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リミット  作者: 過酸化水素水
3章 ストーカー
22/61

(6)

 

   9


「……確かに、手伝うとは言ったわ」


 目の前の人物の静かな怒気を、琢真は身を縮めるようにして真っ向から受けていた。周囲には二人以外の人影は無かったので、逸らす事も出来なかった。

「ええ、確かに言った……。だから、手伝うのはやぶさかではないわ……」

 彼女はベンチに腰掛けて、背もたれに重心を置いた姿勢でゆったりと足を組んでいる。

 上下揃いの青色のジャージの、チャックを全開に開けた上着の下に、ピンクのタンクトップが覗いている。腕を組んでいるため全景は見えないが、巨乳ではないものの十分に豊かな胸の自己主張が、目に毒だった。

「ねえ、聞いてる?」

 そんな琢真の視線を知ってか知らずか、咎めるように聞いてくる。いつもは明るく大きな瞳が、今は細められて冷たい輝きを放っていた。

「もちろんです」

 思わず琢真は敬語になってしまう。今の力関係からするとそれも当然だった。

 琢真はベンチの前で正座しているので、上から見下ろされている格好になっている。

「そう……じゃあいいわ」

 琢真の言葉を認めてはくれたものの、依然として言葉の冷たさは消えない。

「一体、何が気に食わないんだ?」

 今日顔を合わせてから、ずっとこの調子だった。昨日何かしたかな、と思い返してみたが……特に何もなかった筈だと琢真は結論付ける。

 どうしても分からないので、勇気を振り絞って確認してみたのだが――――

「あ? 『気に食わないんだ』?」

 視線の冷たさが一気に増した。体感温度は既に、氷点下を下回ろうかというところだった。命が惜しいので即座に琢真は言い直す。

「あ、いえ……一体、何が気に食わないんでしょうか?」

「ああ、そう。分からないんだ……」

 静かに目を瞑りながら心を落ち着けて何事か思案している風だったが、更に増した冷気がそうではない事を明確に物語っていた。


 そんな空気の中、チュンチュンと、雀の呟きがどこからか聞こえてくる。

 少女はゆっくりと立ち上がると、綺麗な人差し指をピンと伸ばしある方向を指し示す。

 急に立ち上がられたので思わず頭を庇って伏せてしまった琢真だったが、立ち上がったのはそういう意図ではないことを知り、彼女の示す方向に視線を送った。

 その先には、一本のモニュメントが鎮座していた。

「あの、モニュメントが何か……?」

 あの建造物が、一体何のメッセージを伝えるものなのか。モアイ像や、ストーンヘンジのような類のメッセージなのだろうか。今の状況との因果関係はさっぱり分からなかった。

 琢真の言葉に僅かに柳眉を顰めると、少女はくいっと顎を上に動かす。

 上を見ろということだろうか? ゆっくりと視線を上げていく。モニュメントの先端には、時計が埋め込まれるようにして取り付けられていた。

 琢真は吸い付けられるようにその時計を見る。そして気付いた。

 あの時計には秒針がない。


 慌ててその事を告げたが、絶対零度の瞳が返ってきた。どうやら違ったらしい。仕方なくそのまま時計を見るが、七時前を指し示しているだけで他は何もなかった。

 だがそれでもじっと見続けていたら、ふと天啓のようにソレが閃いた。

 自分と照らし合わせてみるが恐らく間違いない。

「朝ご飯が、まだだったんです?」

「時間が早過ぎるっつってのよ!!」

 愛の怒号と共に、右ストレートが飛んできた。

 


   10


 『土曜日』


 それから数十分。朝の公園には、琢真の呻き声だけが響いていた。

 周りから見たら間違いなくリンチされている様に見えただろう暴行の嵐が続いたが、ようやく大人しくなってくれた。

 怒りが収まったのではなく、恐らく腹が減ったのだろう。琢真としてはどちらでも良かったが。

「で、何を手伝えって?」

 殴りすぎて手を傷めたのか、愛は軽く手を振りながら再びベンチに腰掛けて尋ねてくる。怒りの色は完全には抜けていないという感じだったが、ソレを押さえ込む事が出来る位には怒りは静まったらしい。

