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リミット  作者: 過酸化水素水
6章 X
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(5)

 

   8


 昨夜同様、再び三人は琢真の家の前に集合する。

 三日続くと流石に三人とも報告に慣れてきており、スムーズに進行した。と言うか、何も報告するような事が無かったからとも言えるかもしれない。

 愛は昨日と変わらず問題なしで、琢真も特に怪しい人物は見かけなかった。変な中年は居たが『X』とは関係ないだろう。


「で、昨日と同じ人物は見かけなかったか?」

 琢真はその修司の問いに答える。

 実は昨日と同じ人物は、居る事は居た。ただその人物は……。関係ないとは思ったが、一応その人物の事を伝えておいた。 

「ふむ……」

 修司は少し考え込むだけで、それに対して特に何も言わなかった。

 そんなやり取りをしていると、痺れを切らしたように愛が怒声を上げる。

「そんなことより、修司!! アンタあれからアイツの事ちゃんと調べたの!?」

「もちろんだ。周辺を調査してみたが、アイツは特に問題のある生徒ということも無く、ストーカーをするような人物ではないと言う事が分かった」

「何よそれ!? それって何にも分かってないのと一緒じゃない! 絶対アイツには何かあるわよ!!」

 突然の言い合いに、琢真は一人取り残されていた。

 訳も分からず混乱している琢真に気付いたのか、愛が事情を話した。


「何だよソイツ!! どう考えても怪しすぎるだろ!!」

 琢真は愛の話を聞き終えるなり、怒りの咆哮を上げた。

 莉理の写真の殆どに写りこんでいるというのは、どう考えても偶然ではない。修学旅行の写真はどこで撮るかもいつ撮るかも、言ってみれば撮影者の自由だ。それなのに、高確率で映りこむなんておかし過ぎる。彼女の後をつけていたのだとしか思えない。クラスが同じと言うのならばそれもまだ分かるが、全然違う『F組』だと言うのだ。

(これはもう何か深い理由があるとしか…………ん?)

 その生徒イコール『X』が、琢真の中で確定しようとしていた時に、ふと何かが引っかかった。

「ほら!! 琢真もそう言ってるじゃない!! どう考えても『尾登』は怪しいわよ! 外面は良い人そうだけど、そういう人間に限って内面は怪しいのよ!」

(ん? 尾登……? どこかでその名前を聞いたような……?)

「お前のそれは、ドラマか何かの受け売りだろう? 確かに中にはそういう人間も居るかもしれんが、実際は良い人間そうに見える人間の大半は良い人間だ。そして『尾登』もそっちの類の人間だ」

(尾登……尾登、尾登……?!)

