(15)
「まず、金運じゃが……。これは当面は変化ないのぅ。じゃが、今から数年以内に大きな転機がありそうじゃ」
「転機?」
「おぅ、その時の選択次第では、かなりの財産を築けると出ておる」
「選択が違ったら、どうなるのでしょう?」
「その時は……貧乏とは言わんが、同じほどの財産を築くのは難しいじゃろうて」
「なるほど……」
莉理は神妙に老婆の言葉に頷いている。その様子からは、疑いという要素を持っているようには見えない。
老婆の占いは続いた。
「次は仕事運じゃが、お前さんの場合は学業運じゃな……。ほぅ、これは立派なもんじゃ。今のまま続けていけばええ。将来はそれで身を立てる事が出来るじゃろう」
「本当ですか!? 良かった」
莉理の夢を聞いている琢真には、彼女の喜びが分った。彼女の行っている事は間違っていないと告げられたようなものだ。喜びも一入だろう。
莉理の笑顔によって、琢真までも顔が綻んでしまっていた。しかし、次の老婆の言葉にだらしなく緩んだ表情が引き締まった。
一言も聞き逃さないように耳を済ませる。
「次は恋愛運じゃ」
「…………」
ここで、莉理がチラリと琢真の方を見る。恥ずかしそうに伏目がちに琢真を見上げている。
何を言いたいのかは分った。が、ここはあえて気付かない振りをした。
「…………」
莉理の恨めしいような視線が琢真を襲う。
(だがしかし、俺は決して負けない!!)
最低な男だった。
老婆もそんな莉理の表情に気付いたのか、琢真に向かって呆れた顔で絶望的な通告をした。
「小僧、お主邪魔じゃ。向こう行っておれ」
琢真は泣く泣く二人から離れた。
耳に全神経を集中して聞き耳を立てる。だが、老婆の小さな声はまるっきり入ってこず、時折莉理の反応の声が断片的に聞こえてくるだけだった。
今までで最も長く五分以上の問答の末、ようやく莉理が琢真を見てコクンと頷いた。どうやら、恋愛運については終ったらしい。
近づいて彼女の顔を盗み見るが、先程までとは異なり喜び溢れるという様子ではなかった。
何か良くないことでも言われたんだろうか?
しかし、そんな莉理を見つめていられたのも、僅かな時間の間だけだった。
「最後は……生命運についてじゃ」
老婆がそう切り出したからだ。
ここだ、と感じだ。恐らく老婆はこの事を言うために、今日現れたのだろう。彼女と、それともしかしたら琢真に対して。
一体何を言うつもりなのか全く分らなかったので、彼女を不安にさせるような事を口にしたら、力づくでも止めてやろうという決心を胸に秘め、琢真は固唾を呑んで二人の様子を見つめていた。
「お主の生命線じゃが……。そう、その線じゃ。とても長いのは自分でも見て分るじゃろう?」
「はい」
琢真はチラリと横手から彼女の生命線を見たが、とても長いのが分かった。
それを見る限りでは、莉理に危険が差し迫っているとはとても思えない。
「お主の生命線はとても力強く、きっと健康なまま長生きする事じゃろうて」
顔が綻ぶ莉理を尻目に、琢真は疑いの目を強くしていた。
まさかあれだけ強く言い切っていた『予知』の結果が変わったという事は無いだろう。と言う事は、彼女を安心させるために、気休めを言っているのか?
それが良い事かは分らなかったが、ひとまず安心する。彼女を無駄に怖がらせる事にはならなかったからだ。
しかし、そんな琢真の思惑とは裏腹に、老婆の話は続いた。
「じゃが、今現在……。特に今週辺りか。線に揺らぎが感じられる」
「線の揺らぎ? 生命線の、ですか?」
言っている内容がピンとこなかったのか、莉理は疑問を瞳に浮かべている。その気持ちは分かる。琢真も老婆が何を言っているのかさっぱり分からなかった。
「そうじゃ、なるべく今週から……。そうじゃな来週頭まではあまり外は出歩かず、家でゆっくりしておくがええ」
莉理が内心、それをどう受け止めたのかは分らない。ただ彼女は神妙に頷いた。その反応を見て、老婆は「うむ」と一言だけ言うと、
「そろそろ用事があるでの、これで失礼する……じゃが、詳細に占いたくなったら来週以降に、ワシの所へ尋ねてくるがええ。優先して占ってやろう」
そう莉理に声を掛けて、踵を返した。
「あ、あの、有難うございました」
慌てて礼を言う莉理の言葉を背に受けながら、老婆は振り向かずに歩いていく。
琢真は老婆が公園を出る前に後を追いかけ、莉理の事を護衛する自分にとっては、恐らく最良の言葉を掛けてくれた事に対する礼を言った。だが、老婆はそれには何も答えず、その代わりに強い目で琢真をジッと見つめて歩き去っていった。
『出来る事はしてやった、後はお前がしっかりやれ』
その目はそう告げていたように感じた。
莉理の下に戻ると、彼女は「今の占いは結局喜んでいいのかな?」と悩んでいた。
「全般的に良い結果だったんだよね? 喜んで良いんじゃないかな?」
琢真のその言葉に安心したのか「そうよね」と、莉理はようやくにっこり笑った。
「じゃあ、あんまり出歩いちゃ駄目ってことだし、もう帰るね」
莉理は冗談っぽく微笑むと、心なしか軽やかな足取りで老婆とは反対側の出口から出て行った。
折角の口実が出来たのに、家まで見送ることを告げるタイミングを見出せないまま、琢真はその後姿を目で追う事になってしまった。
(仕方ない……影から護衛するか)
老婆の話からすると、やはり今週が山場のようだ。何とか今週を乗り切れば、彼女に対する生命危険疑惑は払拭されるのだ。そうすれば、こうしたストーカーじみた事はしなくてもよくなる。
(決して彼女を死なせたりしない。必ず護ってみせる)
その改めて燃え上がった決意を胸に、琢真は莉理の後を追いかけたのだった。
――――しかし、だからこそ琢真は気付かなかった。
公園から出て行った二人を、睨みつける様に凝視していた存在があったことを。
琢真は常に冷静に周囲を警戒しておくべきだった。が、この時の琢真は気持ちばかり逸り、その事に気付けていなかった。そうすれば、この後の展開は異なっていたかもしれないのだ。
だが、それに気づいた時にはもう。事態はどうしようもない所まで進んでしまうのだった…………。