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リミット  作者: 過酸化水素水
7章 守護者
47/61

(1)

 

   1


 『金曜日』


 修司は持っていた携帯を、皆の中心にある机の上に置く。

 これで準備は整った。

「準備は良いか?」

 携帯の先にいる琢真に尋ねる。

『ああ、こっちはいつでも良い』

「では、始めるぞ」

 放課後、修司は最後の打ち合わせと称して、琢真達の教室にメンバーを集めていた。

 修司、愛、渡辺、佐藤、そして電話の向こうの琢真の五人だ。

 莉理を送っている筈の愛がここに居るのは、莉理が今日は一時間だけ部活の方に顔を出したいと言う事でそちらに行っている為だった。

 当然後で愛と合流する事になっている。面倒ではあったが、そのお陰で今こうして打ち合わせの時間を設けられているのだ。それに関しては良かったと言えよう。


「よう……琢真。何か久しぶりな感じだな」

「だな……琢真元気してた?」

 おずおずといった感じで、佐藤と渡辺が琢真に話し掛けている。

 ああいった事があった為か、流石に少し緊張しているのが見てとれる。琢真の事を信じ切れていなかった手前、彼等がどうにも気後れしてしまうのも無理はない。

『ああ、こっちは変わりない。そっちはどうだ? あれから何か無かったか?』

 一方琢真は、そんな様子を微塵も滲ませず答えていた。

 その振る舞いに救われたのか、それから数度やり取りを行う内に、次第に彼らはいつもの調子を取り戻したようだ。

 色々と軽口を叩きあい、今はあの時の互いの様子をネタにして笑い合っていた。そして三人は、全てのわだかまりを払拭するかのように爆笑し始める。

 最初は見ていて微笑ましくもあったが、あまりにそれが長く続いたので、それまで三人の様子を傍観していた愛が「長い!」と怒鳴りその場を収めた。もちろん拳を介して。

 都合は良かったので蹲る佐藤達を横目に見ながら、修司は話し始める。


「今日これからの作戦を説明する」

『その言い方……何かいつもの馬鹿騒ぎの時みたいだな』

 電話の向こうの為、一人愛の被害を免れた琢真がそんな声を上げる。

 意識はしていなかった。言われてみれば確かにそうだったかもしれないと、修司は納得する。

「いいじゃねえか。そっちのが俺達っぽいだろ?」

 頭をさすりながら、佐藤がそう不適に笑った。

『そう……だな。そうかもな!』

 琢真もその意見を認め、一瞬空気が和やかになりかける。

「……だが今までとは違い、今回は失敗は出来ない事を忘れるなよ」

 と、修司が釘をを指すと、再び場が引き締まった。

 見渡すと全員真面目な顔で頷いていた。それに修司は満足し、再び話し始める。


「まず最初に俺の考えを言っておくが、俺は予知など信じてはいない。ただ、半ば信じているお前達に合わせて老婆の話に沿って話を言するならば、重要なのは今日だ。今日乗り切ればあの話を真実にしないで済むだろう」

 その発言に琢真が疑問を呈す。

『何でだ? 今週って事は明日もあるだろ?』

 そう言って来るのは予想していたので、修司は直ぐに返答する。

「いや明日は気にしなくて良い。明日はどうとでもなる」

 と、愛の方を見ながら答える。

 その視線の意図に気づいたのか、愛が納得の表情を浮かべた。

「ああ、なるほどね。またアタシに一日中莉理の相手をさせようって訳ね?」

『そうか……なるほど』

「その通りだ。だから今日を乗り切れば……」 

『藍田さんは助かるってことか………そうか……』

 琢真が感慨を感じているかの様な声で続きを引き取った。

 琢真の短くも長い護衛が終わるのだ。そういう心境になるのも無理はないだろう。

 愛も何ともいえない顔で、机に置かれた携帯を見つめていた。

 だが、この輪に入ってこれなかった渡辺と佐藤は「何を言ってるんだ?」と疑問を浮かべていた。なので、修司は簡潔にやるべき事だけを教える。

「ともかく、藍田を今日一日護りきる、と言う事だ」


 前回佐藤達に協力を要請した時に、琢真はストーカーをしていたのではなく彼女を護っていたという事だけを教えていた。当然何故護っていたのかを聞かれたが、それには修司は答えなかった。ただ修司が問い詰められても言わない事は分かっていたのか、五人ともそれ以上は何も聞いてこなかった。