「何でそう言い切れるのよ!?」

「奴の性格を調査したからだ」

 どこかで見たようなやり取りを二人が始めていたが、それどころじゃない。

 ようやくその名前をどこで聞いたのか思い出した琢真は、思わず叫び声を上げる。夜の静寂さの中、琢真の声が周囲に響き渡った。

「尾登だよ!! 思い出した!」

 その言葉に、喧嘩開始五秒前だった二人は怪訝な顔で琢真を見つめて、同時に尋ねて来る。

「何をよ?」「何をだ?」

 そんな二人に、琢真は以前密かに莉理と会っていた男が居た事を話す。その男の名前が確か『尾登』だったという事を。


 琢真がその事を話し終えると、二人はムッツリと黙り込む。

「その話に、間違いはないのか?」

 ポツリとそれだけを修司が確認してくる。

「多分……間違いないと思う。高橋に聞けば確実だが、多分間違いない」

「ふむ、そうか……」

 それきり黙りこんで、二人は琢真を見つめる。

 嫌な予感がしたが……琢真は甘んじて受けることに決めた。

「愛、やっていいぞ」

「そうね。アタシもそうしようと思って……たっ!!」

 『た』の部分で、愛がその場から弾ける様に琢真に突っ込んでくる。そして抵抗する間もなく取り押さえられてしまう。正しくは、コブラツイストをかけられているとも言う。

 このコブラツイストは、以前愛が琢真を実験台にして完成させた必殺技の内の一つでもあった。当然、痛い。

「ギブギブギブ! ごめん! いやスイマセンした! ホント! マジで!」

「ああ? 何も知らないで、写真に興奮した、アタシが、馬鹿みたい、じゃない!!」

 愛は言葉を切りながら断続的に力を込めてくる。琢真は苦悶の表情で許しを請い続けた。

「そうだな琢真。これはお前が悪い。そんな大事な事を言わないでおくとは……反省しろ」

 修司は助けようともしないで、琢真を冷淡な目で見据えるだけだった。

「だ……お、俺も、忘れて、たんだ!! 仕方ないだろ!?」

 そんな琢真の嘆願には、二人の心は動かされなかったようだ。

「ふむ、開き直りか……愛、まだ足りないらしぞ?」

「そうね、じゃあ本気で行くわ」

 そう言うやいなや、グギギ、という骨の悲鳴が聞こえてきた。

「いぎゃああああああああああああああ」

 そのまま暫く愛の拷問という名の、やはり拷問は暫く続いた。

 その間、夜の闇に琢真の苦痛の悲鳴だけが響いていた。


 それから琢真の話を聞いた修司が念の為、今の話を確認するように愛に頼んだ。愛は嫌がったが、そういう事を言っていられないとも分かっていたのだろう。渋々高橋に連絡を取っていた。

「莉理も教えてくれれば良いのに……」

 と、ブツブツ呟きながら。

 愛がそう言うのには理由がある。

 最初高橋に連絡を取るのを嫌がった愛は、事もあろうに莉理本人に電話していた。ところが、彼女はどんなに頼んでもその事の詳細を全く教えてくれなかったそうだ。

 あの時の莉理の様子を思い浮かべながら、彼女ならそうかもしれないと、琢真は一人頷いていた。明日の高橋と田中の無事を祈りながら。

 そうして、繋がったらしい高橋と何やら喧嘩腰に連絡を取っている愛を遠巻きに見ていた琢真に、修司が執拗に確認する。

「もう他に何か隠している事はないのか?」


 だがそう言われて直ぐに思い出せるのであれば、そもそもさっきの事を黙っていたりはしない。なので、既に修司が知っている事知らない事関係なく、先々週の木曜日辺りからの事を話した。

 修司も知ってる内容が殆どだった筈だが、特に何も言わず静かに自分の話を聞いていた。

 そして丁度件の『尾登』の告白の事を話し終えた時に、愛が電話から戻ってくる。何やら渋い顔をしていたが、一応言質は取れたようだ。

 告白したのは『尾登』で間違いそうだ。そして、あの時琢真は色々あって聞くのを忘れていたが、告白の真実を今聞くことが出来た。

 どうやら、尾登が莉理に告白して振られたと言うのが真実らしい。それを聞いて、尾登には悪いが琢真は少し心が浮き立つのを感じる。


 愛は今の電話での苛立ちをぶつける様に、尾登に対して非難の声を再び上げ始めた。

「だから、コイツが振られた腹いせにストーカーしてたのよ!! それか、振られたけどどうしても忘れられなくてしてるって可能性もある!」

 そのどうにも興奮している愛に、修司は冷静に指摘する。

「だが修学旅行が行われたのは、振られる前の話だぞ?」

「んなの関係ないわよ! じゃあつまり、元々ストーカーだったのよ! これはもう奴が『X』で決定よ!」

「しかしそれでは……」

 そのまま、ああでもないこうでもないと二人して言い合い始める。

 琢真もそれを聞くとはなしに聞いていたが、冷静になって考えても琢真にはどうしても尾登が『X』だとは思えなかった。

「俺は、尾登は違うと思う」

 だから二人にそう告げた。

「何でよ!?」

「好きな子に告白するのって……勇気がいるだろ? 正直、俺にはとても無理だ」

 何を言い出すのか図りかねている表情で、二人は琢真を見つめる。

 そんな二人を見て、琢真は続けて言う。

「だけど、アイツはその勇気を振り絞って告白したんだ。振られるかもしれないのに。それでアイツは結局振られちまった訳だけど、それでもアイツは颯爽と去って行ったよ。その潔さには正直どっちが告白したのか、結果がどうなったのか俺には分からない程だった」

