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リミット  作者: 過酸化水素水
6章 X
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(4)

 

   6


 『木曜日』


 琢真の席だけがポツンと浮いている。

 主の居ないその机の上は、微妙な騒動を起こしたのにもかかわらず綺麗なままだった。考えるだけでも胸糞悪いけど、通常なら心ない人間にラクガキなどをされてもおかしくない問題だったとも思う。

 でもどんなに琢真の事を微妙に思っていたとしても、流石にうちのクラスにそんな奴はいないようだった。それを改めて認識し、嬉しくなると共に今の現状が悲しくもなった。

 チラリと、莉理が那奈美達と教室で食事しているのを横目で確認してから席を立つ。


「あれ? 愛どうしたの?」

 一緒に食事を取っていたクラスメイトがいきなり立ち上がった愛を見て、不思議そうな声を上げた。  愛は「ちょっとね」と曖昧に返事をぼかし、そのまま教室を出た。

 目的の場所は職員室だった。昨日琢真にお願いされていた事を、今のうちに果たしておこうと思ったのだ。

 西校舎に渡り職員室に入る。見渡すと教師達の大半はまだ食事中だった。

 そんな彼らを尻目に愛は池山の席に向かう。池山は滅多に職員室に来ない愛が突然現れた事に少し驚いているようだった。

「すみません、たく……芳垣の修学旅行の写真を選ぶのに代行を頼まれたんですけど……」

 愛が来た目的を告げると、理解を目に表し「そうか」と微妙な表情で頷いた。

 そして「選び終わったら選定用紙と一緒に持って来てくれ」と視聴覚室の鍵を取って来てくれたので、それを受け取りながら頷き返した。


 その足で西校舎四階にある視聴覚室に向かう。

 すると階段に差し掛かった時に、売店から戻ってきていたらしい修司と丁度鉢合わせた。これは運が良い。

「今から琢真の写真を選ぶから、アンタも来なさいよ」

 愛が低姿勢(・・・・・・)でお願いしたのにもかかわらず、修司は面倒そうに首を振った。

「断る。お前一人で十分だろう」

 愛は元々一人で選ぶつもりだったし、修司にはちょっとつき合わせて楽をしようという程度の思惑で頼んだ事だった。のだが、そう無碍に断られると少し腹が立った。なので愛は強引に修司の手を引っ張って、視聴覚室まで連行する事に決めた。

「お、おいこら貴様! 話を聞け!」

 何やら修司が喚いていた。でも、いつもの事なので愛は無視する事にした。



   7


 視聴覚室のドアの鍵を開けて中に入る。

 閉め切られている教室の中はかなり蒸し暑く、愛は一歩踏み入れた途端に選ぶ気が失せるのを感じた。

(琢真には悪いけど、適当に選んでとっとと終わらせよう)


 修司はまだブツクサ言っていた。

 修司は確かに顔は整ってはいるので、内面を知らない女の子に人気は有る。しかし、こういうねちっこい部分が、性格を知った女の子に敬遠される理由だった。ただ琢真と違って女の子に好かれようという気は全く無い様なので、本人は全く気にしないだろうけれど。

「アンタは琢真の写真が写っているのをそっちから選んでいって」

「ちっ、分かった。……ん? 待て。じゃあお前は何するんだ?」

 愛が修司に全部押し付けて怠けるとでも思っているのだろう。修司は咎めるような目で質問してくる。

 相変わらずこういう事に鈍い男だ、と愛は心の中で舌打ちする。

「もちろん決まってるでしょ? 莉理の写真を選ぶに決まってるじゃん!」

 写真を受け取った時の琢真の動揺を思い浮かべながら答えたので、愛は思わず微笑んで(・・・・・・・)しまったかもしれない。それを考えると少し琢真の写真を選ぶ意欲が湧いてきた。

 修司はジト目を返してくるだけで、結局何も言わなかった。


 視聴覚室の壁に張り出されている写真を修司は右から、愛は左から回って選ぶ事になった。流石に数が多く、教室の壁はグルリと写真で覆われている。

(クラス毎に分けてくれてたら楽だったのに……)

 この前自分の分を選んだ時にも思った事を、愛は再び考えながらも、写真に視線を走らせ続けた。

 他人の写っている写真を探すと言うのは、中々に難しい。

 自分ならその背景を見るだけで、その場所に行った事があったかどうかは直ぐに分かるので写真の選定が楽なのだが、他人だとそうはいかない。写っている被写体一人一人見るのは非常に大変だった。

