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リミット  作者: 過酸化水素水
1章 占い師
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(3)

 

   3


 『金曜日』


 昼休みの屋上は閑散としている。

 というのも当たり前の話で、基本的に屋上への立ち入りは認められていないからだ。いつもは固い錠前に閉ざされている場所なので、通常なら誰も外に出る事は叶わない。

 だが、ある手段を用いればその問題はクリアできた。

 屋上へ上がる階段の踊り場にあるひび割れた壁の隙間に鍵が隠されているのだ。その事は体育館裏のポイントと同様に、一部の生徒達の間のみで伝えられている秘密の一つだった。

 ただ鍵の存在を知っている者達で稀に利用するものはいても、毎日そこを利用しているようなもの好きは一人しかいなかった。

 琢真はその人物に会うために購買で買ったパンを潰れるほど握り締めて、三段抜かしで階段を駆け上がる。屋上へのドアを勢いよく開け放つと、開口一番怒声を浴びせた。


「コラァァ! 修司てめえ。昨日はよくも騙してくれたなっ!」

 その人物。矢向修司(やこうしゅうじ)は屋上のベンチに足を組んで腰掛けて、手に持っている小説に目を落としていた。大声に反応し僅かに顔を上げ――――琢真の顔を確認すると再び視線を落とした。

「無視すんなっ!」

 琢真は怒鳴りながら修司の目の前まで近づいていく。

「電話もメールも無視しやがって……お前のせいで捕まって説教食らった挙句、反省文を十枚も書かされる羽目になったんだぞ!!」

 反省文は大抵の場合二枚で済まされる。十枚というのは異例だった。

 昨日の夜から書き始めたが、苦心の末書き終えたのは朝方になってしまっていた。お陰で琢真は今日は一睡もしていない。


「そうか」

 そんな琢真の怒りを他所に、修司は全く意に介していないように淡々と告げる。

「そうか。で、済ませるな!」

「うるさいな。読書の邪魔だ。今良い所なんだ」

「うるせえ! 反省を要求する!」

「ああ悪かった」

 まるっきり反省の欠片もない棒読みの謝罪に腹が立つ。ただ、修司と付き合うのにこれ位のことで頭にきていたら、毛根が持たない。怒髪天をついて毛根を痛めるのも馬鹿らしい。と、琢真はお世辞にもふさふさとは言えない父親の頭部を思い浮べて、ふぅふぅと息を整え、荒れかえった心を鎮めようとする。


「昨日は無様だったな」

「お前のせいだろおおおおおおおおお!!」

 怒髪天をついた。


「まあ落ち着け。お前の犠牲は必要不可欠だったんだ」

 言い換えれば、琢真の犠牲は作戦の内だと言っているのと同じである。

 流石にその事には気づいて、琢真は怒りの声が内から湧いて出る。

「ふざけんなっ!」

「まあ待て、考えてもみろ。もしお前があのまま逃げ切っていたとする」

「ああ、そうしたかったよ」

 どうしても皮肉な調子が入ってしまうのを抑えられない。

「だからといって、下手人が誰か判っている教師達の追及が、行われないわけはない」

「む……まあそうだな」

 確かに顔を見られていたので、そうなっていたかもしれない。琢真は渋々納得する。

「当然。責は今日追及されることになっていただろう」

「そ、そうかもしれないが……」

 だからと言って、怒り狂っていた池山の前に自分を差し出す必要はあったのか? という疑問は尽きなかった。


「その場合。教師の追及の手はお前だけではなく、最悪周囲にも広がった可能性がある」

「そうか……?」

「もちろんだ。教師……特に池山はお前とは因縁浅からぬ相手ということもあって、お前の事を把握しているからな。お前一人であんなものを作れるわけはないことには、冷静になれば直ぐに気づいただろう」

