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リミット  作者: 過酸化水素水
7章 守護者
50/61

(4)

 

   10


「好きな女を見間違うなよ!!」


 以前全く同じ言葉を吐いた気がするが、以前と決定的に違うのは修司の怒りが込められている、という点だ。

 琢真は不良にボコられたと言うが、話を聞く限り自業自得である。なので修司は琢真の傷の心配などは全くしていなかった。ただし、莉理の事は別だった。

 琢真だけならともかく佐藤達も見間違っていたとなると、今は彼女を護衛している人間は愛しかいない事になる。こうなったら愛と何としても連絡を取る必要があった。

「俺も連絡を取ってみるが、お前も何としても愛と連絡を取れ!!」

 そう怒鳴るように告げて、修司は一方的に通話を切る。


 この場合先ず確認しないといけない事は――――

「そっちはどうなっている? 今どこだ?」

 急いで吉田達(・・・・・・)に連絡を取る事だった。

『―――――』

「何だと!? ……藍田の姿はお前らの場所から見えないか?」

 そうなるとその事が心配だ。そのため確認したが、答えは否だった。

「もし、藍田の姿が見えたらお前らの一人は藍田に付くようにしてくれ……ああそうだ。あとくれぐれも見つかるなよ?」

 吉田と山口にそう言い付けて、連絡を終えた。

 どうも後手後手になっている感が否めない。

 各人とも本意ではなく状況がそれを許さないのは修司も分かっているが……。

 何とか冷静に努めようと、修司は今日何度目かの深呼吸をした。


 

   11  


 人ごみを押しのけるようにして駅構内を駆け抜ける。

 周囲の人達が迷惑そうにこちらを見ていたけど、今は気にしないようにする。そうして人の反感をかいながらも、愛は何とか駅北に出ることが出来た。

 莉理がここからどこを通って帰ったのか。単純に考えれば大通りをこのまま進んで行った筈だ。

 愛はそう考えながら、流石にもう携帯がつくのではないかと期待を込めて電源を入れてみる。

(…………起動した!!)

 起動音を上げながら、ようやく、ようやく携帯が起動した。

 それとほぼ同時に、修司から電話が入ってくる。愛は間髪入れずそれに出た。

『やっと繋がった!! お前今までどうしてたんだ!?』

 出た瞬間、修司の怒鳴り声が携帯から響いた。

 確かにこの件は自分が悪いので、その事については愛は何も言い返せなかった。

 ただ、琢真が莉理を見間違えて見失ったという話に関しては別である。情報交換をして琢真の失態を聞くなり、自分も莉理の傍にいられていない事を棚上げして愛は琢真を罵倒した。

「何やってんのよ、アイツは!! どうやったら好きな子を見間違えられるの!? ふざけてんじゃないわよっ!!」

『……まあそれに関しては同意する』

「し、しかも佐藤達まで!! じゃあ今は莉理一人っきりじゃない!! どうすんのよ!! あいつ等がちゃんと尾行してくれてる事を期待してたのに!!」

『いや、それはお前と連絡が取れなかったからだろ……ん? 待て、お前今非常に由々しき事を言わなかったか!? 藍田が一人きりだと!? どういう事だ。説明しろ』

 修司の問いに怒鳴り返すように、こちらの状況を説明する。

 人ごみの中で怒鳴っているので、愛は周囲の視線を一身に浴びていた。だが完全に頭に血が上っている愛は全く気にしなかった。


「どうしよう? どうすればいい!?」

 どう動くべきか分からず、愛は修司に縋る。

『藍田に連絡を取ってみろ。携帯は充電できたんだろう?』

「そっか!!」

 目から鱗だった。そう言えばその通りだ。

 どうやら自分は頭に血が上り過ぎて冷静になれていない様だ。

(ともかく莉理と連絡を取らないと)

 まだ修司は何か言っていたが、愛は気にせず携帯を一方的に切った。

(お願い……出てよ……)

