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リミット  作者: 過酸化水素水
終章
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終話 日々

 

 『月曜日』


 長かった一日も、ようやく終わりを迎えた。

 放課後になり、皆沈んでいた空気を払拭するかのように賑やかに騒ぎ始める。

 教室では昨日一昨日と行われたお祭りで撮った、携帯写真の見せ合いが行われ始めたようだ。殆どのクラスメイト達の顔は明るい。

 高橋達も窓際の席に座って、楽しそうに笑い合っている。

 いつもの三人(・・・・)で、もしかしたらその中の一人が欠けていた事になっていたかもしれないなどとは、その様子からは微塵も感じる事は出来ない。


「あれが琢真の望んだ結末だ……。そう沈み込むな」

「分かってる……。それは分かってるけどさ……これじゃ琢真があんまりにも……」

 その光景を見ながら、修司と愛が寂しそうに呟き合った。

 明るい雰囲気で包まれている教室の中、この二人の周囲だけは異質な空気を放っている。

「確かに可哀相だが……あの光景を護ることが琢真の望みだったんだ。きっと……この結果に後悔はしていないだろう」

 修司の推測に、

「そうね……。これがきっと……琢真の望んだ結末だったのよね」

 愛が哀しげに頷く。

「ああ……そうに違いない」

「琢真……アンタはきっと……」


 琢真はその猿芝居をどこまで見ようか迷ったが、際限が無さそうなのでここで止めておく事にした。

「勝手に人が死んだ風に語り合うな」

「おお、琢真生きていたか」

「あら琢真、元気?」

 今朝会った時から、ずっとこんな調子だった。

 朝はこの二人に加え、悪乗りした金子達も一緒だったので更に手に終えなかった。どうやら、それほど琢真に死んでいて貰いたかったらしい。

「大体ね……アンタなんで生きてるのよ?」

 一昨日から琢真が何度も言われている台詞だ。見も蓋も無いが、まあその事については琢真も同意見だった。

「さあ……何でだろうな?」


 琢真は奇跡的に助かっていた。

 どころか、傷らしい傷も負っていなかった。

 伝え聞いた話によると、鉄筋の殆どは自分の体を逸れるかのように体のすぐ横の地面に突き刺さっていたらしい。残りの鉄筋は、あの時乗り捨てた木村の自転車が体に被さる様に乗っかり、盾の役割を担っていてくれていたお陰で、直撃を避けられていたそうだ。

 サドルや車体が鉄筋をガードしてくれており、それがなければ琢真は間違いなく重傷を負っていたに違いないとのことだった。

 らしい、そうだ、と憶測が続いたが、それもその筈で、琢真が覚えているのは莉理の代わりに剥き出しの鉄筋の山が自分の頭上に降り注いだ、という所までだからだ。

 情けなくも琢真はその時気絶してしまい、次に目が覚めた時は病院の病室だった。


 琢真が病院に居たのは、家の前から物凄い轟音が響いてきたので家の前に出てきた莉理の母親が、娘と、その同級生と、その惨状を見て勘違いし、慌てて救急車を呼んだためそうなったと言う話だ。

 愛と修司は胸騒ぎがしたため所用(・・・・)を済ませてから、琢真の後を追ってきたそうなのだが、家の前の惨状を見た時には血の気が引いたらしい。

 丁度救急車が自分や彼女を乗せて出発しようとしている時だったので、泡食って無理やり救急車に乗り込んだのだそうだ。その場に居た吉田達が言うには、その時の二人の様子はかつて見たことがない程青ざめ、取り乱していたとの事だ。

