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男二人で少女の後をつける。
それだけを聞くと完全に変質者以外の何者でもない。だが二人の内一方……つまり琢真は非常に真摯に真剣だった。
一緒に帰っている修司には全く顧みる事無く、視線を少し前を歩く莉理とその周囲に向けている。不審なモノの接近を絶対に許さないという使命に燃えた瞳で、端然と警戒の根を張っていた。
肝心の護衛対象は、校門を出る時に合流した恐らく別のクラスの友人と肩を並べて歩いている。その女子生徒は琢真は見たことのない顔で、隣の修司も知らないとのことだった。
遠目に様子を伺った限りでは、どうやらかなり大人しい性格の少女のようだ。どちらかと言うと大人しい筈の莉理が率先して話題を振っているように見える。気にはなったが、莉理の友人に悪い人はいないだろう、と琢真は勝手に判断する。
その友人の事はいったん置いといて、引き続き周囲の警戒に入るが――――
「な~~~~に、してんのよ!!」
何者かが大きな声を出しながら琢真達の背中を激しく殴打してきた為、中断を余儀なくされた。
莉理の警戒に夢中で、自分の警戒が疎かになっていたようだ。殴られた二人して、そのまま前につんのめる。
「あいっかわらず二人っきりで……。アンタ達怪しいわよ?」
どう怪しいのかは琢真には分からなかった。だが、いつも通り突然現れた愛に苦情と警告の目を向ける。
「この……」
修司は今の衝撃で、かけていた眼鏡が吹き飛んでしまったようで、それを拾い上げながら恨みの篭った目を愛に向けていた。
一方の愛はその様子にもどこ吹く風で、「喫茶店いかない? アンタの奢りで」とふざけた事をのたまわっている。
チラリと様子を伺うと、眼鏡が破損していないかを確認した後ゆっくりと眼鏡をかけ直している修司から不穏な気配が漂っているのを琢真は感じた。このままでは面倒な事になると直感で察したので、琢真は何とか空気を換えようと、莉理の隣にいる少女について愛に尋ねた。
「アンタ……」
愛は前方に莉理が歩いているのには気付いていなかったのか、その姿を視認すると琢真をまじまじと見つめる。
「莉理のことが気になるのは分かるけど……ほどほどにしとかないと、ヤバイわよ?」
犯罪者を見るような目つきだった。
言い返したかったが、彼女をつけているのは事実なので琢真は何も言えなかった。
「はぁ。まあいいわ。え~~と、あの娘は確か……」
愛は小さな溜息をついた後、少女をじっと見つめる。
「う~~ん。あの娘は確かF組の子だった筈よ。名前は知らないけど、確か莉理と同じ文芸部だったと……思う」
「何か曖昧な感じだな」
推測に推論を重ねているような物言いが引っかかり、琢真は指摘する。
すると、愛は僅かに苦々しい表情を浮かべながら「仕方ないじゃない」と吐き捨てた後、質問を投げ返してくる。
「アタシと、仲良くなれそうなタイプに見える?」
言われて見れば確かに、愛とは一線を隔てている女の子に見えた。どの角度から見ても、男と話したり遊んだりするのが得意な感じには見えなかったからだ。琢真は思わず納得してしまう。
愛はそんな琢真を訝しげに見ながら、
「アンタ……あの娘に乗り換える気?」
人が必死で空気を変えようと話題を振ったのにも気付かずに、下らない事を言い出した。
「ちげーーよっ!」
そんな訳はないし、そんな場合でもない。琢真は怒りを込めて否定する。
「じゃあ、何よ? あ、分かった。莉理に直接は無理だから、外堀から埋めていこうと……」
何も分かっていなかった。
もう否定し続けるのも面倒なので、昨日老婆から聞いた話を一部分を除き教えてやる事にした。
隠したのは、『死』云々の部分だ。その部分は、『不幸が起こる』というニュアンスに変えて伝えた。一応愛も女の子なのだ。『死』の話などを聞いて気分良くはいられないだろう、と言う判断だった。
まだ悪感情を抱いているのか、愛は老婆を話題に出した途端に機嫌が悪くなっていった。
だが、話が彼女を『不幸』から護るためにこっそり護衛しているという部分に至ると、唖然とした表情に変わる。
「それ、ストーカーじゃん!!」
今まで皆がオブラートに包んでいた単語を、愛は大声で叫ぶ。
分かっていたが、琢真は少しへこんでしまった。
「アンタ分かってる!? それストーカー以外の何者でもないよ!?」
呆れ、恐れ、そして心配を滲ませた目で愛は再度警告してくる。
「分かってるよ……。でも、そうする以外にどんな方法がある?」
「いや、隠れないで隣で護衛すればいいじゃない」
「何て言って護衛するんだ? 近々『不幸』が起こるから……とでも言えばいいのか?」
愛は何だかんだ言って心配して言ってくれているのは分かってはいたものの、つい琢真の語気は荒くなる。
「まあ、冷静に考えて頭のおかしい奴だと思われるだろうな」
ずっと黙って後ろを歩いていた修司がフォローを入れてくる。
「た、確かに、そうかもしれないけど……」
琢真の苛立ちに本気さを感じたのか、愛は少し怯えたように口篭る。
「そ、それに、その『予知』って当てになるの? デタラメかもしれないじゃない」
「それに関しては同意する」
愛のもっともな意見に、修司が頷く。
「確かにそうかもしれん。でもここ最近、藍田さんに色々起こっているのも事実なんだ。お前も知ってるだろ?」
いくつかの出来事を思い出したのか、愛が何か言おうとするがそれは声にはならなかった。
「あの婆さんの言う事が、デタラメだったとしてもいいよ。というかそっちの方がいい。それにそんな何ヶ月も護衛するわけじゃない。期間は来週までで、あくまで念の為だ」
今日は金曜日なので、あと一週間と一日だ。その八日間に何も起きなければ、ただ笑い話になるというだけである。やってて損はない筈だ、と琢真は思っていた。
そのまま暫く三人とも黙ってしまった。やがて、愛は何かを吹っ切ったような溜息を吐く。
「はぁ、分かった。もう何も言わないわ。でも絶対!! バレないようにね」
愛は『絶対』の部分に、非常に強く力を込めていた。言われなくても分かっている。琢真も莉理に嫌われるのは御免だった。
神妙に頷く琢真に、愛は「よしっ」と小さく頷き返す。
「まあどうしても困った事があったら、『貸し』で、手伝ってあげるわ」
貸しで、と言う部分に引っかかりを覚えないでもなかったが、滅多にない愛の優しい言葉に琢真は唖然としてしまう。
修司も背後で「馬鹿な」と、うめき声を上げていた。
(何だかんだ言っても、愛も本当は優しく思慮深い女の子なんだ……)
と、改めて見直していると――――
「じゃあ、そういう訳で今から喫茶店に行かない?」
琢真を腰砕けに脱力させるような事を、愛は笑顔で言ってきたのだった。




