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リミット  作者: 過酸化水素水
6章 X
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(3)

 

   5


 昨日に続き家を訪れた愛を、琢真は家の前で出迎える。

 愛は莉理を送り届けたついでに、彼女の家にお邪魔していた。そして、彼女の門限の二十時を過ぎるのを待ってから一度家に帰り、その後琢真の家を訪ねてきたのだった。

 琢真はあの後、莉理の後ろを歩いていた生徒達を遠巻きに観察しながら彼女の家の前まで進むと、『売家』の庭先に忍び込んで、愛が帰るまでずっと家の周囲を警戒していた。

 ただ今日のところは特にその成果は無く、怪しい人影は見当たらなかった。

 そして、琢真は愛が帰るのを待ってから慎重に自宅に戻った。誰かに見られて面倒な事になる可能性を考えての事だ。

 本当は今日の深夜になるまで『売家』の庭先にいるつもりだった。だが連絡を取った愛曰く、莉理は老婆の言っていた話を事の他信じており、今週は夜はなるべく出歩かない様にするつもりだと言っているそうだ。

 それに加え、不幸中の幸いと言うか琢真のストーカー騒動の事もあって、彼女が夜出歩く事はないだろうというのが愛の見解だった。

 自分の事がそんな風にプラスに転じたのは悪いジョークの様にも感じる。ともあれ、これにより彼女が外に出る事はない事を確信したので、琢真も家に戻ったのだった。


 愛が来てから僅かの時間を置いて修司も現れたので、早速報告会を行う。

 先ず愛が今日は無事に乗り切った事を報告する。特に変わった事は感じられなかったと言った。

 次は修司の番だったが、「『犯人』に関する情報はまだ掴めていない」と報告した。

 まあ仕方ないだろうと琢真は思った。しかし、愛はそうは思わなかったらしい。『頼りない』だの『仕事しろ』だの修司に罵倒を始めた。

 それにカチンときたのか、修司も愛に言い返し――――いつもの言い合いに発展する。心境によるものか、何だか懐かしさに似たものを感じ、琢真はその様子を止めることなく眺めていた。

 いつの間にか笑っていたのか「何で笑ってるんだ!」と、二人は同時に矛先を向けてきた。琢真は何故かそれがつぼに入ってしまい、そのまま爆笑に発展してしまった。

 突然苦しむほどに笑い出した琢真を、最初は恨めしそうに見ていた二人だったが、やがて馬鹿らしくなったのか「ふん」と互いにそっぽを向いていた。

 ひとしきり笑った後、今度は琢真が報告を行った。今日数人の生徒を見たが怪しい人間は居なかった、と。

 修司はそれを予想していたのか、

「問題は、明日明後日にまた同じ人物を見るかどうかだ」

 と返してきたので、何も言わず頷いた。

「他には?」

 修司が最後に尋ねる。

 何かあったか自分の記憶と相談して――――琢真は一つだけ思い浮かんだ。

 ストーカーの問題とは関係ないので、伝えておこうか迷う。だが今は自分の状況の全てを知ってもらっていた方が良いかもしれないと思い直し、琢真は夕方の池山の話を伝えることにした。


「明後日、学校に呼ばれている」

 そう切り出した琢真に、二人は眉を顰めた。

 何でそんな表情をするのか始めは分からなかった。少し考えて理由が思いついたので、琢真は「違う」と二人の想像を否定する。

 恐らく琢真の謹慎処分についての話だと考えたのだろう。謹慎中に呼び出されると言うのは良い話なのか分からなかったので、そんな表情になったに違いない。

「そうじゃなくて、修学旅行の写真を選ばせてくれるらしい」

 修学旅行の写真を選ぶのが明後日までだから、明後日の放課後、池山同伴なら学校に行って選んでもよい事にして貰えるそうだ、と詳細を教えた。

「ビックリさせないでよ」

「全くだ」

 二人は安堵の表情を浮かべて苦情を言う。

 そして「まだ選んでなかったのか」呆れていた。写真選定は先々週の月曜から行われていたからだ。

「だがまあ、明後日の護衛作業があるから、結局その話は断った」

 その事を琢真が話すと、二人……特に愛は気の毒そうな表情を浮かべた。

「何なら明日、アタシが選んどいてあげようか? ……貸しで」

 最初の部分だけでは柄じゃないとでも思ったのか、無理やり付け足すように要らない部分を加えて、愛が言った。正直その申し出は有り難かったので、琢真は『借りで』お願いした。感謝の言葉も一緒に。

 ただ愛の気持ちは嬉しいが、一つだけ言っておかないといけない。

「俺の事を考えてくれるのは嬉しいが、今は俺のことより藍田さんを第一に考えてくれ」

 愛は少し気分を害したように柳眉をしかめた。しかし、特に何も言わずにコクンと頷いた。


 そこで今日の話はこれで終わりと考えたのか、「では明日も今日と同じ手筈で」と踵を返そうとした修司を琢真は呼び止める。

 修司に一つだけ言っておきたい事があった。

「何だ?」

「お前、もう一人のストーカーの事をいつの間にか『犯人』って読んでるけど、それ止めてくれ」

「ん? 何故だ?」

「『犯人』ってのは罪を犯した人を指して言うんだろ? 今追っている人間を『犯人』って言うと、何か藍田さんがいつかソイツに何かされてしまうみたいで、嫌なんだ」 

 感傷に過ぎない事は分かっていたが、今回の問題の場合『感じ』というのは大事に思えていたのだ。

「確かにそうね。気に入らない」

 愛が琢真の言葉に同意する。

「なるほど……。まあ『犯人』と言う呼び方は便宜上のものだから問題ないが、では代案を言ってくれ『貼り紙を貼った人物』等では不便で仕方がない」

「犯罪者予備軍ってのは?」

 どことなく楽しそうに愛が提案する。どうやら遊びのように思っているらしい。

 その案はあっさり修司に却下される。

「長い」

「少女X」

 続けて愛が提案する。

 何故『X』なのかは分からない。愛のセンスだろうか? それともインスパイアだろうか?

「女とは限らん」

「少年X」

 懲りずに愛。

「意味は正しいが、一般的には年少の男という意味で使われているので、それだと紛らわしい」

「少年少女X」

「意味が分からん」

 ことごとく提案を却下されるので腹が立ったらしい。愛は修司に「じゃあお前が案だせ」と怒鳴り始めた。

 また目の前で喧嘩されるのは、もう面倒でしかないので、

「単に『X』で良いんじゃね?」

 と、琢真は提案し修司の了解を得た。

 愛は面白みがないと愚図っていたが、二対一ではどうしようもないと諦めたのか、渋々その案を認めた。

 そうして、水曜日の夜は過ぎていったのだった。


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