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「では二人とも、自分の役割は分かったな? 明日からが本番だ。慎重に行動してくれ」
二人は同時に頷きかけて、同時に眉を顰めた。
(何だ?)
自分の役割は双方とも認識できていると思っていたが……二人がそんな表情をする意図が分からず、修司もまた眉を顰めた。
「いや、さ」
「俺達の役割は分かったけど……」
二人は僅かに言葉を溜めると、怪訝そうな表情で声を揃えて尋ねてきた。
「「お前は何するんだ?」」
修司は頭の回転の遅い友人達に一息溜息を吐くと、仕方ないのでその問いに答えてやった。
「俺は『犯人』が誰なのかを別口から調査する」
3
修司は昨夜の晩の事を反芻する。
昨日の時点では二人にまだ話していなかったが、修復した貼り紙や愛の話によって幾つか分かった事があった。
先ず修復した貼り紙について。修司が特に注目したのはその中の二枚だった。他のものは路上で琢真を遠目から隠し撮りしている画像で、どこで撮られたのか特徴が少なく特定に時間がかかる。
だがその中の一枚だけ、琢真がメインではなく、莉理を大きく捉えているものがあった。
貼り紙の殆どは遠目からのブレ画像だった為、それだけが他よりもかなりはっきりと像が分かる画像となっており、異彩を放っている。
普通に考えると、それは隠れて望遠で撮影されただけのように思う。ただし、そうすると少し腑に落ちない点が思い浮かぶ。
それは、どうして琢真も望遠で撮影しなかったのか、と言う事だ。
琢真の画像は、ある程度琢真を見慣れている人間ならまあ判るという感じである。しかし、今回の『犯人』の目的は琢真の事を周囲に広めて莉理から引き離す事だった筈だ。
なのにどうして、望遠で撮影できるのにもかかわらず、琢真の画像をそれで写さなかったのか。最悪誰も琢真だと言うことに気付かないという可能性を考えなかったのか。同じフレーム内に収めたかったと言うことかもしれないが、全部が全部そうする必要もあるまい。
二人を撮ったデジカメが違うと言う可能性もあるが、じゃあどうしてデジカメを代えたのかは説明がつかない。
なので、修司はこう考えてみた。
『犯人』は望遠なんてしなかったのではないか? と。
もう一枚は、その被写体ではなく背景が気になった。
その画像は、私服の琢真が莉理の家の前に居るところを写していた。なので、恐らく日曜に撮ったものだろう。写り込んでいる街路樹の影から判断すると、夕方に写されたものなのだと分かる。ただ、冷静に考えると納得いかない部分がある。
莉理の家は駅前まで続く緩い勾配のある坂の中腹に建てられている。学校に行くにしろ図書館に行くにしろ、違う道を好んで通らない限りは家の前の坂を下っていく事になる。自然、帰り道はその逆の筈だ。
だが、その琢真の画像は、坂の上から撮られていることが判る。
それは少し妙だ。
日曜の夕方。琢真は莉理を探して図書館から藍田の家に向かった筈である。普通琢真を尾行してその光景をデジカメに撮りたい場合、背後から追っていかないだろうか?
何故、まるで待ち構えている様に坂の上から撮られているのか。
幾らなんでも、琢真の進行方向に合わせて前を移動して撮影していたとは考えにくい。それだと琢真に姿がバレる危険性が高すぎるからだ。
という事は、予めその坂の上のポイント付近に居たと言う公算が高く、つまり『犯人』は既に莉理の家とその周囲を既に把握している可能性がある。
ただ、そうなると一つの疑問が湧く。
何故『犯人』はそんなポイントを選んだのか、と言う事だ。
画像を見ると、撮影した場所は莉理の家より坂の上方の路上であることが分かる。
そんな場所で隠れるように撮影して、人が通りかかる危険性を考えなかったのだろうか?
