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机につっ伏していると、登校して来たクラスメイト達が皆必ずと言っていいほど、驚きの言葉を琢真に掛けてきた。そして、これが図ったかの様に全く同じ内容だった。
「「何でお前が、こんなに早く、学校に来ているんだ!?」」
琢真の脳内で再生されていた言葉を代弁するかのように、たった今教室に入ってきたらしいクラスメイトの山口と佐藤が揃って驚きの声を上げた。
(うるせえよ、静かに俺を休ませてくれ)
完全に聞こえないふりをして、琢真はそのままの姿勢を維持する。
二人は、「今日は雪が降るぞ」と失礼極まりない事を言いながら離れていった。しかし、教室内の喧騒は静まることを知らなかった。
正直、全く休めない。
(そんなに珍しい事じゃないだろ! 一ヶ月で一度位はある! 全く失礼な!)
と怒鳴り散らしたかったが、琢真にそんな気力は沸きあがってこなかった。
悶々としたまま時が過ぎ、ちらりと時計を見るとHR開始まで後一分という所を針が指し示していた。
担任の池山は遅刻には非常に煩い。遅刻回数が三の倍数になる度に説教と反省文が科せられる事になっている。なお、男子生徒には漏れなく拳骨も追加オプションで付いてきてしまう。もちろん、拒否は出来ない。
それを恐れて、皆遅刻だけはしないように気をつけている。ただ、琢真クラスになるともうそんな事は些細な事だった。
反省文も最近では書き慣れてしまい、今では連載小説風な続き物を書いて提出している。池山はともかく国語の教師達には中々好評のようで、次(の遅刻)はいつだ? と催促されるような事態になっている程だった。
それはあくまで特例であり、他の皆は普通にそんな事態を敬遠していたので、今も騒いでこそいるが難癖付けられないよう自分の席に座ってHRを待っていた。
そんな中、主のいない席が一つだけあった。ポツンと空いた席は逆に存在感がある。
その席の主は、朝のチャイムが鳴り終わろうかというタイミングで慌しく駆け込んできた。ゼイゼイと荒い呼吸を繰り返し、友人達からの挨拶を受けながら、ゆっくりと琢真の斜め前の自分の席に移動しようとする。その途中、まるで過呼吸に陥ったように急に息が止まった。
ふと嫌な予感が琢真を襲い、飛び起きるように身を起こす。
一瞬の時間差で、拳が机に突き刺さっていた。
「何すんだよ! 危ねえだろうが!!」
琢真は当然の苦情を上げる。
が、相手はそれを完全に無視して、理不尽な怒声を浴びせかけてきた。
「うるさい! アタシがこんなに朝から疲れているのに、琢真の分際で偉そうに余裕こいて寝てんじゃないわよ!!」
こんな傍若無人を絵にかいたような物言いをするのは一人しかいない。愛だった。
急いで走ってきたのだろう、愛の自慢の柔らかい髪が乱れている。額に滲んでいた汗をポケットから取り出したハンカチで拭いながらも、琢真を睨むのは止めない。
「ひでえ……」という善良な呟きが離れた席から聞こえてきた。だが、愛に横目で一睨みされると「ひっ」怯えたような声を上げ押し黙った。
チャイムが完全に鳴り終えてしまった為か、愛は納得のいっていない顔のまま、しかしそれ以上は特に何も言わずに席に戻っていった。
その直後、教室の扉が勢いよく開き池山が現れる。教卓の前に大股で移動すると、挨拶もそこそこに点呼を取り始めた。
一目見れば、皆居る事は分かりそうなものだが、わざわざ点呼を取るのは何か池山のこだわりがあるのだろうか。
(趣味か?)
そんなことを琢真が思っている間にも点呼は続いていた。
「――隣堂」
「はい」
「矢野」
「はい!」
「芳垣」
「はい」
「ちっ、芳垣はまた遅刻か!! ったくしょうがない奴だ。じゃ最後、吉田」
「は、はい……」
「ちょっと待て」
思わず琢真は突っ込んでしまう。これが釣りだとしたら、匠と言わざるを得なかった。
「あ? ……ぬおっ! 芳垣!? 馬鹿な、なんでお前がここに居る!?」
池山は冗談ではなく、本気で驚いているようだった。
それこそ冗談ではない。どんな予定調和だ、と琢真は唸る。
「最初から居ただろ!! 点呼も返事したじゃないすか!!」
「む、むぅ。そうか? ……なぁ、あいつ最初から居たか?」
琢真を警戒するように見ながら、教卓の前の席の女子にぼそぼそと尋ねていた。聞こえないような声量に抑えているようだったが、丸聞こえだった。
どうやら肯定されたようで、池山は何かを誤魔化すように一度咳払いする。
「芳垣! お前がいつもちゃんと来ないからこういう誤解をされるんだ! これに懲りたら明日からもちゃんと来い!」
何故か叱られた。
が、言っている事も一理あるので、悔しいが琢真は言い返すことはできなかった。せいぜい「ぐぐぐ」と呻くのが精一杯だった。
それから、池山は逆切れしたような調子で今日の予定を告げると、肩を怒らせたまま出て行った。
誰か教育とは何かを奴に教えてやってくれ、と琢真は切実に願う。
振り返った愛の目が、「ざまあみろ」と語っていた。
「アタシよりも先に来た罰だ」とも語っていた。
「今度偉そうにアタシよりも先に来てたらただじゃおかない」とさえも語っていた。
(このアマ……)
どうしてやろうかと憤然としながらも何とか心を落ち着かせようとして、琢真の心の清涼剤、莉理の姿を盗み見る。彼女の慰めるような目が、ささくれ立った心を癒してくれるのを期待して。
だが、莉理は前の席の田中に話しかけれ、何やら楽しそうに談笑していた。
そして、琢真を気にかけてくれるような素振りは全くなかった。
(まあ、そうですよねーー)