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リミット  作者: 過酸化水素水
断章
46/61

間話 切欠

 

 私が初めて彼を意識したのは、中学の頃の事だった。


 子供の頃からずっと大人しくて引っ込み思案だった私は、クラスでもまるで目立たない存在だった。成績はともかく、運動神経は壊滅的、性格は暗いでは、そうなってしまうのも仕方がないだろう。

 今の私には少ないが友人はいる。だけど、その頃の私には話し掛けてくれる子位はいたものの、友達と胸を張っていえるほどの存在はいなかった。

 周囲の女の子達が異性の話題ではしゃいでいる時も、それに加わることなくずっと一人でいればそうなろう。

 だけど特に私はその事に悲観してはいなかった。自分の世界が守られてさえいれば満足だった。

 そんな私には、たった一つだけ趣味がある。それは日頃の事、外の風景、そんなものを題材に詩を綴ることだった。

 別に誰に見せるわけでもない。ただひっそりとそれを行えてればそれで良かった。


 だけどある日、家に帰って詩を書こうとした時に、詩を綴っていたノートをどこかに忘れてきてしまった事に気づいた。

 もしあれを誰か自分以外の人間に見られたりしたら、恥ずかしくて死んでしまう。

 だから、もう日は暮れかけていたけど急いで学校に行き、自分の教室に急いだ。私が置き忘れるとすれば、ここ以外に考えられなかったからだ。


 夕日の色で染まった教室に入ると、そこには一人の男子生徒が居た。椅子に座って、何かを読んでいる様だった。

 どうしようか迷う。男の子と二人きりの教室なんて怖かった。

 こちらにはまだ気づいていないようなので、こっそり出直そうと決め教室を出ようとしたけど、運悪く扉に体をぶつけてしまう。

 その音で私に気づいたのか、その男の子は私に話しかけてきた。

 その男の子は同じクラスで、密かに女の子の中でも人気があるという事くらいは私も知っていた。

 ただ私とは世界が違うような気がしていて、今まで特にそういう感情を抱いた事はなかった。恐らく一度も会話した事はないんじゃなかったか。

 その男の子が私に尋ねる「忘れ物?」と。

 その優しげな声の響きに緊張したけど、何とか「ノートを……」と返す事が出来た。

 しかし、こうなったら逃げ去ることは出来ない。勇気を振り絞って自分の席に向かい、ノートがあるかを調べる。だけど、どこを探しても見つからない。

 私は教科書を置いて帰ったりはしないので、それはすぐに分かった。

 じゃあ、どこに落としたの? と思わず青ざめてしまう。

 もしあれを誰かに拾われて、もしそこに書いている内容が皆にバラされでもしたら。そうなったら私は……。

 思わずその時の様子を想像し、涙が溢れそうになったが、ふと目に止まったものがある。

 それは男の子が持っているノートだった。


 私がそれを見ていたのに気づいたのか、「ん? あ、これ君の?」と私にそれを渡してくる。

 恐る恐る受け取り中を見ると、それはやはり私の詩の書かれたノートだった。

 血の気がさぁと引くのが分かった。このノートを読んでどう思われただろう。気持ち悪いと思われたに違いない。そんな感情が渦巻いていたからだ。

 だけどそんな私に、勝手に読んだ事を謝った後で「何か素敵だね、思わず魅入っちゃったよ」と、彼が微笑みながら言った。

 一瞬、何を言われたのか分からなかった。

 彼はもう一度私に詫びると、「また明日」とそのまま教室を出て行った。彼が教室から姿を消して、ようやく何を言われたのかを理解する。


 動悸が治まらなかった。

 このノートには私の想いの全てが記載されている。

 それを認めてくれたという事は、それは私の世界を認めてくれたということ。

 という事は……。 


 恐らく、今顔は真っ赤になっている事だろう。

 そしてそれは、家に帰っても続いたままだった。お母さんから風邪を引いたと間違われた程だ。 

 その日以来、彼を目で追うことが多くなった。

 彼の笑い顔、すねた顔、怒った顔、そんないくつもの顔をずっと見ていた。

 そんな自分の行いが分からないまま、ある日ふとノートを何気なく読み返した時。私のノートにはいつの間にか彼の事を表現した詩で溢れていることに気づいた。

 その時、ようやく私は悟った。


 私は、彼に恋をしているという事を。


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