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リミット  作者: 過酸化水素水
3章 ストーカー
19/61

(3)

 

   3 


 琢真は頭を痛めていた。

 と言っても頭痛的なものではなく、あくまで外傷的なものだ。前も後ろも鈍い痛みがあり、無事なのは側頭部だけだった。

 机に倒れている、と言う表現が一番正しいだろう。疲れた体を少しでも休めるように、机の上に体を投げている。

 決して柔らかくない机の表面は、優しく包み込んでこそくれなかったが、「肩なら貸してやる」とニヒルに呟く渋いオッサンのような労りで、今日の一日で負った傷やら何やらを癒してくれるようだった。

 そんな琢真を呆れたを通り越してもはや哀れむような目で見ている男は、止めを刺す気なのか、深い溜息を吐いた後重い口を開いた。

「お前自身気づいているとは思うが――――」

 それに続く言葉を察したのか、琢真は聞きたくないというように両手で耳を覆う。


「お前のやっている事は、ただの自爆だ」



   4


 話はまず一時限目の休み時間に遡る。

 琢真の少し前方で、莉理が高橋達と談笑しながら歩いている。

 老婆の話では、事件が起こるのは『路上』ということだった。ただ、琢真は念のために学校内でも護衛する事にしていた。気をつけるのに越した事はないからだ。

 何食わぬ顔で彼女の後ろにつけながら、琢真はどんな切欠も決して見逃さないと全神経を動員して警戒を行っていたのだが――――

 果たして、その成果は顕れた。


 次の時間は特別教室での授業のため、クラスメイト達とゾロゾロと移動していた。その途中で以前同様、莉理が階段の踊り場で足を滑らせたのだ。

(させるかっ!!)

 琢真は電光石火の勢いで、彼女の落下を体で受け止めようと飛びついた。

 しかし、彼女は隣にいた高橋に支えられ、特に何事も無く周囲の友人達に「どん臭い」とからかわれながら、そのまま階段を登っていった。

 一方、その様子は視界に入ったものの飛びついた勢いを殺せず、彼女の代わりに階段下に向かって転げ落ちている男がいた。琢真だった。

「池田屋階段落ちだ……」

 様子を見ていたらしい最近歴史ものに嵌っている金子がそう呆然と比喩しているのを、後頭部を打ち付け薄れゆく意識の中で琢真は聞いていた。



   5


 体育の授業中。

 琢真は痛む頭を抑えながら運動場でサッカーをしていた。体育は二クラス合同授業で、今は別クラスとの試合中だった。

 男達の騒々しい声が聞こえてくる。

 だが琢真はそれらには積極的に参加せずに、「パス」だの「シュート」だのの大声が飛び交う中、校庭の反対側でソフトボールを行っている女子達の姿を眺めていた。もとい、凝視していた。

 無論。桃色思考からではなく、莉理の無事を確認するのが目的である。と言っても目の保養になっていることは否定もできなかったが。

 ただ女子達は全体的にだらけた空気を漂わせているように感じた。

 そんな中ピッチャーの愛のはしゃぎっぷりだけが異彩を放っている。

 本来、愛は率先してだらけるタイプの人間だったが、恐らく少し前に貸した野球漫画の影響だろう。一人張り切っていた。

 そうして十五分程過ぎただろうか、バッターボックスには莉理の姿があった。重そうにバットを素振りしている。残念ながら、あの振りでは蚊すらも殺せないだろう。

(はっ!? まさか藍田さんにボールが直撃するのでは!?)

 愛の無駄に速い速球を見ながら、そんな予感が琢真の脳裏をよぎる。一度気になってしまうと、どうにもその想像を消す事はできなかった。出来ることといえば、愛に呪詛の念を送る事のみ。

(怨怨怨怨怨怨怨怨)

 固唾を呑んで見守る中、愛が振りかぶる。

 愛は別に本職でも無いのに、それまではずっとウインドミルモーションで投球していた。だが、何故か莉理の時はスリングショットモーションで投げようとしている。

(こんな時に余計な事を!)

 得てしてこういう時に事故は起こるものだ。

 そんな琢真の焦燥は伝わる事なく。そのまま愛は勢いよく腕を後ろに振り、投球した。

(藍田さん!)

「琢真いったぞ!!」

 動向を一瞬たりとも見逃さないように琢真は見続けていたが、突然名前を友人達に叫ばれ目の前に意識を戻す――――事は出来なかった。

「へっ?」

 急に視界の前に黒い影が現れ、次の瞬間にはそれが痛烈に顔面を殴打した。

「ぶへらっっ!!」

 意味の分からないまま、琢真は何も出来ずに地面にぶっ倒れる。

 だが何故か聞こえてきたのは琢真を心配する声ではなく、同じクラスの男子達から熱い叫びだった。

「顔面ブロックか! くぅ~~皆! 琢真の犠牲を無駄にするな! カウンターだ!!」

『おおおおおおおおっ!!』

 勇ましい男達の声が徐々に遠のいていく。

「い、いや、違う……。だ、誰か助け……」

 薄れ行く意識の中、琢真は涙のカーテンで覆われた世界の向こう側で、愛の緩やかな山なりボールを、全て振り遅れて三振している少女の姿を捉えた気がした。


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