「つ、作れないけどさ、確かに」

「だが昨日は教師達の会議の時間が差し迫っていた事もあり、また現行犯だった。アイツは脳筋だから、焦りと怒りでそんなことには考えが及ばなかった筈だ」

「…………」

 琢真は昨日の鬼のような形相の池山を思い返して、確かにと頷く。執拗にいびられたが、仲間の存在を疑うような発言は殆ど無かったからだ。


「ということは、だ」

「……ああ」

「その日の内に叱られておくことで、被害を最小限に留め今日の被害を減らした今こそ、良策を打ったことで得られた、最良の結果だとは思わないか?」

「ま、まあ、そう言われたら……そんな気がする」

 何かがおかしい気もしていたが、琢真はそれが何かは分からない。

「お前が身を張ったお陰で皆が被害を免れたんだ。渡辺や佐藤達皆、お前に感謝していたぞ。流石、琢真だとな」

「そうかな……?」

「もちろんだ。全部お前のお陰だ。ひゃっほう最高だぞ琢真」

 修司の声は平坦である。心が篭って無いのは明らかだったが、琢真は気づかなかった。


(そう言われると……悪い気はしないな)

 休み時間に昨日は逃げ延びた渡辺達が、笑いながら肩を叩いてきたのはそういう意味が込められていたのか。琢真はてっきり、一人捕まった自分を馬鹿にしているのだとばかり思っていた。

(へっ、アイツら……)

 自然に笑みがこぼれる。


「……たわいもない」

「え? 何か言った?」

「いや大したことではない。それより琢真」

 首を横に振りながら、修司は眼鏡を片手でくいっと押し上げる。

「何だ?」

「次はコレをやってみないか? 昨日テレビで放映されていて、何故かどうも気になってな」

 そう言って、脇においていた雑誌を開いて、ある特集ページを見せてくる。

「……バンジー?」

 そのページには、愉しそうにバンジーをしている外国人の女性達の写真が掲載されていた。

「うむ。そうだ」

「ふーん。面白そうではあるが、どこですんだ? この辺りでどっかやってる所知ってんのか?」

 琢真は以前ネットで観た、海外のバンジー動画を思い出しながら尋ねる。その動画では、確か橋の上から飛んでいた。ここら辺にそんな場所があっただろうか、と琢真は記憶を探りながら尋ねるが――――


「いや、ここで」

 眼鏡の位置を微妙に整えながら、修司は真顔で即答した。

 屋上に乾いた風が通り抜ける。

「い、いや、ここでって、ど、道具はどうすんだ?」

 もっと突っ込むべき部分はあったが、動揺している琢真はそんな現実的な(どうでもいい)質問しか出来なかった。

「それは俺が用意しよう。俺の役割は企画・準備係だからな」

「い、一応聞くが……だ、誰が飛ぶんだ?」

 その問いには答えず、修司はジッと琢真を見つめる。

「む、無理無理無理無理!!」

「安心しろ。下にはちゃんとマットも引く」

「……マットって、どんなの?」

 期待を込めて琢真は確認する。琢真の脳裏にあったのは、ビルの屋上から飛び降りるスタントなどで使用されるような奴だった。

「陸上部のを拝借する」

 琢真は陸上部が使っている、高飛び用のマットを思い浮かべる。どこの高校にもある普通のマットだった。

「いやいやいや。屋上から飛んで、あんな小さいマットじゃ衝撃殺せないだろ!?」

「大丈夫。ロープもあるんだ。それで勢いは大分殺されるだろう」

「いやーー無理無理。仮にそうだったとして、あんな小さなマットの上に巧く着地できるとは思えない!」

 飛んだはいいものの肝心のロープが足から解け、落下地点がマットから逸れて頭から地面に叩きつけられ、散華した自分の姿が脳裏に浮かび――――琢真は慌てて首を振ってそのイメージを払う。

「いや、マジ無理だって」

「大丈夫だ。それにそもそも上手くいくから、マットの出番はない。安心しろ」

(だからその根拠はなんだ!?)