 頼むなら今しかない。琢真は直球で要求を述べる。

「藍田さんと、今日一日遊んでくれ!!」


「はぁ? 何でよ?」

 愛は、何言ってんだこいつ、という目で見据えてくる。どうやら昨日の話を忘れているようだ。

「昨日話しただろ? 『予知』について」

「ああ……あれか。はぁ、まあ莉理と遊ぶのは別に問題ないけど」

 意外とあっさり了承してくれたので、琢真は驚きつつも喜びで溢れる。

「ホントか!? 良かった」

「でも、莉理を護るって、何すればいいのか分かんないんだけど?」

「とりあえず、家の外に出さないようにしてくれればいい」

 問題は『路上』だ。老婆も家の中は危険は無いようなことを言っていたので、それなら大丈夫だろう。と言うか、それを信じる以外にない。

 これは昨日の夜ずっと考えていた対応策の中で、最も効果的で安全な案だった。

 平日は学校があるので外出を防ぐ事はできないが、休日なら話は別だ。誰かを莉理の家に送り込んで、一日家の中で監禁、もとい遊んで貰えばいい。

 問題は誰を送り込むかで、琢真や修司は論外として、最も効果的な人物は高橋と田中だった。しかし、あの二人には理由をなんと説明したらいいか分からない。日頃よく話すと言っても、愛ほどではない。予知の話など、話半分にも信じてもらえる自信は無かった。


 ともすれば、消去法として愛が残ったという訳だ。

 愛ならば莉理と友達だし、事情も少しは理解してくれてるので琢真も頼みやすい。

 ただ琢真がこの案を思いついたのは昨日の深夜だったからか、愛に連絡しても返事が返ってこなかった。(さっきは、この件でも殴られている)

 仕方ないので朝かけなおす事にしたのだが、あんまり遅すぎて彼女が外出してしまったら元も子もない。それで、ちょっと早過ぎかもれないと琢真自身思っていながらも、朝の度重なるコールによって何とか愛を叩き起こす事に成功した。そうして先程のやりとりに繋がっていたのだった。

 愛の性格上、恐らく怒っているだろう事は琢真も分かっていた。なので、ちょっとしたコミュニケーションを図ろうなどと余計な事を考えた所為で、もう少しで琢真は気絶してしまう所だった。用事を伝える前にそうなっては泣くに泣けない。


「家の中で一日遊べって? 何すんのよ一体。莉理はゲームとかしないのよ!?」

 修司と遊ぶ時は大抵ゲームで遊んでおり、しかも一日ずっとゲームしていることもざらだったので、愛の苦悩を共有する事はできなかった。

 だがそれを言うとまた殴られるのは分かりきっていた為、琢真は頭を下げて「頼む」とだけお願いした。

 愛は暫く苦虫を押し潰した様な顔をしていたが――――やがて面倒そうに数度頭を掻くと「分かったわよ」と渋々承諾してくれた。

「ただし、この貸しはデカイからね」

 と、釘を刺してくるのは忘れなかったが。

「じゃあ、藍田さんが外出する前に、とっとと向かってくれ」

「え~~、ちょっと一眠りしたいんだけど……」

 琢真の真剣さが、イマイチ伝わっていないようだった。

「…………」

 なので、琢真はジッと悲しげな視線を愛に送る。

「…………わ、分かった、分かったから。行くわよ。行けば良いんでしょ」

 途端に嫌そうな顔で、降参とばかりに愛は両手を挙げた。

 琢真としては直ぐにでも向かって欲しかったが、流石に愛も女の子という事なのだろう。今の格好では遊びに行くのは無理と頑なに固辞したため、着替えた後で向かって貰う事になった。

 デートでも無いのに一時間近く支度に費やす意味は、琢真には全く分からない。ただ莉理には既に連絡済みということだったので、特に何も言わなかった。


「じゃあ、これから向かうけど……アンタも来る?」

 ようやく準備を終えた愛(正直服装以外何が変わったのか分からない)は再び公園に戻ってき早々に、ぶっ飛んだ事を言い出した。

「藍田さんの家に……俺が!? そんな……でも……まてよ……いや……しかし……」

 驚き、苦悩、悲しみ、喜び、期待、といった様々な感情が琢真を襲う。

 脂汗が湯水のように溢れて、そして地面に水溜りを作っていく。

「ああ……ごめん。……やっぱ、アタシだけで行くわ」

 琢真の様子に何を感じたのか、愛は申し訳無さそうな瞳を向けて前言を撤回する。

「あ、ああ………。そ、そうだな、そうしてくれると……助かる」

 琢真は何かとても大きなチャンスを逃した気がした。


「アンタは今日どうするの?」

 愛は公園の出口に向かっていたが思い出したように振り返り、今日の予定を聞いてくる。

「もちろん、何かあった時に直ぐに行動できるように、俺はここで待機しておく。だから何かあったら直ぐ連絡してくれ!!」

 莉理の家の向かいの『売家』で待ってようかとも考えたが、今日はここで大丈夫だろうと判断した。というような葛藤はあったものの、愛が不安にならないように琢真は力強く言い切る。

 愛は引きつったような顔を浮かべて「分かった」と頷くと、公園を出て行った。


(愛は行ったか……さぁて俺は――――)

「……何してよう?」

 時間は余るほどあった。



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