 そうして、見始めて何枚目になっただろうか。愛はようやく莉理の姿が撮られている一枚を発見した。 どこかへ向かっている男子生徒達を背景に、カメラ目線ではにかむ様に莉理が微笑んでいる。

 その莉理を挟み込むように那奈美と翔子の姿もあった。どちらも笑っている。

 とりあえず愛は、今自分とは軽い冷戦状態にある二人は置いといて、莉理の姿を見つめる。

 莉理は愛の目から見るととても可愛らしく映るのだが、琢真以外の男に人気がある訳ではなかった。莉理の良さを知っている愛には、それがどうも納得がいかない。周りの男達の見る目の無さには呆れるばかりだった。


 そういう意味では琢真は流石と言うしかない。人を外見で判断しようとはせず、内面を重視する琢真らしい選択だと思う。

 ただ琢真は昔からそういう性格だったと言う訳ではない。まだ幼かった頃は乱暴で、人の特徴をとりあげて悪し様に言うような、糞餓鬼だった。

 なので愛は正直、その頃の琢真の事は非常に嫌っていた。修司も間違いなくそうだったと思う。琢真は所謂ガキ大将だったので、面と向かってそういう態度を表す事はしなかったけれど。

 でもそんな琢真は、ある時を境に急にそんな態度を周囲に取る事は無くなっていった。何があったのかは愛には分からない。その頃の琢真の事は嫌っていた事もあって、愛は事情をよく知らなかったのだ。

 ただ徐々に琢真は落ち着いていき、そしていくつかの出来事を経て、三人は段々と親しくなっていった。


 そんな事を思い出していた為か、愛は自分の手が少し止まってしまっていたのに気付いて、その写真の番号を控えてから再び選定作業を再開した。

 その後目が疲れてくるのを感じながら作業を続け、数枚目の莉理の写真を見つけた際に、何かちょっとした違和感を感じた。

(何だろ?)

 少し考えてもそれが何かは分からなかったので、愛は気にせず残りの写真を見て周る事にした。

 しかし、その次に莉理の写真を見つけた時に、愛はようやく自分が感じていた違和感の正体に気付いて愕然としたのだった。


「……ふぅ、こっちは終わったぞ」

 修司の疲れたような溜息が聞こえてくる。

「可哀相だが、琢真の写真は全体写真以外一枚もない……。見切れている写真は数に入れるのか? それを数に入れれば多少はあるんだが……」

 修司がそう尋ねて来ているのは聞こえていたが、愛は返事をしなかった。

「しかし……こうして調べてみて気づいたが、お前の写真がやけに多くないか? 何か作為の臭いを感じるんだが……」

 そんな修司のボヤキには答えずに、愛はひたすらに写真選定を行っていた。

「そんなに真剣見入るような程のものでもないだろう?」

 少々呆れた調子で言ってくる修司に、愛は勢いよく振り返る。

「ちょっと、これ見てみて!!」

 飛びつくように修司の腕を掴むと、ある一枚の写真の前に引っ張って行く。

 そして、写真中央にあさっての方向を見ている莉理が写った写真を指し示した。

 それをジッと、黙って見つめていた修司だったが、

「ふむ……まあ写真映りはそれほど悪くないのではないか?」

 などと全く的外れな事を言って来る。

 興味がないことだとまるで頭を使わない修司に対し愛は憤る。

「違う!! その後ろを見てみなさい!!」

 愛がそう怒鳴るように言うと、修司は渋々言う通りに、莉理と数名の生徒が写りこんでいる写真を眺めた。

「じゃあ、次はこれ見て!!」

 そう言って、別の莉理の写真の前に連れて行く。その写真はある店先のベンチで休んでいる莉理と那奈美達が写っていた。

「後ろよ」

 修司は言われるままに、その写真を数秒見た後、愛が何を言おうとしていたのかに気付いた様だった。

 面倒そうだった目は、鋭い輝きを放つ目に切り替わっている。

「他の写真は?」

「全部じゃないけど、殆どそう」

 愛は端的に修司が欲している情報を返してやった。

 修司は自分の目でも確認したかったのか、愛に他の写真の場所を聞きながら一通り莉理の写真を見て周った。

「こいつは確か……F組の?」

「そう。確か『尾登』って苗字だったと思う」

 莉理の写真の背後のその殆どに、その『尾登』の姿が写りこんでいたのだ。

 莉理の方を見つめるその様子は、問題のストーカーだと愛に思わせるには十分だった。


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