 その時の対応と同様に、佐藤達はその修司の返答に「分かった」だけ答え、何も聞いてこなかった。


「ではそれに際しての各自の役割を話すが……と言っても、琢真と愛はいつもと同じだ。ただ今日は慎重に行動してくれ」

「了解」

「分かった」

「渡辺と佐藤は、琢真とは別に藍田の護衛を頼む。ただ決して近づき過ぎないようにな」

「ああ」

 佐藤はすんなり頷いた。渡辺は頷きながらも今はこの場に居ない金子達の事を尋ねて来た。

「あいつ等は今は別の役割で動いてもらっている」

『何の役割だ?』

 琢真は気にしていたが、「お前は自分の役割に集中しておけ」とだけ返して修司は返した。その内容は自分だけが知っておけばいい事だからだ。特に琢真も不満の声は上げなかった。

 時計を見るとそろそろ良い頃合の時間だった。莉理ももう直ぐ戻ってくる事だろう。

「全員何かあったら俺への連絡は忘れるなよ。ではそろそろ配置についてくれ」

 そうして言った修司の合図に、

「「了解」」」

 皆は力強く言葉を返してきた。


 琢真と通話が切れ、佐藤と渡辺が待機場所である東門へ向かった後、自分から莉理を呼びに行こうとしていた愛を修司が呼び止める。

「何よ?」

 行動開始の合図を出しておきながらまだ何かあるのか、と言うような怪訝の表情で愛が振り返る。

「お前には伝えておく。俺の調査は終わった。そろそろ『X』を燻り出す事にする」

 これは琢真には伝えられない事だったので、あの場では言えなかった。

 愛は始め何を言っているのか分からないという顔だった。しかし、唐突に閃きを得たのか不快そうな表情を浮かべた。

「……今日からやるの?」

 と言う愛の問いに対し、

「ああ。そして恐らく今日で終わる」

 そう、修司は言い返した。


 ――――しかし、結局。事態は修司の思惑通りに進むことはなかった。


 

   2


 修司の胸糞悪い話を聞いた直後に、戻ってきた莉理と合流するのは、どうにも気まずい思いが湧いてきてしょうがなかった。

 あんな話をした修司には非常にイラついていたが、それを理由があるとはいえ認めた自分も同罪だという事は、愛も分かっていた。

 もちろん修司だって、好きでそんな事をやろうとしている訳じゃない。

(これは仕方なくなのよ……)

 そう呟けば免罪符が貰えるという訳では決してなかったけど、表面だけでも心の平穏を取り戻すには有効だったようだ。

 ただそういう後ろ向きの姿勢だったのに、その罪悪感のお陰か莉理を護ろうという意志は逆に強まった気がする。


 修司は莉理を囮にして『X』を釣り上げるつもりだ。

 今日中に終わらせると言っていたけど、そう上手くいくのだろうか? 

 愛は仮に莉理を一人きりにしても『X』が現れる事の保証にはならないと思っている。

 だけどそんな自分でも分かる事を、修司が考えていない訳はないので何か根拠がある筈だ。

 そんな事を思いながら歩いていたので、莉理が先程から自分に話しかけていたのに愛は気付くのが遅れてしまった。

「愛ちゃん!」

 突然の大音量に、我に返ると同時に驚きの声を上げてしまう。

「な、何よ!? 驚かせないで」

「あ……ゴメン」

 声を荒げたのが恥ずかしかったのか、莉理は顔を赤く染めていた。

 辺りを見るといつの間にか玄関を抜け、東門に差し掛かろうとしているところだった。

「何?」

「那奈美とさっき部室に行った時偶然会って、今日は一緒に帰ろうって。もう直ぐ来ると思う」

「那奈美~~?」

 愛は思わず渋い返事をしてしまう。

 昨日の莉理の事で電話した時に、冷戦状態でいるのは止めようと話してはいた。とは言え、昨日の今日でいきなり元通りになるのは無理だった。今日も朝ちょっと挨拶しただけで、那奈美とは一度も会話していない。

