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リミット  作者: 過酸化水素水
2章 予知
13/61

(7)

 

 男の姿が消えると、やがて彼女はこちら側にゆっくりと歩いてくる。

「ま、まずい!」

 高橋の声で琢真は我に返り、ぺっとハンカチを吐き出すと、二人を押しのけるようにして玄関に向けて走る。

「あっ、こら! 一人だけずるいぞ!」

「押すなんて酷い!」

 と、苦情の声が聞こえたが、完全に無視する。

 二人も直ぐに起き上がり、後を追いかけてきている足音が聞こえたが――――


那奈美(ななみ)? 翔子?」

 という驚いたような声に、揃ってピタリと足を止めたようだった。

 ちなみに琢真は、声が聞こえた瞬間校舎に沿う様に植えられている樹の影に飛び込んで、身を潜めることに成功していた。

「は、ハーイ、莉理。こ、こんな所で奇遇ね」

「莉理。こ、こんな所でどうしたの?」

(……それはきついぞ)

 逃げ出していたのを見られておいて、今居たことに気づいたかのように白を切っていた。もちろんそれが通用する筈もなく、莉理の掛けている眼鏡が妖しく曇った。

「二人で……覗いてたのね?」

 何という怒気。物凄いプレッシャーが彼女の方から発せられている。

 その冷たい圧力に押されたのか、二人はそこから逃れる術はないのかと、周囲を探り始める。だがその行動すらも気に障ったのか、莉理から発せられる気配が一段と低下する。もはや冷気だった。

「あ……いや……その……」

 冷たい冷気で覆われているのにも関わらず、高橋は汗をダクダクと垂らしながら必死に言葉を探そうとしている。

「い、いや、違うよ?」

 一方、田中はまだ粘ろうとしていた。

 冷酷な視線が、田中の全身を刺す。「ひっ」と田中は短い悲鳴をあげた。

 琢真は一人安全圏にいる余裕で、「馬鹿な奴だ、嘘を吐こうとするからそういう目に合うのだ」と、修司っぽく思っていた――――が。

「ふ、二人じゃなくて……。さ、三人だよ?」

「三人?」

(田中ああああああああああっ!!)

 事態はあらぬ方向に向かっていた。

(こういう場合に、真実を述べてどうする!!)

 琢真は数瞬前とは全く逆のことを心底から思い、田中の後姿を視線で刺し殺すかのごとく睨みつけた。

「…………」

 田中の言葉に莉理はキョロキョロと周囲を見渡す。だが、何も見つからなかったのか「ふぅ」と溜息を吐くと、ようやくプレッシャーは静まった。


「もう、二人とも。覗いたりしちゃ駄目じゃない」

 咎めてはいるが、いつもの柔らかい雰囲気に戻ったのが分かったのか、高橋達は緊張を解いて「ごめん」と苦笑いを浮かべている。

 莉理はそんな二人にゆっくりと近づいて行く。

 この空気では高橋達も話を蒸し返す事はしないだろう。結局真相は分からずじまいだったが、それは後で高橋にでも確認すればいいと琢真は思い直した。それより今のうちにその場を離れることが先決だと、ゆっくりと移動を開始する。

 そして、彼女の目がこちらを向いていないタイミングを見計らい、走り出そうと両足に力を込めた。

 いざ飛び出そうと最後に彼女を振り返った瞬間。

 琢真の中から、爆発的な声が発せられた。


「来るなっ!!」


 突然の怒声に莉理はその場で身を竦め立ちすくむ。高橋と田中も驚きで、「ひゃあ」と小さな悲鳴をあげていた。

 その直後、莉理と高橋達の丁度中間地点に何かが落下する。

 ガシャン。

 大声からの時間差で発せられた目の前の異音に、再び三人は身を竦める。

 琢真は急ぎ上を見上げる。次は無さそうだったので、まだ驚いている三人を尻目に、走って近づいて異音の正体を見定める。


 それは植木鉢だった。

 落下したそれは地面で完全に割れて、小さく多い花びらの黄色の花が根ごと飛び散っていた。

 琢真は再度頭上を見上げ、少しずつ後ろに下がりながら、二階三階と順番に視線を上げていく。そして、四階まで上がったところで目的の物を見つける。

 ベランダで数個の植物が風に揺れていた。

「あそこから、落ちてきたのか……」 

 いつの間にか琢真の隣にいた高橋が、合点が言ったという風でそう呟く。

(落ちてきた? これが? 風も無いのに?)

