間話 追憶
公園は夕陽の光であふれている。
もうあの親子の姿も無い。
そんな中、二人で隅っこのベンチに座ったままで、公園の地面に小さな影を落としていた。
「芳垣君……ありがとう」
「えっ?」
いっぱい笑ったことでようやく落ち着いたオレが藍田にお礼を言うより先に、藍田からお礼を言われてしまう。
藍田の励ましのお陰で、オレはお祖母ちゃんの『死』から逃げないでいられ、お祖母ちゃんがその後亡くなってしまうまで幸せそうに笑っていられたと言うのは、ぜったい間違いなかった。
なので、その事に何千、何万回『ありがとう』を言わないといけないのはオレの方だった。藍田がそれを言う理由が分からなくて、驚きの声を上げてしまう。
「どうして藍田がお礼を言うんだ? お礼を言わなくちゃいけないのはオレなのに」
そう尋ねると、藍田は静かに話してくれた。
藍田と、藍田のお祖父ちゃんの話を。
藍田もオレと同じだった。
両親が二人とも働いていて、大好きなお祖父ちゃんがいて、そのお祖父ちゃんが死ぬほどの病気になったと言う。
もうすぐ死ぬ事と医者に言われて、最後の時間をオレのお祖母ちゃんと同じように、自宅で過ごしたんだそうだ。そして藍田もオレと同じ様にお祖父ちゃんの『死』が納得できなくて、お祖父ちゃんと話すのを嫌がってしまったらしい。
ここまではオレと同じだったけど、オレと藍田では全然違っていた事がある。
オレには叱ってくれた藍田が居たけれど、藍田にはその時叱ってくれる人が居なかったという事だ。
だから藍田はお祖父ちゃんをずっと遠ざけて――――そのまま、お祖父ちゃんは死んだ。
お祖父ちゃんは最後まで私とちゃんとお話したいと言っていたらしい、と藍田は小さい声で言った。
初めは気にしないようにしていたけど、ジワジワとその事が藍田を責める様になって、やがて自分のしたことに後悔して、胸の痛みでどうしようもなくなって、そして――――
藍田は下を向きながら、リストバンドを外して自分の手首を見せてくれた。そこには深い傷あとが残っていた。
「…………」
オレはそれに、何も言えなかった。
藍田が居なければ、オレもそうなっていたかもしれないのだ。
その後、藍田は仕事を辞めた母親や、父親や周りにいる人に励ましてもらえて、何とか元に戻る事が出来たのだそうだ。それでも時々後悔を思い出し、自分が嫌になる事が何度もあったらしい。
実はオレに話しかけた時も、丁度その時だったそうだ。
藍田は少しでもその思いから逃げるために、何か悩んでいるように見えたオレに声を掛けたのだと言った。そして「そんな理由で、ごめんなさい」とオレに謝った。
そんなの気にしなくていいのに。
だけどオレの話を聞いて、オレの姿が少し前の自分と同じに見えて、どうしてもほっとけなくなったそうだ。
そしてオレを説得して、オレと一緒にお祖母ちゃんと会って、お祖母ちゃんの『有難う』を聞いた時に、まるで自分のお祖父ちゃんにそう言って貰えたように感じたらしい。
すると、自分のした事をお祖父ちゃんにようやく許して貰えたと思えるようになって、気持ちが楽になったと言って微笑んだ。
「だから、私の方が『ありがとう』なの」
「……そっか」
でも、それじゃあオレは藍田に助けられっぱなしだ。
オレは『ありがとう』という言葉だけで、終わらせるわけにはいかない。
だから――――
「もしいつか、藍田が何か困っていた時とか落ち込んでいた時は、今度は絶対オレが助けるよ!」
鼻息を荒くして、オレはそう約束した。それは何よりも大事な『絶対』だった。
藍田はその言葉に驚いて、「そんな事しなくていいよ」と断ってきたが、オレが絶対引くつもりがないことが分かったのか、最後には笑って言った。
「うん分かった。じゃあ、その時は……お願い」