「駄目かな?」

 上目遣いで愛を見上げてくるその様は子犬のようで可愛かった。返事にちょっと詰まってしまう。

 正直微妙な関係になっているということもだけど、一番の問題は那奈美が同行することで、今日の作戦への支障がないかどうかだった。

 そればっかりは愛には予想もつかない。なので、修司に確認するべきか少し迷った。

 だがその時間が無駄だったのか、気付くと「おーーい」と叫びながら那奈美が玄関の方から走り寄って来ていた。

 琢真の謹慎が解けるまでは、愛が莉理と一緒に帰るというのは那奈美も渋々だが賛成している事だった。なので今、愛が隣にいる事は予想がついていた筈だ。

 それなのに一緒に帰ろうとすると言うのは、那奈美の方はもう愛に対してのわだかまりはないという事の証明だろうか。

 那奈美はそのまま合流すると、莉理と会話した後、愛に少し目配せをしてきた。

(とりあえず莉理の前では、もういつも通りでいようという事ね……)

 その案には特に反対する理由もないので、愛は努めていつもと同じにいようと決めた。


「え? 那奈美。今日携帯忘れてたの?」

「うん、そうなんだよ……自分もさっき気付いたんだけどね」

 東門を出てから三人肩を並べて帰っていた。特に他意はなく、自然と莉理を挟み込む形になっていた。

 主に話題を振っているのは那奈美で、それに相槌を打つ莉理、それを聞きながら時折突っ込みを入れる愛という構図になっていた。

 愛と那奈美のポジションがいつもと違うだけで、特に雰囲気に変わりは無かったので居心地は悪くなかった。

 今日は翔子は居ないけど、それはそんなに珍しい事ではない。あの子は放課後はいつも遊びまわってて、部活に入っている莉理や那奈美と下校を一緒にする事は滅多にない筈だったからだ。

 そのまま暫く三人で談笑しながら歩いていた。

 最初は心配だった那奈美の存在だったけれど、特に支障なくここまで来れていたので、心配しすぎだったかなと愛は苦笑した。

 ――――矢先の事だった。

 やはり那奈美の存在は、今日に限っては凶だった。

 唐突に、那奈美が買い物に付き合ってと言い出したのだ。 


 愛は慌ててそれを断らせようとするも、その前に莉理が答えてしまう。

「うん、あんまり遅くならないならいいよ」

「ホント? ありがと」

 もう二人の中では合意が取られてしまった。

 だが、それだけは拙い。非常に拙い。この先のポイントで琢真や修司も控えているのだ。

 なので愛は何とか考え直させようと、

「きょ、今日は止めた方が良いんじゃない?」

 とか、

「ほら、今日はもう金曜日だし、ら、来週にした方が良いと思うわよ?」

 とか、

「そういえば、翔子は? 翔子にお願いしてみたら?」

 とか、

「莉理は門限あるんだから、何があるか分からないよ? もう帰っておいた方が良いんじゃない?」

 等と、自分でも良く分からない理由で考え直すように、あれこれ言ってみたものの、どの意見にも二人は感銘を受けなかったようだった。

 それどころか那奈美は徐々に苛立ち始めていた。何でそんなに嫌がるの? という気持ちなんだろうけども、こちらの気持ちも察して欲しかった。

 なお翔子は今日用事があると言って、とっくの昔に帰ってしまっていた様だ。こんな大事な時に使えない友人に愛は内心腹を立てる。

 莉理はそんな二人を不安げな様子で見守っていたが、どっちに付いたものか迷っているようだった。

 だが、那奈美は愛の様子はお構いなしに、

「そんなに言うなら莉理と二人で行くから、愛は来なくてもいいよ!」

 と、莉理の手を引っ張り駅の方に歩いて行ってしまった。冷戦状態にあった事が、間違いなく尾を引いていた。

「ま、待って。アタシも行くわよ、行きます!」

 愛にはそう言って後を追う以外、出来ることは無かった。


 

   3


『だから、ゴメンって。那奈美が強引に連れてっちゃってるからどうしようもないのよ』

 紛らわしいので緊急時以外は、修司を介して連絡をする事に決めていた筈なのにもかかわらず、突然電話が掛かってきた愛からの『怒んないで聞いてね』という前置きから始まった話を聞いて、琢真は思わず怒鳴り声を上げてしまわずにはいられなかった。

