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リミット  作者: 過酸化水素水
9章 リミット
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(1)

 

   1


 全力で彼女を追っていた。

 何か嫌な予感がするという直感が、琢真を突き動かしていた。

 修司は彼女が無事だと言っていたが、自分の目で無事を確認しないと、とてもじゃないが心は落ち着かない。だがその逸る思いとは裏腹に、徐々に肉体は自分の言う事を効かなくなっていく。


 間の悪い事は重なるものなのか、公園を出てから最初の交差点で、横から飛び出してきた自転車に体ごと突っ込んでしまった。

 全力で走っており、肉体もギリギリだったので琢真は堪える事が出来ず派手に転んでしまう。剥き出しの肘は思いっきり擦れ、血が噴き出していた。

 それに意識を取られたのは一瞬で、再び走り出そうと足に力を込めたが上手く入らない。琢真は何とか立ち上がったものの、もはや同じスピードで走る事は適わないことは自分でも分かっていた。

 だがそれでも琢真は追わなくてはいけない。

 なので、その転がっている自転車が目に入ってきたのは必然の事だった。

 持ち主を見ると、ぶつかった衝撃で投げ出されて地面に叩きつけられたのか、苦痛にうめいていた。木村だった。


「いてぇ……何だよ一体……ってああ!? 俺のエリーゼがあっ!? ……ん? 何だ吉垣ちゃんかよ……気をつけろよちゃんと周囲を……」

 木村は自分の自転車を撫で擦りながら、琢真を咎めようとする。しかし、それを聞いている余裕はなかった。

「すみません! 木村さん! その自転車貸してください!!」

 琢真はそう頼み込む。なんとしても足が必要だった。

 だが、木村もそれは了承しない。つい先日大金を叩いて買ったばかりの高級自転車なのだ。おいそれと人に貸すわけがない。

 木村は何かに気づいたように、琢真の表情をジッと見つめ――――

「…………しゃあないな。よく分からんが、分かった。乗ってきな」

 渋い顔で認めた。琢真の真剣な表情を見て、何か重要な事態が差し迫っていると気づいたのだ。

「すいません助かります! この借りは必ず!!」

「ああ。期待してるよ。でも、ぜえっったいエリーゼは壊すなよ?」

 琢真はニヒルに笑う木村に深々と頭を下げると、木村の自転車(エリーゼ)を漕いで移動を再開した。


 自転車に乗り換え、格段に速度は上がったがそれでも疲労困憊の肉体が治った訳ではない。足が攣りそうになるのを必死で耐えながら、彼女の家を目指していた。やがて後輪を引きずるようにして直角に曲がりながら彼女の家の前の坂に出た。そのまま猛然と坂を上り始める。

 疲れた足ではこの坂は辛かったが、今はそれすらを気にする余裕は無かった。

 顔を上げて莉理の姿を探す。すると彼女の家の前辺りに、制服を着た女の子が立っているのが見えた。

(藍田さん!!)

 はっきりとは見えないものの、莉理の家の前にいるのだ。恐らく間違いない。

 だがどうしたのか、足を押さえて立ち止まっているように見える。

 理由は分からなかった、が、命に別状が無いのなら問題ない。と、彼女の姿を視界に納めることが出来た為か、琢真は少し安心する。


 ――――だから、琢真を追い越していった歩道ギリギリの所を通っている、トラックの存在に気づくのが少し遅れてしまった。


 それに意識が向いたのは、ガタガタと、何か異質な音が聞こえてきたからだ。

 その発信源である大型の貨物トラックの、頑丈そうな貨物の押さえが歪んで、今にも外れそうな程揺れている様子が街灯の明かりで照らされていた。

 それを見て、琢真の体中の毛が総毛立つ。

 何がアレに載せられているか分からない。だが、恐らくアレが莉理への『死』に繋がっている事を、直感的に悟ったからだ。

「藍田さあああああああああああん」

 絶叫する。大声を出して彼女に早くその場から離れさせようと警告する。

 ところが莉理は琢真の声に気づき、逆にその場に立ち尽くしてしまった。

「駄目だああああ!! 離れろっっ!!」

 琢真は喉が潰れそうな程の大声で莉理に呼びかける。もう莉理の体をハッキリ認識できる距離まで来ていた。あと少しだった。

 ただそれは莉理も同じだったのか、琢真の顔を見て不思議そうな表情を浮かべていた。

 その場に立ちつくしたまま。

 しかし、莉理に琢真の焦燥は伝わらない。そんな莉理に、琢真はもう一度離れるように叫ぼうとしたところで、異質な音が周囲に響き渡る。


 琢真は視界の端で捉えた。貨物の押さえが、遂に弾け飛んだのだ。

 その数瞬後、貨物の荷台の扉が左右に大きく開いて、その中から大小の鉄筋が滑り落ちるように出てきた。その所為で重心が崩れたのか、バランスを取れないトラックが、一度大きく左右にふらつく。

 そして、右から左にふらついた反動で、その中の鉄筋が勢いよく歩道に向かって降り注ごうとしていた。

 その進路上の歩道には、莉理の姿がある。

 その表情を恐怖で彩った莉理が、呆然とした声を上げた。気がした。

 琢真にはよく聞きとれなかった。

 意味ある言葉ではない。胸のうちから出てきた大声でかき消されたのだ。

「うあああああああああああああああっ!!」

 全速力でこいでいる自転車を飛び降りるように乗り捨て、転がりそうになるが必死に耐えて、その勢いを維持したまま坂を駆け上がり、驚いている莉理の手を掴むと、立ち居地を入れ替えるように思いっきり坂下に向けて引っ張った。

 勾配もあるからか、莉理はなすすべなく、そのまま転がるように落ちていった。

 琢真にはその様子を見届けることは出来なかった。


 ――――何故なら、琢真の視界全部を大小の『死』が覆い尽くしていたからだ。


 その瞬間、琢真の脳裏に様々な顔がよぎる。

 厳しくもひょうきんな母親。いつも厳しい父親。しかめっ面で琢真に小言を言ってくる修司。いつも我侭を言って琢真を困らせる愛。必死に琢真に助力を願ってきた老婆。いつも一緒に馬鹿をやってきた金子達。莉理の事で琢真をからかう高橋と田中。いつも頭から湯気を出して琢真を叱っていた池山。ノリの良かったクラスメイト達。琢真に親切にしてくれた木村――――


 皆の顔が浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。

 そして残った最後の時までの刹那の時間、彼女(・・・)大切だった存在(・・・・・・・・・)が琢真の脳裏に浮かび続けていた。

 それと共に幼き日の想いと幼き日の誓いが、琢真の頭の中で蘇る。

(藍田さん………君は俺が絶対……)

 そのまま黒くなっていく視界の中で、その最後まで莉理の無事を願い続けて――――琢真の意識は途絶えた。


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