 そう思ったが、特にこの場では何も言わなかった。


「あの、芳垣君……」

 自分に呼びかける小さな声に気づき、琢真がそちらを向くと、莉理が若干驚いているような申し訳無さそうなそんな表情で礼を言った。

「有難う、芳垣君。声を掛けてくれなかったら、当たってたかもしれない」

 まだ少し驚きが残っているのだろう。いつもの完全な微笑みではなかったが、莉理は穏やかに笑う。

「そ、そだね……。これは当たったらやばかったね。やるじゃん芳垣」

「そうだな。昨日の事といいコレといい、最近冴えてるな」

 田中と高橋がそう言って場を明るくしようと茶化してくる。ただ、他の事に気を取られていた琢真は「ああ」と返すだけで、まともな反応は出来なかった。

「また助けられちゃったね…………芳垣君?」

 そんな琢真を怪訝に思ったのか、莉理は心配そうな顔でどうしたのかと尋ねる。

 それには答えず、琢真はもう一度壊れた植木鉢と、そして四階を見上げて――――決めた。


「ごめん! 俺ちょっと用事があるから行くわ!」

 琢真は三人に一方的にそう言い残して、全力で東門に向かった。後ろから呼び止める声が聞こえたような気もしたが、今はそれどころではない。

 今言われたばかりの三人の発言が、頭の中をグルグルと回る。

 休み時間に聞いた愛の発言を思い出す。昨日の階段の出来事も脳裏を過ぎる。一昨日の野球のボールの事も浮かんだ。

 程度の違いはあれど、立て続けに彼女の身に危険が襲っているのは事実だった。

 特にさっきの植木鉢が、もし頭にでも当たっていたら、最悪の事態も考えられた。



『先程の娘は……近日中に命を落とすことになる』



 占い師の言葉がフィードバックしてくるが、今度はそれを振り払うことは出来なかった。

(分からないが、何か大変な事が起きてるんじゃないか?)

 琢真はその考えで頭が占められていたため、東門で琢真の戻りを苛立ちながら待っていた修司の前を素通りしていたことに気づいたのは、背後から怒りの声が聞こえてきてからだった。

「貴様……これだけ人を待たせておいて、素通りとはいい身分だな!」

「…………ん? ああ、修司か」

 その返答が気に食わなかったのだろう。修司は眼鏡を押さえながら怒りを押し殺した声で呟く。

「ほうほう。俺の周りでそんな傍若無人な人間は、愛だけかと思っていたが、考えを改める必要があるな……。もしそうなのであれば、俺も今後相応の対応を取らせて貰う事に……」

 修司はそこまで言いかけて、琢真が話を全く聞いていない事に気づいたのか、怪訝そうな表情を浮かべる。

「なんだ? らしくもない、真面目な顔をして……」

 何か失礼な事を言われた気がしたが、今はそれどころではない。

 修司の問いには答えず、その代わり琢真は短く一言だけ発する。

「占い師の婆さんを探しに行く」

 予想していない言葉だったのか、修司は明らかに戸惑いの様子をみせる。だが、直ぐにもち直すと当然の疑問を投げ返した。

「ふむ……。何で探すんだ?」

 占い師の言うことが本当ならば、一刻の猶予も無い。一分一秒も惜しいので、それにも答えず急いで歩を進める。目指すは、以前占い師がいたスナックだ。

「何だ一体? …………はぁ、仕方がない」

 琢真の背後で修司がそう呟くのと共に、足を速めたのが分かった。


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