琢真の話を以前聞いていたので、修司は昨日莉理を送った際に確認しておいたのだが、何故『犯人』は家の正面にある、『売家』という一目に付かない絶好の撮影ポイントに潜んでおかなかったのだろうか。
琢真がそこを常用している事を知っていた訳はない。琢真がそこに隠れたのは金曜日と日曜日の二回だけでどちらも早朝からだ。仮に知っていたとしても、人目に付くよりはそこに隠れた方が良いのは間違いない。それでもし琢真が来た時には、そのまま家の裏手に周り逃げ出せば良いだけだ。そちらの方がよほど危険性は低い筈だ。
なので、ここで発想を変えてみる。
つまり『犯人』は忍び込まなかったのではなくて、忍び込めなかったのではないか、と言う事だ。
次に、愛の話の中で一部気になる箇所があった事を修司は思い出す。
そしてそれは恐らく、『犯人』の動機を知る上での手がかりになるかもしれなかった。
その箇所とは、愛が先週の土曜日の時点で最近ストーカー気配を感じるという事を相談されていた、と言う部分だ。
琢真が莉理を護衛し始めたのは先週の金曜日からである。そしてその一日後に相談されていたと言うが、たった一日で人の視線に気づくものだろうか? また、気づいたとしてもそれが見られている、という発想に至るだろうか。
と言う事は、これは時間的に考えて莉理が感じていたのは琢真ではなく、『犯人』の事だったと考えるのが妥当だ。
では、『犯人』は一体いつから莉理を付けていたと言うのだろうか。
彼女の話を信じるのであれば、先週の土曜日の時点で、『最近』感じるようになったと言う事である。そこから遡って三週間も四週間も昔の話ではないだろう。
なので先々週位前から先週の木曜日までの間に、何か『犯人』が莉理に対して決定的な悪感情を抱く切欠があったと考えるべきだ。
つまりその期間に莉理に対して起こった出来事を調べていけば、自ずと『犯人』の動機に、如いては『犯人』自体に繋がっていくに違いない。
だがそれを詳細まで調査するには、修司と愛だけでは手が足りない。そして、琢真は手伝う事は出来ない。
だとすれば、どうするか。
その答えとして修司は今、琢真達の教室に訪れているのだった。
4
「そりゃあ、俺達だって琢真が理由無くあんな事をしたとは思っちゃいねえ」
佐藤の言葉に、金子が頷く。
「うん、琢真君はそんな人じゃないよ」
「そんな事は分かってる、分かってるが――――」
佐藤は一旦言葉を切り、他の面々と顔を見合わせる。その表情を見ると、全員同じ意見の様だった。
「理由も教えて貰えずに、それでも手伝えってのは何か違うんじゃねえか!?」
佐藤が吼える。それに合わせて皆も頷いていた。
言いたい事は分かる。佐藤の言っている事は正論だ。逆の立場なら自分も同じ事を言っただろう。
だから修司は言った。
「――琢真が、このままではただのストーカー扱いされてしまう。仮に謹慎処分が解けたとしても、生徒の間に広まったソレは消す事は出来ず、卒業までその汚名は続くだろう」
そこで一度言葉を止めて、修司は全員を見る。
五人とも悲痛な顔で俯いていた。
「流石の琢真もかなり落ち込んでいた」
琢真からあの老婆に怒りのままに当り散らしたと言う話を聞いたが、正直修司には信じられなかった。
修司は琢真のそんな姿を、少なくとも琢真と親しく付き合うようになってからは一度も見たことがないからだ。決して浅い付き合いではない筈の修司でもだ。
それほどまでに琢真はこの件に深く傷ついていたのだ。恐らく本人の自覚以上に。
そして、だからこそ――――
「ただ、それを何とかすることが可能かもしれん。だがそれには、俺だけではどうしても手が足りない。つまり……お前達次第だ。お前達次第で、琢真の環境を全て元通りに出来るかもしれない」
そうしなければいけなかった。
愛が莉理を囮に使うような作戦に乗ったのもこの為だった。そうする事でこの事件は始めて解決したと言えるのだ。
告げるべき事は告げた。『力を貸してくれ』とは言わない。そんな事で手を借りたとしても意味はないのだ。
なので、最後に一言。
「で、お前達はどうする?」
とだけ、修司は言った。
全員、感情の見えない顔で何かを暫く考え込んでいた。やがて、皆次々に深い息を吐く。
そして、お互いに顔を見合わせて――――頷き合って、修司に視線を向けた。
皆を代表して、佐藤が口を開く。
「分かった。俺達は何をすればいいんだ?」
爛々と輝き出したその十個の瞳には、先程までの動揺一切がどこにも存在しなかった。