 琢真は修司の意味不明な自信が疑問だったが、口にしたのは別の事だった。


「大体、昨日のペットボトルロケットで走り幅跳び新記録が出せるか実験も、まだちゃんと確かめられて無いじゃねえか。そっちはいいのかよ!」

 なお、昨日使用した装置は既に池山に没収された上、無残にも分解されてしまっている。

「やはり作成に手を抜くのではなかったな……まあ構わん。どの道十本程度のペットボトルで、六十キロ超のお前を持ち上げる事なんて無理であることは分かっていた」

「無理って……分かってたんなら、なんで試したんだよ!」

「なんとなくだ」

 修司は昔から何か唐突に思いついたことを、琢真を使って実験してみようとする悪癖がある。最初の頃はお遊びみたいなものだったので、琢真も乗り気で引き受けていたが、最近は徐々に内容がエスカレートしているように感じていた。

 思い付きを実行するために必要なことを考える事が出来る頭の良さと、それに費やす意味不明な行動力を持ち合わせていたため、大抵の事は実現できてしまうことが性質悪かった。


「金子にでもやらせろよ!」

「奴では重過ぎる」

 酷い言いようだが、琢真はクラス一の巨体を思い浮かべ確かにそうかもしれないと思い直す。

「大丈夫だ。俺を信じろ」

「その言葉が一番信じられん!」

 先日、自分を陥れた際の修司の『大丈夫だ』を思い出し、そう断言する。

 琢真とて、いつもいつもその言葉に騙されるわけではないのだ。


 修司はそんな琢真を哀れむように見つめる。押し一辺倒だった調子から一転、嘆くような表情を浮かべながら呟いた。

「ふぅ、勇気の無い奴だな……」

「……何?」

 聞き捨てならない発言だった。

「お前がそんな度胸の無い男だとは思わなかったよ……正直、ガッカリだ」

「待て……俺に勇気が無いだと?」

「ああ。俺の知っていた芳垣琢真は、いつの間にかいなくなっていたようだ……」

「なんだと?」

 だったら、今ここにいる自分は何なのだろうか? などと哲学的な事を考え始めて――――琢真は自分がそんな事を考えられる程、頭が良くない事を思い出した。

「こんなチキン野郎に藍田が落とせるはずもないか……なるほどな」

 修司は勝手に想像し、勝手に断定する。

 思わず動揺して、琢真は声を張り上げた。

「あ、藍田さんは関係ないだろ!!」

「いいや関係ある。度胸のない男より度胸のある男を嫌いという、奇特な女もいないだろうしな」

「くっ……」

 思わず琢真の口から呻き声が漏れる。明らかに琢真は劣勢だった。


「あ、やっぱりここだったのね」


 突然。二人だけだった屋上に第三者の声が割り込んでくる。ドアの方を振り返ると、愛が機嫌良さげな笑顔で二人の元に向かって歩いてきていた。

「何か用か?」

 今までのやり取りの様子とは一変し、修司は警戒するように尋ねる。その気持ちは琢真も分かった。警戒しているのは自分も同じだったからだ。

 愛が自分達に向かって笑顔を向けるのは、馬鹿にする時、嘲笑する時、からかう時、何か琴線に触れた時、そして、頼みごとをしてくる時だけだからだ。

 そして、その頼みごとは大抵がロクでもないことだった。


「何よ、そんなに警戒しないでよ」

 愛はにっこりと二人に微笑みかけてくる。その笑顔に、大抵の男はコロッと騙されるに違いないが、付き合いの長い二人にだけは通用しない。

「ちょっとお願いがあるの」

 頼みごとバージョンのようだった。二人の警戒心が増す。

「だから何だ?」

「今日の放課後、ちょっと付き合って欲しいだけなんだけど」

「「嫌だ」」

 琢真と修司の声が、綺麗に重なった。

 そう言い放つと同時に素早く身を起こし、屋上から逃げようとドアに向かう。

「ちょっと待ってって。逃げるなら話を聞いてからにしてよ」

 愛は二人を瞬時に回りこみ、両手を広げて進路を通せんぼする。

