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リミット  作者: 過酸化水素水
3章 ストーカー
20/61

(4)

 

   6


 昼休み。

 速攻で購買に行きパンを買って教室に戻るまでにかかった時間は、凡そ三分。

 購買の前の溢れるような人の群れを、千切っては投げ千切っては投げ……そうして手に入れたパンを片手に、琢真は教室の自分の席に座って莉理の様子を横目で見守る。

 莉理は何やら騒いでいる田中と高橋に穏やかな微笑みを向けながら昼食を取っていた。

 その優しい笑顔に、琢真は自分の目的も忘れ見入ってしまう。パンを咀嚼する時間すら惜しく、机にパンを置いてうっとり眺める。時を忘れるという言葉は、こういう時に使われるのだろう。

 そんな風に琢真がトリップしている所に、別のクラスの友人が声をかけてきた。

「よお琢真。この前借りてたDVD、返しに来たわ」

「ああ……」

 どうやら琢真が貸していたDVDを返しに来たらしいが、琢真はその声を聞いているようで聞いていなかった。そんな琢真の様子を少しは疑問に思ったものの、友人は大して気にせず話しかけ続けた事に不幸は生まれた。


「お前の言ってた通り、すげえ面白かったぞ!!」

「ああ……」

「なあ、続きってまだあるのか!?」

「ああ……」

「おお! やった、もしかしてお前それも持ってたりする!?」

「ああ……」

「頼む!! 持ってるなら続きの奴、全部貸してくれ!」

「ああ……」

「よっしゃあ!!」

「ああ……」

「はぁ、楽しみだな~~。……っとそう言えば、まだ昼食取ってなかった」

「ああ……」

「ん? 琢真、そのパンもう食わないのか?」

「ああ……」

「ならそれくれよ。今さ、金ねえんだよ。ちょっとでも貯めとかねえと……」

「ああ……」

「おお、ラッキー。じゃあはい、このDVDと交換な」

「ああ……」

「あ、食わねえなら、そっちのも貰っていい?」

「ああ……」

「やった! これで一食分浮いた!」

「ああ……」

「じゃあ、サンキューな。続きのDVD、近いうちに頼むな」

「ああ……」


(はぁ、可愛いなぁ……)

 ぐぎゅるるるる~~~~。

 琢真の腹が盛大に合唱する。そこでようやく琢真は意識を戻した。

(はぁ、可愛いけど、腹減ったな。パン食うか)

「はがうぁっ!!」

 さっきまで食べていたイチゴジャムパンのありえない硬度を歯で受けて、琢真は一気に意識を覚醒させる。

 口内に突き刺さっている、固すぎるパンの小さな破片をペッと吐き出す。プラスチックだった。

 琢真は想像だにしていなかった自体に驚愕しながらも、イチゴジャムパンを検めるべく視線を移す。

「へ? あ、ああああああ!? 俺の大切なジャック・○ウアーがっ!?」

 そこには琢真の大切なDVDパッケージが無残な姿を晒していた。



   7


 その後も色々な災難が琢真を襲い、もう身も心もボロボロだった。

 そんな満身創痍の自分を捕まえて、『自爆』と言い切る修司は鬼だと琢真は思った。が、確かにその言葉が真実を言い表している事は琢真も分かっていた。

 莉理を朝からずっと護衛していたが、結局のところ放課後まで彼女が傷を負う様な出来事は一度も起こっていない。にも関わらず、琢真は何故か体中に傷を負っている。

 完全に迷走している。修司でなくともそう言いたくなるに違いない。

「俺は別に、あの老婆の言葉を信じたわけではないが」

 修司はそう前置きして続ける。

「何か起こるのは路上だと言っていただろう? お前が『予知』を信じるのであれば、その事も信じてみたらどうなんだ?」

 確かにそうかもしれない。修司の言っていることは正しいと、琢真は思う。

(だが、それでも俺は――――)

「心配なのは分かるが、このままでは肝心な時に失敗するぞ?」

 修司が忠告のような労りのような言葉を掛ける。

 その通りで、念のための学校内での護衛で力尽き、肝心な外での護衛に支障をきたすのでは全くもって意味が無い。


「ん? 藍田はどうやら、今日はそのまま帰るようだな」

 修司が莉理の動向を話して伝える。

 莉理は残っていたクラスの友人達に別れを告げて、教室を出て行った。

 そのキッカリ三十秒後、意欲を奮い立たせるため頬を両手でバシッと叩くと、琢真は傷ついた体をおして立ち上がりその後を追った。


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