 即座に、頼むような思いで莉理に電話をかける。神様仏様を始め、思いつく限りの神様全てに祈っていた。

 そのお陰かどうかは不明である。五コール後に莉理と繋がった。


『あ、愛ちゃん。先に帰っちゃってゴメンね。私……』

 その平和そうな声を聞き、愛は体全体で安堵した。体中の力が抜けそうになる。

 莉理は愛の電話が先に帰った事に対する苦情の電話だと思ったのか、繋がるなり謝ってきた。

「いや、そんな事はどうでもいいから!! それより莉理今どこにいる!?」

 目下確認すべき事柄はそれしかない。

『え? 今の場所? うーーんと……』

 じれったい。早く早くと心が急いていたが、愛は必死に宥めて返答を待った。

『今私がいるのは……え? きゃっ!』

 答えようとした矢先、突然莉理が短い悲鳴を上げた。

 愛の心臓がドクンと跳ねる。

「どうしたの!? 莉理!? どうしたの何があった!? 莉理答えて!?」

 だが莉理から返答は無かった。愛の携帯の電源が再び落ちたのだ。

 物言わぬそれとなった携帯を憎憎しげに睨みつけるも、内心の焦りはその感情を遥かに凌駕していた。

(どうしよう!! どうしよう!? どうしよう!?)

 動悸が止まらない。

 頭を抱えてヘタリ込もうとした愛は、その前に後ろから誰かにガッと腕を掴まれていた。


「愛!! やっと見つけた。 藍田さんと連絡が取れたのか!?」

 ここまで全力で走ってきたのだろう。何故か体中ボロボロで顔は青く腫れ上がっていた琢真が、息を切らしながら立っていた。

 愛にとって、今ほど琢真の登場が嬉しかった事はなかったかもしれない。


 

   12


「愛!! やっと見つけた。 藍田さんと連絡が取れたのか!?」

 修司からの連絡を受けて、駅北に出た所で愛の姿を確認し、近づいて腕を掴みながら琢真は声をかけた。

 振り返った愛は顔中に不安を貼り付けていた。嫌な予感がした。いつもの冗談じみた予感ではなく、本当の意味での嫌な予感だ。

 話を聞いて、琢真はそれが正しかったことを知る。

「悲鳴だって? 藍田さんの!?」

 愛に聞いたことなので確認する必要はなかったが、それでも思わず問い返してしまう。

「そうよ! どうしよう琢真!?」

 今までこんなに焦っている愛を、琢真は見たことがない。

 最後の悲鳴を聞いたことが、よほど心配を煽っているのだろう。しきりに「どうしよう」を連呼している。完全に取り乱していた。気持ちは分かる。琢真も完全にパニックだったからだ。

 それでも対応が考えられたのは、彼女を護ると誓った意志がそうさせたのだろう。


「藍田さんが帰るとしたら、どの道を通るか分かるか?」

 明確な判断材料を与えてやると、愛も我に返ることができたのか騒ぐのを止める。一転して落ち着いた声で、琢真の問いに答えた。

「普通に考えたらこのまま大通りだけど……。今日は人が多いからあの裏道を取ってる可能性もある。あの子は人ごみが苦手だからね」

(二ルートか……)

「分かった。俺は裏道から追うから、お前は大通りから彼女を追ってくれ」

 琢真の言葉に愛が神妙に頷いた。

 その愛に自分の持っている携帯を渡す。

「今度電源がついて彼女の番号を確認したら、俺の携帯で彼女に電話かけろ。俺のはまだ当分持つから」

「分かった」

 愛が頷くのを見てから、

「あと、修司に今の状況を教えといてくれ」

 そう言い残し、琢真は裏道に向かって駆け出した。


 上空にはもう夕日の姿は地平の彼方にしか拝めなかった。琢真の周囲には夜の闇が訪れている。

 だが、まだ顔の判別は可能だ。今のうちに何としても彼女を探さなくてはいけない。

(頼む……無事でいてくれ、藍田さん!!)


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