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リミット  作者: 過酸化水素水
2章 予知
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   6


 『木曜日』


 二時限目終了のチャイムが鳴り、ようやく難解な事この上ない数学の時間が終わる。机にうつ伏せて、頬をひんやりとした机に当てていると、もうこのまま動きたくなくなってくる。


「あっ皆。次、科学室だって!」

 クラスの女子が入り口から、教室内に向かって大声で伝えている。

 めんどくせー、と言いながらも、移動を開始し始めたらしいクラスメイト達の声を聞き、仕方がないので琢真ものっそりと起き上がった。

 教科書とノートを引っ張り出すと、そのままクラスメイト達の群れにくっ付いて科学室に向かった。

 ふと斜め前方を見ると、仲の良い友人二人と楽しそうに談笑しながら歩いている莉理の姿があった。特に他意なく後ろからその笑顔を眺めていると、唐突にドンッという衝撃が背中を襲う。

「いてっ! 何だよ、愛!」

 姿を確認しないまま苦情の声を上げる。こんなことをしてくるのは、愛だけだと思ったからだ。

 果たしてその正体は――――やっぱり愛だった。


「何ニヤニヤしながら、莉理の顔を見つめてるのよ!」

 にんまりしながら、邪推してくる。

「別に……見つめてた訳じゃない」

 琢真は本心を言ったつもりだった。しかし、愛には納得がいく答えではなかったのか、形の良い眉を八の字に顰めながら溜息を吐いた。

「アンタねぇ……。いい加減観念しなさいって! 全部分かってるんだから……いい加減聞き苦しいわよ?」

「だから、ちげーーって! 何でもかんでも、そういう話に持っていこうとするなよ」

 自分では至極まともな反論だと思ったが、愛は肩を竦めると「はいはい」とだけ返してきた。なんか癪に障ったものの、藪をつついて蛇を出すのも馬鹿らしいので、琢真は気にしないように努めた。


 科学室は西校舎四階の端にある。琢真のクラスは東校舎二階なので、校舎間の渡り廊下を通って階段を二階分上がらなくてはいけない。琢真達の教室からは、恐らく学校内で一番遠い場所に存在する教室なので中々の距離だ。

 その微妙に長い道中、愛の下らない雑談に適当な返事を返しながら相手をする。そのまま、西校舎三階の階段を上り終えて、四階への階段に差しかかるまでそれは続いた。

 虫の知らせとでも言うのか、ふと何か気になって琢真は少し前方を歩く莉理の後姿を見つめた。

 特に何もない。

 そりゃそうだ、と自分でも呆れていたが、何故か目が離せない。

 隣を歩いていた愛が、急に前方を見つめ始めた琢真の視線を追い――何を見つめているかを悟ったのか、喜色を浮かべだ顔で口を開いた時にそれは起こった。


 四階の階段を上り終えたばかりの莉理の体が突然ぐらりと傾き、後ろ向きに階段の方へ倒れこんできたのだ。

 それを見ていた誰もが突然のことで、咄嗟に動けない。隣にいた莉理の友人達も、そして莉理自身も、何が起こっているのか分かっていなかったろう。

 そのままゆっくりと、階段の下に向かって落ちて――――

「莉理っ!!」

 愛の叫び声が、階段に反響する。

 いち早く硬直から解放された愛だけがアクションを起こした。だが、それでも叫び声を上げるのが精一杯なようだった。

 他の誰もが意識していなかった突然の出来事だったためか、反応できていなかった。

 ――――琢真を除いて。


 一人彼女を注視していた琢真だけは、事態に対して固まることなく体が動き、愛の叫びから一瞬遅れて、倒れこもうとしていた彼女の背中を支える事に成功した。

「っと、間に合った~~~~」

 琢真の心からの呟きに、緊張で固まっていたクラスメイト達の時が戻る。

 「大丈夫、莉理!?」「大丈夫!?」と、慌てて周囲の女子達が思わず座り込んでしまった莉理に駆け寄る。

「あ、足が滑って……。も、もう、大丈夫だよ」

 莉理は引きつった顔で呼吸を荒げていたものの気丈にも立ち上がり、落ちた分の階段――といっても三段くらいだったが――をゆっくりと上りきった所で、再びペタンと尻餅をつく。

 極度の緊張から解放されたせいで、腰が抜けたらしい。

 心配するクラスメイト達に「大丈夫」と笑顔で返しながら、友人の手を借りてようやく立ち上がった。

 そして、少し後ろでその様子を眺めていた琢真に向き直る。まだ若干恐怖の色が抜けていない表情で、それでも「ありがとう」とにっこり微笑んで頭を下げた。


「いや……あの……その、たまたまだから、気にしないで……というか、無事でよかった」

 しどろもどろに答える琢真を、周囲のクラスメイト達が囃し立てる。

 「ヒューやるねぇ!」「株が上がったかぁ~~?」等と。ちなみに、一番大声で囃しているのは愛だった。

 その輪の中で、莉理は顔を赤らめて、恥ずかしそうに俯いていた。

「う、うるせっ!!」

 今のこいつらに何を言っても無駄だというのは分かっているので、琢真は一言叫ぶとそのまま科学室に向かって走り去った。

 それから僅かに時を置いて、穏やかな笑い声が科学室内に聞こえてきた。


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