 怒るに決まっていた。

 莉理をいつもと同じコースに誘導すると言うのは、今日無事に彼女を護衛する上で、必要不可欠のことだったからだ。

 ただ怒ってばかりいても仕方がない。もう事態は動いてしまっているのだ。


 とりあえず琢真は、愛に高橋がどこに向かっているのかを聞き出して貰ってから電話を切る。

 自分達がそこに行くまでは彼女を頼む、と言い残して。愛は申し訳ないとは思っているのだろう。そのお願いには殊勝な返事を返してきた。

 琢真はいつもの公園に潜んでいたが、こうしてはいられない。急いで愛が伝えてきた目的地に向かうことにした。走りながらこの事を修司に連絡する。修司は作戦の司令塔役を担っているからだ。

 一コールで繋がる。流石に修司は危機感を感じてくれているようだ。

 その修司に今愛から聞いた話を伝える。修司も初めはその事に苛立ちの声を上げたが、直ぐに冷静さを取り戻すと、

『状況は分かった。お前は直ぐに向かってくれ。あと着いたらもう一度連絡を頼む。ああ、それと見つけても近づきすぎるなよ』

 早口にそう琢真に指示してきた。

 「了解」とだけ返し琢真は連絡を終える。莉理の近くに控えている筈の佐藤達がどうしているのか気になった。ただ、そちらは修司に任せて自分は一秒でも早く目的地に向かうべきだと思い直し、琢真は全力で街の中心部に向かった。

 道中、ちらほらと下校中の生徒とすれ違う。知っている顔がなかったのは幸いした。

 謹慎は三日だったが、最終日の放課後を過ぎれば謹慎が解けるのか、それとも0時を回らないと駄目なのかが、琢真には分からなかったからだ。

 この前莉理を探しに走った時を思い出すと、もう足が疲労で覆われていた頃の筈だった。その時の爆走で多少は鍛えられたのか? 以前よりはずっと足取りは軽かった。

 しかし、それでもこの蒸し暑さの中で体力が奪われないという事はない。少しずつ確実に琢真の息は上がっていった。


 息が上がり始めた頃に、ようやく大通りの通りが見えてくる。あの通りまで出れば、街の中心部である駅はもう直ぐそこだった。

 愛の伝えてきた目的地は駅南にあるCDショップだったので、駅まで行けばもう目と鼻の先だ。その事を思いやり、再び両足に力を込めようとしたその時、どこからか琢真の名を呼ぶ声がした。

 正しくは呼ぶなんて可愛いものじゃない。怒鳴りつけるようなそんな声だった。そして琢真はその怒号には、よおく聞き覚えがあった。

 嫌な気配がヒシヒシと伝わってきていた。足は止めずにその声の方向へ顔を向けた。

 そこには予想通り、琢真に向かって爆走して来る池山の姿があった。

 まだかなり離れているのに加えて、どうして私服の琢真が判別できたのかは分からないが、あの様子だと間違いなく捕まればそのまま拘束されてしまうのは分かった。それを証明付けるように、怒声がこちらまで響いてきた。

「芳垣~~~~! お前~~謹慎中に~~~出歩くとは~~~どういうつもりだ~~~!!」

 明らかに自分を判別しているので、知らない振りをするのは無理なのを確信し、仕方なく琢真はその池山に向かって返答する。

「謹慎は!! 三日じゃないですか!! もう!! 終わりだろ!!」

 これで納得してくれるよう期待を込めて叫んだ。が、池山の意見は違ったらしい。

「何だと!? ふざけるな!! 謹慎は三日と言うのは!! 今日一杯までだ!!」

 大分声が近くなってきており、池山はしきりに「止まれ」と怒鳴っている。

 通行人が何事かとこちらを見ているのには気付いたが、気にしている時間はない。

「用事があるので!! 無理っす!!」 

 と、琢真は池山の静止に対して声を一度叫び返すと、後はもう何も言わずに逃げるだけだった。

 日がゆっくりと落ちていた街を背景に、池山の怒声をBGMにして、琢真は街の中心部になだれ込んでいった。


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