「話聞いたら、無理やりつき合わせる気だろ」

 話を聞いたんなら最後まで付き合いなさいよ、という理屈で、二人は今まで何度も苦渋の労働を強いられてきた経験があるので、琢真がそう突っぱねるのは当然だった。

 二人は阿吽の呼吸で、それぞれ愛の反対側の横をすり抜ける。


「分かったって。もう話聞いたから付き合えなんて言わないから」

 そう言いながら、愛は逃げ出そうとする二人の上着を背後から掴んで、引っ張り止める。ミチミチと制服から音がする。

「分かったから離せ。制服が破れる。仕方ないから話だけは聞いてやる」

 修司は眼鏡の位置を整えながら、渋々といった様子で愛に向き直る。

 であれば琢真一人異論を唱える訳にもいかず、嫌々話を聞くことにした。

「よおし、いい心掛けね」

 愛は再び怪しい笑顔を浮かべて、話し始める。

「今日の放課後。『占い師』に会いに行かない?」

「「行かない」」

 再び二人の声が重なった。

 踵を返した二人がドアに後一歩と近づいた所で、再び上着が引っ張られる。何とかそのまま力で押し切ろうとするが、その場から一歩も動けない。

「最後まで聞きなさいよ!」

「占いなんて、クラスの女子連れて行けばいいじゃねえか!」

「そうだ、それに占いなどナンセンスだ」

 三人とも力を込めるあまりプルプル震えていたので、声も微妙に震えていた。

 逃げようとする男二人に対し、逃がすまいとする女一人という図式だったが、力は拮抗している。

「暇な子が誰もいなかったのよ!」

「じゃあ明日行けばいいだろ!」

「その通りだ。占い師は逃げない。明日にしておけ」

 面倒な事この上ないので、二人で必死に説得しようとするが――――


「アタシは、今日、行きたいのよ!!」

 内容に独善的理由が入り込み始めた。大変拙い傾向だ。

「知るか! 一人で行けよ!」

「嫌!」

「たまには我慢する事を覚えろ」

「うるさいっ!」

 琢真と修司は後一歩が踏み出せず、右足がプルプルと震えながら空中を彷徨っている。

「では、誰か別の男に頼むんだな!」

 修司が言えば、

「そうだそうしろ! 愛が頼めば大抵の男は付き合ってくれるさ!」

 琢真が同意する。

 ただ、愛はその意見に感銘は受けなかったようだ。


「何で暇つぶしのために、気を使う事をしなくちゃいけないのよ!」

「暇潰しだと!?」

「ひ、暇潰しに、俺達を付き合わせるなよ!!」

「いいから、素直に付き合うと、言いなさい!」

 もはや無茶苦茶だった。

「断る」

「俺もだ!」

「くっ!!」

 三人はそのまま暫く力比べをしていたが――――突如愛の力が抜ける。


「うっ」

「ぐあっ!」 

 急に抵抗が無くなった為、二人して勢いあまって屋上のドア横の壁に激突した。

「いてて……」

「急に離すとは……」

 二人は強かに打ちつけた顔を抑え、振り向いて苦情を言う。

「…………」

 愛はムッツリと黙り、ジロリと視線を交互に向けてくる。琢真は思わずたじろいでしまったが、それは修司も同じ様だった。

 何度も琢真と修司の間を愛の視線が泳いでいたが、やがて固定される。


「な、何だよ……」

 どうやら、ターゲットは琢真のようだ。

 愛は何やら意味ありげな笑みを浮かべる。琢真の背筋に、何か冷たいものが走った気がした。

「そう……。そういう態度をとる訳ね」

 愛は笑顔だったが、言葉から感じる気配は冷たい。

「い、いや、そのなんて言うか。あ、愛も女の子同士で行った方が楽しいだろ?」

「そうね……。でも、アタシは今日行きたいのよ」

(そんなの、お前の勝手な我侭じゃないかっ!!)

 と、琢真は叫びたかったが、変容した愛の様子に圧され声帯は震えなかった。

 ちらりと修司を伺うと、自分の危機は去ったと安心しているようだった。

(こいつ、自分がターゲットになってないからって!!)