 だがいざ診断してみれば、琢真はかすり傷だけで健康体そのもので……。

 それが恨みをかって、朝からの(正確には土曜日に目を覚ましてからだったが)悪乗りに繋がっていたのだった。


「婆さん曰く、あの日は俺が死ぬ運命の日じゃなかったから、助かったんじゃないか、って言う話だったが……」

 異常無しと診断された病院からの帰り道、琢真は老婆と再びバッタリ顔を合わせる事になった。

 老婆に先程の事故の事を話そうとしたが、何故か老婆は既にその事を知っていた。曰く『視えた』らしい。

 話を聞くと、それが視えたのは丁度琢真が莉理を助けた頃と思われる時間と一致していた。

 老婆は感慨深げな顔で莉理を助けられた理由の推測と、恐らくもう問題ない筈だと言う保証を琢真に告げた。

 ただ、老婆もこのような事態は初めてな為、一応明日まで警戒はしたほうが良いかもしれないと言う事だった。なので次の日は一日、愛に莉理の傍にいてくれるように頼んで、琢真はその周囲で見守っていた。だが結局、老婆の言葉通り何も起きる事はなかった。

「ふん、ナンセンスだ」

「まあ、何でもいいじゃない、もう大丈夫って事なんだから」

 相変わらずの修司に、珍しく突っかかる事無く愛が取り成す。

 いつの間にか、愛の老婆に対する表現が丸くなっているのを琢真は感じた。何か心境の変化でもあったんだろうか?

 ただ確かに老婆の話は、あんまりな理由である。なので、琢真はそれとは違った理由を考えていた。

 自分が助かったのはきっと――――


「しかし、あの老婆はまだこの街に居るつもりなのか?」

 修司の疑問は琢真も抱いた事で、老婆と別れる時に同じ事を尋ねた。

 老婆はその頃にはすっかり元の偏屈さを取り戻しており、

「ふんっ、小僧には関係ないわ! ……まあ暫くはシャボンにおるじゃろう」

 と、ツンデレ調の台詞を吐きながら去って行った。

 琢真が老婆から聞いたそのままを話すと、愛も修司も顔を歪めた。良からぬイメージを想像したのだろう。


「何三人で変な顔してんの? ……まあいいや。ねえ、これから莉理の快気祝いと、莉理がお祭りに行けなかった代わりに皆で遊びに行こうって話してるんだけど、三人とも参加しない?」

 唐突に三人の中に田中が割り込んでくる。この後の事を考えているのか、表情は明るい。

「アタシは良いわよ」

 真っ先に答えたのは愛だった。

 この二人……それと高橋も、少し前までは琢真の所為で冷戦状態になっていた筈だった。しかし、今ではそんな事があった様子を微塵も感じない程、すっかり元通りの関係になっている。

 もちろん理由があった。それは田中が、あんなに憤っていた琢真をも遊びに誘っている理由にも繋がっている。

 結論から言うと、琢真のストーカー疑惑が払拭された為だった。

 それには修司の暗躍と池山の行動が大きく絡んでいた。


 あの日池山は何とか痴漢魔を交番に連行する事が出来て、その時の事情聴取の際に捕まえたのは自分ではなく琢真だと言う事で話していたのだ。

 その所為で、明日。琢真は警察から感謝状を受け取る事になっている。

 琢真は捕まえたのは池山じゃないかと抗議をしたが、最初に発見したのはお前だと言う理由で、池山は自分の発言を曲げようとはしなかった。

 その話は今日の朝、自分の新しいクラスを聞いていない事を思い出し、職員室を訪ねた琢真に池山から告げられた。更に、池山は同じ話をクラスでも披露した。

 当然クラスメイト達は首を傾げた。ストーカーの筈の琢真が、痴漢魔を捕まえたというのが繋がらなかったのだろう。

 そこに修司の謀を授かっていた金子達が甘い嘘を付く。

 つまり、莉理を本当にストーカーしていたのはその痴漢魔で、琢真は偶然その気配を感じて彼女を護ろうとしていただけ、という嘘だ。

 じゃあ、あの写真は? という疑問ももちろん挙がった。だが、そこは『X』の行動を一部利用して答えていた。

 痴漢魔は琢真が莉理の周りをうろついているのを知って、邪魔者を排除しようと貼り紙を学校に忍び込んで張ったという話になっている。

 流石に信じなかったクラスメイト達だったが、山口が白々しく「そういえば、朝錬している時にそんなオッサンを見た気がする」という発言をしたので、一気に話に信憑性が増したようだった。

