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リミット  作者: 過酸化水素水
2章 予知
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   12


「あの娘のことを話す前に、まずワシの力を話しておく」

 老婆は小さく細い目に光を灯しながら、静かに話し始める。

「お前さんらは、ワシの話を『予知』と捉えておるようじゃが……」

「違うのか?」

「いや、ある意味はそうなのじゃが、予知と言い切るにはある問題を抱えておる」

(的中率が凄く低いとかか?)

 そう思ったが、琢真は何も言わずに老婆の話を待った。


「まずワシのソレは、いつでも自在に出来るものではないというのが一つ」

 ゲーム風に言うと、パッシブ能力と言う事だろうか。

「齢十八位までの子供のことしか視えないということが、一つ」

 それは確かに微妙な制限である。

「次に、詳細は分からないと言う事が、一つ」

「ちょっ、ちょっと待ってくれ。詳細が分からない!?」

 黙って最後まで話を聞こうと思っていたが、聞き捨てならない台詞だったので琢真は思わず口を挟んでしまう。

「実際に事が起こる直前に『視る』事が出来れば、詳細な事も分かるのじゃが……そう都合良く『予知』できるわけでもないからの」

 それでは対応策が練れないんじゃ、と考え込む琢真を置き去りに老婆の話は続く。

「人の生死に関わる事しか分からないというのが、一つ」

 それがどういう事かはいまいち想像できなかった。ただ、言い換えれば予知してみたものは全部人の死に繋がっているという事である。それは、とても辛い事に思えた。


「そして――――」

 僅かに間を挟んだ後、老婆はどこか空ろな瞳で告げる。

「これまで予知した者は……皆すべからく死んでおる、ということじゃ」

 思わず息を呑む。


(皆死んでいるだって!? じゃあ藍田さんはどうなる!?)

「最後の一つは、どうして『予知』ではないということに繋がるんだ?」

 衝撃を受け黙り込んだ琢真の背後から、我関せずというスタンスを取っていた修司が老婆に疑問を呈した。

 予知どうこうと言うより、理屈が合わないということが嫌なのだろう。

「皆死んでおると言うことは、皆防げなかったと言う事じゃ。防げない『予知』に、『予知』の意味があるかぇ?」

 老婆は自嘲のような笑いを浮かべ、即座に返答する。

 修司は「なるほど」と、納得の声を上げるとそのまま静かになった。

 だが琢真はそれどころではない。

(防げない? じゃあどうすれば!?)

 心が焦燥感で占められる。琢真は対応策はないかと老婆に縋る様な目を向ける。それに対して老婆は何も言おうとはしなかった。


「ワシの『予知』の能力は分かったかの? では、あの娘の話に入ろう」

 聞きたい事はあったが、莉理の話ということなので琢真は黙って話を待った。

「まあと言うても、この前以上の話が出来るわけでもないんじゃが……」

 いったん話を区切り、老婆は苦々しい表情を浮かべる。

「まだはっきりとした確証はないが、分かっておる事だけを挙げるとするかの」

「ああ、頼む……」

「あの娘は早くて今週、遅くとも来週中に命を落とす」

 以前聞いた話だったが、その時とは琢真の姿勢が違うためか、改めて衝撃を受けた。

 期間だが……今日はもう数に入れなくても良いだろう。明日は金曜日だから、後八日という計算になる。

「恐らく場所はどこかの路上じゃ、少なくとも家の中ではないと思う」

 それは喜んで良い情報なのか、琢真には判断がつかなかった。

「死因はよく視えんかったが、恐らく外傷による死で間違いないじゃろう。事故か、あるいは……。後は……無いのぅ。少ないが、分かっているのはこれだけじゃ」 

 琢真は外傷の要因となりそうな事柄を考えるが――――無駄な為止めた。

 今のご時世には、そんな要因など腐るほどある事に気付いたからだ。


(……藍田さんが、死ぬ?)

 彼女から大量の血が溢れている様を想像し、青ざめる。

 それは最悪の想像で、必死に振り払おうと頭を振るが脳裏に染み付き払えない。

(彼女には将来の夢だってあるんだ……)

 そんな馬鹿なことがあってたまるか、と憤る。

 しかし、何に対して? 何に怒りをぶつければいいのかが分からず、その想いは霧散していった。

 外傷。出血。防げない。必ず当たる。そして死。

 それらの単語がグルグルと頭の中を回り、やがて琢真の脳裏を埋め尽くしていく。

(俺は彼女に何もしてやれない? 受けた恩すら返せないのか? あの時(・・・・・)の誓いすら守れずに)

 胸を染め覆いつくした絶望感で、心が沈む――――


「心停止等ではなくて、良かったと考えるべきじゃないのか?」

 そんな琢真を見かねたのか、修司がそうぼそりと口にした。

(あ……そ、そうだ。確かにそうだ! 心停止ではどうしようもない所だった)

 琢真はどうしようもない、先のない真っ暗な深淵の底にいると思っていたが、修司の言葉に一筋の光明が見えた気がした。

 そして、それは一気に琢真の心を照らし出す。

(そうだ、まだ諦めるの早い! 弱気になるな! 今度は俺が彼女を守るんだ!)

