が聞こえてくる。

 どうやら莉理は塊が直撃する前に運良く地面に躓いて転んでしまっていたようだ。

 だが、そのお陰で塊を避ける事が出来たのだろう。打ち付けたらしい膝を押さえながら、ゆっくりと莉理が立ち上がる。今何が起こったのかもよく分かってはいないようだ。

 琢真がその事に思わず安堵の息を吐くと、どこかに跳ね返ったのか塊――野球の硬球だった――が足元に転がってくる。琢真はその硬球をゆっくりと拾い上げた。当然硬い。

 これがあのまま莉理にぶつかったかと思うと、恐怖が湧いてくる。彼女が偶々転んでいなかったら、恐らくそうなっていたのだ。


「すみませんーーん。大丈夫でしたかー?」

 当たらなかった事が分かったからか、若干暢気な口調で声を掛けてくる野球部に、琢真は激しい怒りを覚えた。

「ふざけんな!! もう少しで彼女にぶつかる所だったろうが!!」

 瞬時に怒りがマックスまで到達し、琢真は声を掛けてきた部員に掴みかかった。

 その剣幕に慌てたのか部員は態度を改め、申し訳なさそうに再度詫びてくる。ただ、それぐらいで許せるわけが無く、琢真は怒鳴り上げようとする。

 しかしそれは、修司から今の事情を聞いたらしい莉理によって慌てて止められた。

「あ、あの! 大丈夫、私は大丈夫だから気にしないで!」

「でも!」

「わざとだった訳じゃないし、これは不可抗力だよ。ね? だから大丈夫気にしないで」

 前半は琢真に向かって、後半は野球部員に向けて発していた。

 申し訳なさそうに、彼女に向かって「すみません」と、野球部員が再度謝罪する。莉理は「気にしないで」と、にっこり笑った。


「本人がいいと言ってるんだ、お前が怒る筋合いはないだろう」

 今までずっと静観していた修司が、琢真を咎めるように言う。その目は暗に、何様だと語っていた。

 確かに彼女が許している以上、悲しいが何の関係もない自分が怒っているというのも変な話だ。琢真は一度深呼吸して怒りを沈めると、持っていた硬球を部員に投げ渡した。

 部員は球を受け取ると、帽子を取り一礼して元の場所に戻っていった。


「あ、あの……芳垣君。その……ありがとう」

「え?」

 何のお礼か分からなかったので、琢真は思わず間抜けな声を上げてしまう。

「私のために、その、怒ってくれて……」

「あ、いや……」

 何と返そうか慌てていた琢真に、莉理は天使のような微笑を浮かべる。

 何となく、お互いそのまま見詰め合ってしまう。


「藍田、時間はいいのか?」

「あっそうだった! ごめん、私行くね! さようなら」

 無粋な声で割り込んできた修司の声により我に返った莉理は、琢真達に別れを告げると慌しく走り去っていった。

「さよなら……」

 莉理が去った後には、彼女の後姿が見えなくなるまで見送る琢真と、その様子を見て呆れたように嘆息する修司の姿だけが残された。


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