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リミット  作者: 過酸化水素水
2章 予知
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(9)

 

   11


 倒れた修司を抱え、病院の近くに隠れるように存在する小さな公園に移動する。

 既に辺りには夜の帳が下りていた。公園の中央に立っている街灯の薄暗い明かりが、公園内を不気味に照らしている。

 何故こんなところに作ったのかと言いたくなるような場所だった。公園から周囲を見回すと、どの方角もビルの壁しか見えない。

 昼はそれなりに繁盛しているのだろうか? ともかく、今は人通りは全く無い。

 場所的に琢真の家からそこまで離れていない筈である。だが琢真は、こんな公園があることは今の今まで知らなかった。

 まあ、これから話そうとしている内容からすると人気がないのは都合がいい。

 修司を敷地の片隅にあった薄汚れたベンチの上に寝かせると(潔癖症の修司は嫌がったが)、早速本題に移ろうと老婆に体を向ける。

「婆さん。この前言っていた事なんだが……。悪いが詳しく教えてくれないか?」 

 と、切り出し返答を待つ。

 老婆は暫し無表情で沈黙していた。根気よく待つとようやく口を開いてくれたが、それは琢真が期待した言葉ではなかった。

「何のことじゃ?」


 予想していなかった返答に、琢真は呆然とする。

「はっ? いや、この前俺に予知のような話をしてくれたじゃないか」

「ゲェハハハッ。何のことやら分からんが、人違いじゃないかの?」

 まさか、と少し不安になりかけたが、これは惚けているのだと思い直し、琢真は徹底交戦することに腹を決めた。

「いいや、俺に予知してくれたのは婆さんだ! 第一そんな特徴的な笑い声、間違えるはずがねえ!」

 老婆が笑っていたのはスナックでだったが、まさか予知した老婆と別人という事はないだろう。こんな小汚い目つきの悪い迫力のある老婆は、そうそういるものじゃない。

「知らんの~~。ワシぁこれでもとっくに七十過ぎ取るからの~~寄る年波には勝てんわ」

 どっからどう見ても、七十代付近の年齢である事は分かる。どこに『これでも』と言える要素があるかは、琢真には分からなかった。

 老婆はあくまで白を切る気のようだ。

「なあ、婆さん本当の事を言ってくれ」

「だからワシは、忘れたと言っとる!」

 どうやらこの老婆は、怒りやすい性質の様だ。嘘ぶっこいているのは自分の筈なのに、もう苛ついている。愛が会ったばかりであんなにも好戦的だったのは、同属嫌悪という奴だったらしい。

 このまま言い続けても、このタイプは埒が明かないのは長年の経験から分かっている。なので、琢真は攻め方を変えることにした。


「じゃあ、忘れててもいいから、俺の話を聞いてくれ」

「……はぁ? 何でワシが……」

 突然ボケを肯定したのに驚いたのか、ピクリと眉が動いたが態度は変えなかった。話を拒否しようとしていたが、そんな老婆の声に覆い被せるように話を続ける。

「昨日から今日に掛けて、藍田さん……この前婆さんと会った時に俺の隣にいた女の子が、立て続けに怪我をしそうになった」

 そう言って老婆を見ると、今までの誤魔化そうとしていた時の表情は消え、再び元の無表情になっていた。

 それを見て、琢真は更に話を続ける。

「最初は野球部の打った硬式のボールが、あと少しで当たるところだった。当たり所が悪ければ、打ち身というだけではすまなかったと思う」

 その時の様子を思い出しながら、意識して淡々と告げる。

「次は、階段の上からあわや転げ落ちる所だった。その次はバスケットボールで手首を挫いて、最後は誰もいない校舎の上の階から落下してきた植木鉢だ。俺が声を掛けなければ当たっていたかもしれない」