 その効果を期待していた為か、山口だけは朝登校した琢真に近づかずに、他のクラスメイト同様に警戒している振りをしていた。

 琢真はその事は全く知らされていなかった為、山口の様子には酷く困惑していたのだった。

 ともかくそれにより琢真の風向きは変わり、かつ莉理本人が琢真に普通に接してきたので、結局皆話を信じ込んでしまった。

 そのお陰でクラスメイト達に謝られた挙句、今皆の中で、琢真は莉理を痴漢魔から身を挺して守った勇敢な漢、という認識に変わっている。琢真が皆に問い詰められた際に何も言わなかった事も、勝手に良い様に解釈してくれているようだ。


 なお、クラスも被害者である筈の莉理を始めとするクラスメイト達が、琢真のクラス移動撤回を願ってくれた事と痴漢魔逮捕協力の事もあって、琢真は元のクラスのままで居られる事になった。

 それは素直に嬉しかった。

 だが、あくまでその話はクラスメイト達の間だけで浸透した話で、他のクラスや教師達は全く知らない事だ。なので、まだ琢真に対しての視線には冷たいものも多かった。

 ただ修司曰く、別に何もしなくても生徒間では徐々に美談として広まっていくから、その内周りの見る目も変わる筈だと言うことだった。

 痴漢魔とはいえ、全く関係のない罪を押し付ける事に抵抗を覚えたが、この話は警察までには広まらないだろうから、問題ないという修司の言葉に少し安心した。

 それにその話を広めておけば、『X』の事を表ざたにする必要もなくなると、愛も積極的に賛同していた。


 そう言えば、その『X』はあれからどうしているかと言うと――――

「あ。あの子、今尾登と歩いていったわね」

「ふむ……。あんな事件を起こしておいて、いい気なものだ」

「るっさいわね~~! 良いじゃないのよ、琢真が許してるんだから。アンタがどうこう言う話じゃないでしょ!?」

「何を言う! その所為で俺達が……」

「小さい奴! 大体アンタは……」

 何やらいつも通りの言い合いが始まってしまう。


 『X』は琢真が莉理を追って公園を離れた後、直ぐに現れた尾登に、愛によって無理やり告白させられたそうだ。

 その場に居た金子の話からすると、もっぱら愛が話していたそうだが。

 で、結局二人は付き合う事にこそならなかったものの、友人から始めたら? という愛の提案を尾登が認めたことが、今見た光景に繋がっていた。

 尾登の隣で、恥ずかしそうに顔を上気させていたがとても幸せそうだったので、きっとこれで良かったのだろう。少なくとも、もう二度と彼女は誰かを傷つけようとはしないに違いない。

 なお、今回の彼女の暗躍を内緒にする代わりに、莉理に対しては今まで通り振舞う事を約束させていた。

 ちなみに、尾登が莉理の修学旅行の写真の殆どに写りこんでいた事は、あの場で愛に追求されていた。

 写りこんでいた理由は、単に莉理への告白のタイミングを図っていたからだというだけだったらしい。 その様子を尽く撮影されていたのは不運だったとしか言いようが無く、尾登には同情せざるを得ない。