「…………」

「……つまり、そんな男がストーカーをするとは思えない、と言う事か?」

 修司が言葉を引き継ぐ。それに琢真は深々と頷いた。

「愛なら分かるだろ? それがどんなに勇気のいる事かを」


 愛にそう話を向け、琢真が同調を求めたのには訳がある。

 愛はその容姿もあって非常にモテるので、告白された回数も数知れない。しかし、今まで愛が首を縦に振った事は一度も無かった。その所為で、心無い人間には愛がお高くとまっていると揶揄される事もあるが、実は違う。

 その事を知っている人間は恐らく、それに毎回つき合わされている琢真だけで、修司も知らない事だ。 実は、愛は自分から告白した事が今までに何度かあった。

 ただし、今まで愛に彼氏が出来た事はない。つまり、振られ続けている訳だ。

 重ねて言うが愛は非常にモテる。モテるのだが、ただ何故か愛が好きになった相手からは、その効果を得られないのだ。愛も既にそういった自分の特性に気付いているのか、振られた後はいつも力なく笑うだけだった。

 だからこそ、愛には尾登の事が分かる筈だった。

 愛は琢真の言葉に何か感じ入っている様子だった。溜息を一度吐くと「アタシにその話題を振るな」と一発琢真を殴ってから、

「まあ、そう言われればそうかもね」 

 と、琢真の意見に一応は賛同したが、

「ただ、好きすぎて訳分からなくなったのかもよ? こうして写真に写ってるんだし」

 と言う反論も付け加えて答えた。

 先程より尾登への表現が丸くなっているので、根っからの決めつけから言っているのではなさそうだった。

 確かに写真に写っているのは事実なので、それをどう答えたものか琢真が返答に迷っていると、それまで二人のやり取りを黙って聞いていた修司が口を挟んでくる。

「とりあえず尾登の事は置いておこう。この問題にはまだ調査が必要だ。それより琢真、先程の続きだ。他に知っている事を話せ。些細な事も全てだ」

 尾登の事を棚に置いておくのは琢真も賛成だったので、先程中断した部分から再び話し聞かせた。尾登の告白の後の話だ。


 莉理から逃げ隠れた事。

 彼女のプレッシャーが凄かった事。

 高橋達が莉理に怯えていた事。

 誰もいない四階から植木鉢が落ちてきた事。

 修司と一緒に老婆を探した事。

 スナックに行ったが老婆は不在だった事。

 修司が老婆を見つけた事。

 修司が力尽きて倒れた事。

 修司を担いで公園に行った事。


 それらを順に話して聞かせた。

 愛は全く知らない話だからか、いちいち突込みを入れてきたので、話し終えるまでにやたらと時間が掛かってしまった。

「あの子はそういう話題を面白半分にするのは嫌がるからね~~」

 話の中で愛が気になったのはそこだったのか、高橋達が怯えていた件を聞いて苦笑していた。それを聞き咎め、愛に質問する。

「やっぱり……そうなのか?」

「うん。あの子くらいのものよ? こういう話で楽しもうとしないのは」

「藍田さんは優しいからな。そういう話で人を笑いものにするのが嫌なんだろ」

 莉理ならそうに違いない。彼女はそういう事はしない人だ。

「さぁどうかしらね……」

 ただ、琢真の反論に意味ありげに愛が言葉を逸らす。

 その様子が気になり「今のどういう意味だ?」と聞くが、愛は「さあ?」とすっとぼけてばかりで何も答えようとはしなかった。口元が少し歪んでいるところを見ると、面白がってふざけている様にも見えるが……それでも琢真は確認を止める事は出来なかった。

 二人が緊迫した? 問答していると再びしかめっ面の修司に催促されたので、琢真は続きを話し続け、そして今週の月曜日までを話し終えて今日の報告会を終える事になった。

 その間修司はずっと何事かを考え込んでおり、一言も話さなかった。


 解散する直前に、琢真は大事な事を思い出し二人に告げる。

「婆さんの話だと明日明後日を乗り切れば大丈夫なんだ。二人とも……頼むな」

 明日明後日が正念場だった。

 まだ『X』の事は何も分かってない。しかし、それでも琢真は彼女を護ろうとする意志に、少しの陰りも存在しなかった。

 なので、『頼む』と言う部分にその想いの全てを込めたつもりだった。

 二人はそんな想いを受け取ってくれたのか、琢真の言葉に力強く頷いた。


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