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リミット  作者: 過酸化水素水
3章 ストーカー
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(1)

 

   1


 『金曜日』


 昨日の自分の密かな誓いに従い、琢真は早速今朝から行動を開始した。

 寝坊しないように、目覚まし二つに加え携帯アラームもセットしていたことが功をそうしたのだろうか。夜更かししてゲームをしなかったのが良かったのかもしれない。いつもならまだ眠りの底にどっぷりと浸かっている時間にもかかわらず、何とか目を覚ます事ができた。

 もはや時間通りに琢真を起こすのを半ば諦めかけている母親が、起こす時間よりも二時間も早く起きてきた息子に、一体何事かと驚愕の視線を向けていた。  

 それは軽く無視して朝食そこそこに、琢真は飛び出すように家を出た。


 空は雲ひとつない晴天で、朝方だったが日差しがとても暖かかった。まだ人通りの少ない朝靄の降りた道路を駆け抜け、目的の場所に向かう。

 もちろん莉理の家である。

 琢真は莉理の家を幼い頃に一度だけ訪れた事があるだけで、それ以後一度も訪れた事は無かった。だが、決して忘れてはいけない場所の一つとして、琢真の脳に刻み込まれている。迷う事はない。

 莉理が琢真より遅く学校に来る事はあり得なかったので、彼女がいつも何時ごろに学校に着いているか全く分からない。そのため、十分に余裕をもって彼女の家に向かう必要があった。莉理の家を張り込んだものの彼女は既に学校に行った後だった、と言うのでは間抜けすぎるからだ。


 八分程度掛かり、ようやく彼女の家が見えてくる。

 家の場所は街でも高級な住宅が多く並んでいる地区で、莉理の家もご多分漏れず立派な庭の付きの家だった。街の中心部に向かってなだらかな傾斜を描いている坂の中腹に建てられており、自転車では行きは良くても帰りが辛そうな感じだった。

 ただ家の前には二車線の道路が通っているので、交通の便は悪くないだろう。

 長い坂を駆け上がり莉理の家の前に到着した。

 そして、少し乱れた呼吸を整えながら、琢真はあることに気づいた。

(これから、どうすんだ!?)

 莉理が家を出る前に張り込むということに気を取られて、実際にどのようにして待つかまでは考えていなかった。

 咄嗟に琢真の脳内コンピュータが慌しく対策を練り始める。


 一、このままインターフォンを押し彼女を出迎える。

 あり得ない。それが出来るのであれば、今頃はもっと違った関係を築けていたはずだ。琢真にとって、悲しい関係だった可能性が高いが……。


 二、このまま堂々と家の前に立ち続け、彼女が出てくるのを待つ。

 ある意味『益荒男』と言えなくもないが、出てきた彼女に引いた顔をされることがとても怖いので却下した。


 三、このまま家の前に立っている街路樹の陰に隠れて、彼女が出てくるのを待つ。

 傍からはどう見ても変質者だろう。お疲れ様でした。


 四………と、いう具合に案を挙げては棄却を繰り返し続けて、案三十五を数えようとしていた時、突然彼女の家のドアがガチャリと音を立てて開いた。

(やばい!!)

 琢真は慌てて腰をかがめた姿勢で家の前から走り去り、近くの物陰に隠れて様子を見る。

 数分待っただろうか。ガラガラと開いた車庫から一台の車がゆっくりと出てくる。運転席をチラリと見ると、ダンディな男性が座っていた。彼女の父親に違いない。そのまま特に琢真に気付く事も無く走り去っていった。

 琢真はホッと一息ついて、家の前に戻ろうと体勢を起こそうとした時に、道路を挟んで彼女の家の向かいに立っている家が目に飛び込んでくる。

 周囲の家と同じくらいの敷地だったが、こんな高級住宅街に建っている家だとは思えないほど荒れており、一目に空家だということが分かった。鎖錠で厳重に封鎖されている門の隣に、薄汚れた『売家』の看板が貼られているのを捉える。

(これは都合がいい!)

 莉理の家を見張るのに、これ以上の場所はない。

 これぞ天の助けとばかりに早速移動しようと身を起こしたところで、何かが唸っているような音が聞こえてきた。


(何だ?)

 発生源は背後からだった。そのまま振り返ろうとして首を半分程回したところで、ある注意書きが琢真の目に入ってくる。

『猛犬注意』

 嫌な汗が額からタラリと一滴流れ出た。ゆっくりと、体ごと首を回して背後を確認する。

 琢真は今気付いたが、逃げ込んだ場所は隣の家の敷地内だったらしい。

 流石に高級住宅街である。振り返った先には、今にも飛びかかってこようとしてる猛獣の姿があった。犬の種類に詳しくない琢真でも知っている。ドーベルマンだ。

 しかも残念な事に鎖はついていない。

(こんな犬を、放し飼いにしていいのかよ!)

 と、琢真は声を大にして叫びたかった。が、刺激しかねないのでそれは止めておいた。

 代わりに『お犬様』に向かって愛想笑いをした後、一息吐く。

 次の瞬間、弾かれるように琢真がその場を飛び出したのと、獲物を前にして柵を外された獅子のように猛犬に飛び掛られたのはほぼ同時だった。

 服一枚を牙が掠めたがなんとか初撃をかわすことに成功し、文字通り泣きながら『売家』まで走り去る。

 火事場の馬鹿力か、『売家』の高い塀を一瞬で乗り越えて庭に降り立つと、琢真はすぐさま門から犬の様子を伺った。

 しかし、犬は自宅の敷地の外までは追いかけるつもりはなかった様だ。警戒するように数度家の前をうろついた後、再び家に戻っていった。

 琢真は思わず脱力する。ぐったりへたり込むと、赤錆のついた門に寄りかかった。

 ただまあ色々あったがようやく安住の地を得て、莉理が家を出るのを待つ事にした。


 そして、待つ事数十分。ようやく莉理が家の門から出てきた。

 今日も相変わらず清楚とした雰囲気で神々しいと、琢真は惚ける。

 莉理はそのまま街の中心部に向かって歩き始めたので、琢真は物陰に隠れながら彼女から二十メートル程離れて後を追うことにした。

 それから彼女を見張り始めて二十分後、ようやく大通りの通学路に入った。ここまで来ればもうこそこそと隠れる必要なない。大っぴらに背後を歩くことができる。この時間帯の通学路は学校に向かう生徒の姿が少なくない上、琢真の通学路とも被っているからだ。

 しかし、人の後をつけることの大変さを簡単に考えすぎたと、琢真は疲労と共に感じていた。

 莉理が振り向く素振りをみせたら、直ぐに隠れなければいけない。彼女の一挙一動に注意し、常に神経を張り巡らせなければ見つかってしまう。

 したがって自ずと自分の周囲の警戒にはおそろかになってしまい、道行く人に何度もぶつかったり、溝に落ちたりすることも一度や二度ではなかった。

 挙句、琢真は自転車に轢かれ、運転者はその衝撃で自転車から振り落とされていた。が、相手をしている時間はないので、申し訳なく思いながらも琢真は謝罪そこそこにその場を跡にしていた。

 まあそんなこんなで、教室に着く頃には琢真は精も根も尽き果てていたのだった。


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