 藁をも掴む心境だった。しかし、その藁は決して沈む事のない生命線である気がした。心が沸き立ってくる。

 感謝の意を込めて送った視線に気づいたのか、修司は僅かに照れた調子でそっぽを向いた。

 そんな二人を、どういった気持ちで見ていたのかは分からないが、老婆が更に明るい材料を増やす。


「皆すべからく死んでいるとは言ったが、それは予知の話をした今までの相手が一様に、ワシの言葉を信じようとはせず、防衛策を何も講じようとしなかったと言う点も原因に挙げられる、かもしれん」

 琢真は思わず顔を上げ、老婆を見つめる。

「もし対策を練って行動したら……正直ワシにもどうなるかは、はっきりと分からん」

(対策を練れば、彼女は助かるかもしれないのか……いや、助けるんだ!)

 今、琢真は固くそう心に誓った。


「対応策を練るとして、お前はどうするつもりだ?」

 冷静な声で修司が問いかける。

(そうだ、きちんと対応策を考えないといけない)

「外傷で間違いないんだよな? 婆さん」

 琢真は念のためにもう一度老婆に確認し、肯定を得る。

「だったら話は簡単だ、彼女を護衛すれば良い」

 片時も離れることなく傍に控えていれば、凶弾から彼女を身を挺して守る事が出来る筈だ。

 と、琢真は意気揚々に答えたが、修司は呆れた目を向ける。

「気持ちが逸っているのは分かるが、冷静になれ」

 咎めるような言葉に、「俺は冷静だ」と琢真は不服の声を上げる。

「どこがだ馬鹿。お前、護衛の理由をどう説明するつもりだ?」

 そう言われて――――思い至る。確かにどう説明すればいいか。

「まず、今の話を馬鹿正直に話したところで、まともな人間なら信じようとはしない。冗談に思われるか、せいぜい気味悪がられるだけだ。それにお前は雰囲気に呑まれて半ば信じ込んでしまっている様だが、まだその老婆の言う事が真実だという保証も無い」

 修司は老婆の話をまるっきり否定するようなことを平然と言う。

 琢真は気を悪くしているのではと老婆を伺った。しかし、意外にも老婆自身がその意見を肯定した。

「そうじゃな。行き成りこの話をして信じるような馬鹿は、ようおらんじゃろうて」

 笑うように話しており、気分を害したようには見えない。

「残念ながら、藍田はそんな馬鹿な人間ではない。まあ、お前が彼女の恋人だというならまだ話は違っただろうが」

 莉理は賢く、優しそうに見えるが芯はとても強い。

 例え琢真が彼氏だったとしても、話半分には聞いてくれるかもしれないが、頭から鵜呑みにしたりはしないだろう。

 だが、それでは意味がない。

 だったら――――


「彼女を、隠れて影から護衛する」


 琢真ははっきりと言い切った。傍で護れないなら、影から護るしかない。

「分かっていると思うが、それは傍から見たらただの……変質者だぞ?」

 そうかもしれない。だが、琢真はそれしか思いつかなかった。

「分かってる。それに、彼女に変に伝えて無駄に怖がらせたくない。確かにお前の言う通り、婆さんには悪いが話が本当かどうか分からないしな。それも含めてそうするのが一番いいと、思う」

 彼女には、いつもの穏やかな様子で居て欲しかった。

 それが、その日常を護る事こそが自分の使命だ、と琢真は思った。

「あまり浸るなよ。……だが、そこまで言うなら、俺はもう何も言わん」

 自分に酔うなと一言忠告した後、修司はもう何も言う事はないという様子で、言葉通り口を閉ざした。


「どうなることやらじゃな……よっこらせ」

 自分達のやりとりをどこか楽しげに見ていた老婆だったが、話が一応決着したからなのか、ベンチからゆっくりと腰を上げ公園の出口に向かって歩き始めた。

「……何か用があるなら、またシャボンまで尋ねて来い」

 すれ違いざまそう呟く。

「その時は、よろしく頼む。あと、今日は話してくれて助かった」

 公園を出ようとしていた老婆の後姿に向けて礼を言う。

「……ふんっ、料金を貰った以上話をしないわけにはいくまい。勘違いするな」

 琢真にはその声にはどこか、照れているような調子が含まれている気がした。

 そのまま、老婆は振り向くことなく闇の中に消えていった。

「俺達も、もう帰ろうか」

 帰宅を促しながらも、琢真の頭の中は明日からの事で一杯だった。どんな事になるのかはまだ分からなかったが、やるべき事は決まっている。

 彼女を護る、ただそれだけだ。

 琢真は、ビルに囲まれた小さな夜の公園から見える小さな星空(てんじょう)に向けて、そう誓っていた。


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