 残りを一気に畳み掛けるように語る。老婆を見ると、やはり無表情のままだった。

「ほんの短い期間で、これだけの不幸が彼女を襲っている……婆さんが言っていたのはこの事なのか?」

 老婆は何も答えない。

「俺には、占いとか予知とかの真偽は良く分からない。けど婆さんの言うように、彼女に危険が襲っているのも事実だ。それも立て続けに」

 今のところは、それでも直接死に繋がるような事態は起こってはいない。だが、直感めいたものが、しきりに琢真に警鐘を上げているのだ。

 このままでは、いつか大変な事が起こる……と。


「それに、婆さんは凄腕の占い師だということを聞いた。だからお願いだ、何か気づいた事があるなら教えてくれないか?」

 老婆の無表情だった顔に、こちらを探るような目の色が浮かぶ。

「あ、もちろん占い料金は払う、幾らだ?」

 そう言いながら、琢真は懐から財布を取り出し中身を確認した。

(三千円か……)

「悪い、今はこれだけしか手持ちが無いけど、足りないのなら後で絶対に払う」

 取り出したその三枚の千円札を、じっと老婆は見つめている。

(足りないのか……?)

 こんなことで拒否されるのは悔しい。何とか、後で必ず払うという誠意だけでも伝わるように、琢真は真剣なまなざしを向けた。

「予知なんてあり得んが……プラス五千円だ」

 いつの間に起き上がったのか、背後に立っていた修司の手に千円札が五枚握られている。

「修司……お前……」

「当然。後で返せ」

 何とも言えない嬉しさで溢れる。「ああ、もちろんだ」とその金を受け取り、合わせて老婆に差し出す。

「これでも足りないか? それなら後で必ず払うから!」

 深々と頭を下げる。


 琢真はそのままの体勢で暫く固まっていた。

 やがて老婆がクツクツと笑い始めたので顔を上げた。次第に老婆の笑いは大きくなり、例の怪鳥のような大笑いに発展していく。

 戸惑う二人を余所に、老婆はひとしきり笑うと、面白がっているような視線を向けて言った。

「安心せい、お主らのような餓鬼からは……」

 同じく笑ってはいたが、表情はいつもの皮肉気なものに戻っている。老婆はゆっくりとこちらに近づいて目の前まで移動してくると、手に持っていた札を一枚だけ抜き取った。

「これだけしか貰っておらんわ……。まあ、その分金持ちからは多く頂くがな」

 ニヤリと笑いながら、老婆は抜き取った札を懐に仕舞いこむ。

「じゃあ頼む。婆さんの知ってる事を教えてくれ」

「……その前に、一つ聞いてもよいかの」

 琢真は思わず身構える。

「何故そこまであの娘を心配する? あの娘は小僧の何じゃ? いい人か?」

 とんでもない事を老婆が言い出した。

「いい人……って恋人ってこと!? い、いやいや、ち、違う、違う!」

 全力で否定している自分が空しかった。

「残念ながらいい人ではなく、片思いの相手だ」

 背後から、修司が余計な告げ口をする。

「小僧お主……悲しい奴じゃの」

 今の言葉で何を悟ったのか、老婆は哀れむような生暖かい目で琢真を見つめる。

「ち、違うって!! そんなんじゃない、そんなんじゃなくて彼女は……」

 琢真は慌てながらそこまで言いかけて、



『――――一緒に、頑張ろう?』



 遠い昔の記憶が脳裏をよぎった。それは、恐らく生涯忘れることのない、琢真の大切な記憶だった。

 不意に黙り込んだ琢真を、二人は訝しげに見つめる。

 そんな二人に向かって、今度は乱れる事の無い確かな口調で告げた。

「……彼女は、俺の恩人なんだ」

 その言葉に何か感じ入るところがあったのか、老婆も修司も何も言わなかった。

 ただ、老婆は一息溜息を吐くとゆっくりとベンチに向かい、その中央にドカッと腰を下ろす。

 そして――――


「立っとるのは疲れたわ……。こっちに来い、話してやろう」

 琢真を真面目な顔で見つめながら、そう言った。


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