「ちょっと! 二人とも喧嘩してないで、参加するか教えてよ!」

 田中の苛立った声により、二人は争いを一時中断した。

 フンッと互いに顔を背けあっている。

「三人とも参加で良いわ」

 愛が勝手に答える。

 琢真は特に不満はないが、修司は違ったようだ。再び眉をしかめ始めていた。

 だが、何か苦情的な事を言う前に、

「そう言えば、翔子。アンタ金曜日何してたの? 街で見かけたんだけど」

 と、愛が田中に質問し、

「え、見られてた? でも良くぞ聞いてくれました!! それがさぁ、聞いてよ~~」

 と、田中が愚痴を始めてしまった為、何も言わずにそのまま黙り込んでしまった。

 琢真には何の話か分からなかったが、田中の話は……下らない内容だった。

 田中はそれをひとしきり話し終えると、満足したように莉理達の元に戻っていき、後には疲れた顔の愛が残された。

 田中から三人の参加を聞いたのか、高橋と莉理がチラリとこちらを見て微笑んだ。その莉理の笑みには、あの晩の恐怖の色は全く感じられない。


 結局、琢真は事故の際にかすり傷程度でほぼ無傷だったのだが、莉理は違った。と言っても、深刻な外傷があった訳ではない。それは膝と手に擦り傷がある程度だった。

 ところが琢真が引っ張った際、受身を取れず地面に頭を打ちつけて気絶していたらしい。

 そして、病院に運ばれて程なくして目を覚ましたのだが――――


「でも、莉理が何にも覚えてないっていうのは、アンタとしては残念ね」


 莉理はその時の影響か、公園に入った後の記憶を失っていた。

 ただ他は何も異常がなかったので、土日の検査入院の結果晴れて退院していた。

「何で俺が残念なんだよ」

 状況が仕方なかったとは言え、自分の所為で折角の休日のお祭りをふいにさせてしまい、琢真としては彼女に申し訳ないと思っていたので、残念なんて思う筈もなかった。

 なお琢真は莉理が短い間とは言え記憶を失う事になったのは、自分の所為だという事で莉理の母親にも詫びたが、それには怒られるどころか感謝されてしまった。琢真がそうしなければ、娘はどうなっていたか分からない、と言う事で。

「だって考えても見なさいよ? 自分の命の恩人を自分が認識しているのと、人から聞かされて認識したのじゃあ、感謝の度合いが違うでしょ」

「ふむ……確かにな」

「もしかしたら、もしかしたかもしれないのに!」

 愛がニヤケながら言った言葉に、修司が頷いている。

 こいつらは何も分かっていない、琢真はそんな表情で小さく笑う。

「何言ってんだ。もし覚えてたりしたら、あの時感じた恐怖とかが、負担になっちまうかもしれないじゃねえか。良いんだよ、これで」

 楽しそうに微笑んでいる莉理の顔を見ながら、琢真はそうキッパリと告げる。その返答に、二人はポカンと間の抜けた顔を浮かべた。

 しかし、直ぐにそれを、修司は呆れた顔に、愛は笑みを浮かべた顔に変えると、

「……仕方ない。報われない琢真の為に、今日はパーっと盛り上がるわよ!」

 愛が琢真の手を引っ張って莉理達の輪に連れて行こうとし、修司が黙ってその後に続いた。

 それにより金子達も近づいてきて――――琢真達はいつもの賑やかさに包まれていった。

 

「あの……芳垣君」

 どこに繰り出すかを、皆があーだこーだ揉め始めた中。莉理がそっと輪を抜け出し、皆の様子を遠巻きに眺めていた琢真に声を掛けてきた。

「な、何? どうかした?」

 その莉理の行動に、琢真は思わず上擦ってしまう。

「この前は事情がよく分からなくて、ちゃんとお礼を言えてなかったから……」

 莉理は少し恥ずかしがっている様に、僅かに頬を上気させる。

 そして――――

「……芳垣君」

 見上げるように琢真の目を見つめて、


「ありがとう」


 と、優しく微笑んだ。

 その莉理の笑顔には一点の曇りもない。彼女の穏やかな日々を取り戻した事を、幼い日の誓いを守れた事を、琢真はようやく心から実感したのだった。


 -FIN?-


こんな見づらい文章を最後までお読み下さった方々、本当にお疲れ様でした。

そして、少しでも作品を読んでくださった方々、本当に有難うございました。


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