「何か言いたそうね?」

「い、いや。別に……」

「そんなに嫌だったなら仕方ないわ。断ってもいいわよ」

 今までの発言と百八十度翻った発言をした愛に、分かってくれたか、と琢真が喜んだのもつかの間。

「断ってもいいけどその場合――――莉理にアンタのことを有る事無い事吹き込むからね」

 とんでもない事を言い出した。

「ちょっ!?」

 無い事はやめろよ、と言おうとしたがそんな場合ではない事に気づく。

「ああ。それともアンタの気持ちを莉理に、全部教えてあげよう……かな?」


「どこでも付き合いますよ! 愛さん!」

 琢真は即座に百八十度意見を翻した。


「そう……でも、嫌々付き合われても癪に触るしな……」

 愛は上目遣いで怪しく琢真を見つめてくる。非常に癪に障った。

「い、嫌々だなんてそんな……。俺達長い付き合いじゃないですか。そんな事思うはずが無いですよ!」

 はっはっはと笑いながらも、琢真の心はさめざめと泣いていた。

「じゃあ、琢真は付き合ってくれる……と」

「……はい」

 今の琢真の姿は、小文字のOとRとZだけで表現できるだろう。


「琢真が付き合ってくれるんなら、俺はもういいだろう?」

 そう言って屋上のドアに手を掛けた修司だったが、愛の言葉は続いた。

「でも、琢真と二人きりなとこを見た人に、変な勘違いされても嫌だしなーー。そうじゃなくても誤解している人も結構多いしね。もう一人いてくれると、そういった煩わしさから解放されるから助かるなーーなんて」

「お前達が勘違いされた所で、俺は一向に構わん」

 そう言い放ちドアを開いた修司の背中に、愛は再度言葉を投げかける。

「そっかーー。まあ、アタシも今は狙っている人いないから、そんな噂されても面倒なだけで実害はないんだけど……。ただこの三人の中に一人だけ、絶対にそういう勘違いを広められたくない人がいるよね……確か」

 誰とは言わないけど、と琢真を見てニッコリと笑う。一見穏やかともいえる微笑である。だが、琢真には愛の背中に邪悪な黒い羽が生え、パタパタと羽ばたいているのが見えた気がした。

 琢真の体中のいたるところにある汗腺から、汁が猛烈に噴出してくる。


「ふむ……確かにそういう奴がこの中にいたと思うが、そいつが誰にどう思われようと俺には関係ないな」

 修司はちらりと琢真を一瞥したが、直ぐに愛に視線を戻して答える。

 そして、ドア淵を跨ぎ校内に右足を踏み入れ、続けて踏み入れようとした左足を――――琢真はダイブして、ガッチリ掴む事に成功する。

「離せ」

「い、嫌だ!! 頼む後生だ! ここは愛の頼みを聞いてやってくれ!」

 修司が頭にゲシゲシと蹴りを入れてくるが、左足首を掴む手は離さない。例え鈍器のようなもので殴られたとしても、決して離さない自信が琢真にはあった。

「俺には何のメリットも無い」

「頼む親友だろ! 親友のピンチを見捨てるつもりか!?」

「ああ。親友といえど見捨てる」

「修司は相変わらず冷たいわね~~」

 修司の言葉を、愛は笑いながら非難する。誰が一番酷いのかは言うまでも無かった。しかし、今は突っ込むのは控えておく。

 この女にいつか恨み晴らしてやる……と、琢真が初めて思った日から既に十年近く過ぎているが、恨みは積もるばかりで、晴らせた事は一度も無かった。


「じゃ、じゃあ分かった。バンジーやるから!」

 苦渋の選択だった。

「何?」

 唐突に頭部への攻撃が止む。

「何よ、バンジーって?」

 一人意味の分からない愛は首を傾げる。

「ふむ……。その言葉に二言はないな?」

 修司は目を瞑り数瞬考えると、念を押すように確認を取ってくる。

「……ああ、ないよ」

 琢真はがっくりと項垂れながら、返事を返す。

「そうか……そこまで言うなら分かった。次はバンジーで準備を進めておこう」

「ああ…………うぅぅぅぅ」

「ということだ。仕方ない。俺も付き合ってやろう」

 修司はようやく了承して愛に告げると、屋上の鍵を琢真に放って、そのまま階段を下りていった。

「よく分からないけど……まあいいや。じゃ、放課後忘れないでね」

 そう言って愛も姿を消し、琢真は一人誰も居ない屋上に取り残された。


「…………」

 頬を伝うこの熱いものは何だろう?

 琢真は答えの分かっている疑問に悩まされながら、遥か彼方で鳴り始めた昼休み終了のチャイム音をぼにやりと耳に入れていた。


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