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今日の授業もようやく後一時間で終わる。午後一は体育だったので、残りの時間がダルいことこの上なかった。
これは時間割に問題ある気がしてならない。これをクラスの重要課題として問題提起し、教師たちに再考を願う―――などという気はさらさらなかったので、いつものように頬を机につっくけるようにして机にうつ伏せたまま、琢真は何となく周囲を眺めていた。
適当にぐるりと教室を見渡してみて、まず視界に写るのは金子の巨体だった。金子のでかさは半端ないため、クラスのどこにいてもその姿を決して見失う事はない。ちなみに、金子のでかさは縦にではなく横に、である。
更にゆっくりと視界を下げていくと、愛の姿が目に映る。
なにやら女友達と、下らない話に興じているようだ。何を話しているかは聞き取れないが、『男』だの『顔』だのいう単語が断片的に聞こえてくるので、話題は言わずもがなだろう。
しかも愛は机の上に腰掛け、ただでさえ校則ギリギリの短いスカートを履いているのにもかかわらず、その上で足を組んでいるので、その深奥を見ようとする周囲の男子達の密かな熱視線を一身に浴びていた。
(うおっ! 相変わらず吉田は、アグレッシブだな……あれはバレるぞ)
だが、恐らくどの角度からも見えそうで見えない絶妙な組み方をしているのだろう。男達が何食わぬ顔で必死にポジショニングを模索している。
以前琢真はそれとなくこのことを愛に注意したことがある。曰く、どうやらあれはワザとやっているらしい。決して中を覗かせるつもりはないが、男達が必死こいて覗こうとしてくるのが馬鹿っぽくて楽しいんだそうだ。
なんという悪女。
だが、男達の行為も決して褒められたものではないので、お互い様だろう。
そのまま琢真が視線をパーンしていくと、莉理の姿が視界に入ってくる。
恐らく次の時間の予習をしているのだろう。穏やかだが真剣な表情で、教科書を広げノートに何かしら書き込んでいる。
やはり彼女は偉いなぁと、琢真は感心しながら見つめていたが、ふと何か違和感を感じた。
何だろうと、彼女を凝視して――――そして、ハタと気づく。
(腕に、包帯を巻いているだと!!?)
慌てて飛び起き姿勢を正して見つめる。どうやら見間違いではない。
午前中までは、間違いなく巻いてなかった。とすれば、昼休みから午後の間に何かあったことになるが……。
後で誰かに聞く、などと悠長なことは出来ず、琢真は咄嗟にこんな時のための友人の名を叫ぶ。
「愛っ!!」
叫んだ後で後悔する。思った以上に力が入ってしまい、教室に響き渡るほどの大声になったからだ。
「うわぁっ!! な、何よ!? 人の名前を叫んだりして……」
突然でかい声で叫ばれた愛は、驚きで体勢を崩し机の上から落ちそうになったところを堪えて、琢真を振り返り苦情を言う。
教室中のクラスメイト達も、何事かと琢真を見つめていた。当然、莉理の驚いたような目も琢真に向けられていた。
「あ、いや、大したことじゃないんだ……ははっ」
琢真は無数の視線に対して笑いで誤魔化しながらも、愛に手招きをする。
何やら不服そうな顔だが、愛は渋々近づいてくる。
その背後で愛と静かな戦いを繰り広げていた吉田達が、鼻を押さえながら琢真に向けてグーサインを出していた。ただ何のサインなのか琢真には分からなかった。
「で、何よ。下らない用事だったら、許さないわよ」
自分はいつも下らない用事でこき使うくせに、とはもちろん言えるはずも無く。
琢真はとりあえずその発言は聞かなかった事にして、莉理の包帯の理由を知らないか尋ねた。
「ああ、あれね……ったく。そんなに気になるんなら本人に聞きなさいよ!」
そう言って、「莉理~~」と彼女を呼び寄せようとする愛の口を慌てて塞ぎ、知ってるならお前が教えてくれ、と琢真は頼み込む。
「はぁ……しょうがないわねぇ、貸し一よ?」
アレだけ人にタカっておいて、と怒りで声が震えそうになる。しかし、何とかそれを押さえ込み、教えてもらう。
「あれは、バスケで痛めたのよ」
愛曰く、午後一に行われた体育の授業で行われたバスケットボールで、味方からのパスボールを受け損なって、手首を挫いたのが原因とのことだった。包帯はしているが、アレは念のためで、特に大した怪我ではないのだそうだ。
「あの子勉強は出来るけど、それ以外では本当にどんくさいわよね~~」
キャハハと笑う愛。
(お前は、運動以外何も出来ないだろうが!!)
学生の本分としては、勉強の方がウェイトは上である。
「定期試験の結果で、常に上位にいる藍田さんを寧ろ見習え、猿娘!!」
と、言ってやりたかった。もちろんそれは胸に留めておく。琢真に自殺願望はないからだ。
なお定期試験の学年首位は、入学当初から一度も変動無く修司の定位置となっている。琢真と愛は、ドングリの背比べといった感じだった。
事情が分かるとホッと安心する。ただどうも今日、先日から立て続けに彼女の身に不幸が起こっているような気がして、琢真は心配になった。
『先程の娘は……近日中に命を落とすことになる』
唐突に、先日の老婆の言葉を思い出す。
(アレは戯言だ!!)
琢真は脳裏にベッタリと染み付いたように残るその言葉を振り払うと、最後の授業が始まるまで、そっと莉理の姿を見つめ続けていた。