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リミット  作者: 過酸化水素水
3章 ストーカー
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(8)

 

   12


 『日曜日』


 シーチキンマヨネーズパンを片手に頬張りながら、琢真は『売家』の庭から対面の家の様子を探っている。

 昨日の教訓を生かして、今日は張り込む前にコンビニで食料を補充していた。流石に十時間以上飲まず食わずは辛いということを身を持って知ったからだ。

 本来今日はバイトのシフトに入れられていた。なので昨日の夜バイト先を訪問し、店長に何とか来週終わりまで休みにしてもらえないか、と頭を下げてお願いした。小言も言われたが、休み明けに休んだ分を取り返すことを約束すると、何とか納得して貰えて今日に至る。


 既に太陽は真上に移動しており、周囲はその日差しで熱されている。せめて帽子を被ってくれば良かったと、今は少し後悔していた。

 昨日の愛の話だと、莉理は今日何か用事があるらしいとの事だった。ただ、朝八時頃に彼女の弟と思われる少年が制服姿でどこかへ出かけて行っただけで、他の家族は家の外には一度も出てきてはいなかった。

 家の周囲も特に何も変わりはない。強いて気付いたことを挙げるならば、交通量が思っていた以上に多いという事と、大きな貨物トラックが数台通ったということ位だ。


 昨日あの後何を思ったのか、愛がそれとなく今日の予定が何時頃かだけ莉理から聞き出してメールしてきてくれた。

 厳しいことを言われた後だっただけに意外だったが、琢真はありがたくその情報を貰い受けた。

 改めて琢真がお礼を返信すると、『別に』と短く一文字だけ返ってきた。それまでのレスポンスとは明らかに間が開いていたので恐らく照れていたのだろう。そう思うと可愛らしく感じた。

 しかし、それを本人に言おうものならどんな目に合わされるかは容易に想像できたので、琢真は心の奥で思うだけに留めた。

 愛の情報によると、莉理の予定は昼過ぎということらしい。

 なので、昼前から監視すればいい筈だった。ただ念のために琢真は朝から待機していた。

 流石にジッと様子を探るだけというのは、探偵でもない琢真にとっては苦痛でもあったし、何より退屈で集中力を維持する事は難しかった。

 そうした何度目かの脱力を行っていると、彼女の家のドアが開き、ようやく莉理が外に出てきた。


 莉理は自転車を押して、家の前の道路に出てこようとしている。麦藁帽子に薄手の淡い水色のワンピースという服装がとてもよく似合っていた。

 琢真は周囲のゴミを丸めて無理やりポケットに押し込み、莉理が家の前の坂を下り始めたところで門を乗り越え、後を追いかけた。

 相手は自転車なので離されないかが心配だった。しかし、莉理はスピードが出過ぎないように気をつけているのか、時折ブレーキを掛けていたのでその心配は無用だった。

 後は見つからないか……だが、莉理は下り坂で後ろを振り返るようなことはせず、前をずっと見据えていたため、それに関しても安心できた。

 駅前の街の中心部までゆっくり下り終えると、次は通りを東に向かって進み始める。それから五分以上過ぎただろうか、莉理はある公共施設の敷地内に乗り入れると駐輪場に自転車を止め中に入っていった。


 そこは街で唯一の図書館である。

 学校の体育館よりも大きい建物で、蔵書もかなりの数に上ると言う話だ。

 生憎琢真はここで本を借りた事は無かった。修司に付き添って何度か訪れたことはあったが。

 琢真にとっては退屈極まりない場所だったものの、修司にとっては居心地の良い場所らしい。恐らく、莉理にとってもそうに違いない。

 ともかく、危険な出来事が起こるような場所ではなかったので琢真は安心した。

 琢真は莉理に少し遅れて中に入る。日曜の図書館は平日の倍以上の人がいたため、姿を見失わないようにするのが大変だった。

 莉理は帽子を脱ぎ手に持って、人の間をすり抜けるように移動する。流石に慣れているのか、人が多くてもスムーズな動きだった。

 彼女はいくつかの棚から数冊の本を抜き取ると、それを持って机のある読書スペースに向かった。そして、空いている場所に座ると持っていた鞄からノートを取り出し、本を読んではノートに何か書き込む、といったことを繰り返し行い始めた。

(勉強してるのか?)

 遠目なので琢真の位置からは何をしているか詳細は分からなかったが、問題ない。問題は莉理の身に危険な事が起こるかどうかである。

 そういった目で観察すると、莉理の周囲には老人と子供しかおらず、怪我をするようなものもなかったので危険は全く感じられなかった。

 莉理の一心不乱な様子から当分は動きは無いだろうと判断し、琢真は一旦この場から離れる事にした。本棚の影に隠れて莉理を見つめていた琢真を、不思議そうに見ている少女がいたからだ。変な人がいるなどと騒ぎ立てられて莉理に見つかりでもしたら元も子もない。

 とりあえず、にこやかな笑みを少女に返して誤魔化しながら、琢真はその場を立ち去った。


 手ぶらで除いているのは怪しすぎるのかもしれない。何かカモフラージュと暇を潰すことを兼ねて、琢真は自分にも読める本を探すことにした。

 と言っても、琢真に読める本などは決まっている。漫画か、せいぜい雑誌だけだ。ただ最新の漫画が置いているわけも無く、琢真が幼児の頃に流行ったような漫画しかなかった。仕方なくそれで妥協することにした。

 シリーズものだったのでとりあえず三冊だけ持って、彼女の姿がギリギリ見える読書スペースに移動する。

 読書スペースはそれなりに人で埋まっていたが運良く条件に合う場所を確保でき、莉理の様子を伺いながら漫画を読み始めた。適当に取ってきた漫画だったが、読んでみると中々面白く、つい夢中になってしまう。

 琢真は持っている分をたちまち読み終えてしまった。なので続きを取りにいく。そうして、以後は彼女の姿を注視しながら続きを取ってきては読む、を繰り返した。

 それを何度行っただろうか、不意に琢真の視界がぼやけ始める。恐らく連日の緊張による疲れからか、猛烈な睡魔が襲ってきていた。

 琢真は頭を振り、腕をつねってなんとか堪えながら『読書』を続けていたが――――

 いつしか意識を手放してしまった。


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