98 連絡を入れる
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鎧戸君の充電を開始してから二十分くらいが経ったころでしょうか。
わたしたちが乗る車に近付いてくる声が聞こえました。
慌ててプラグを引き抜き、シャツのボタンを留め、……あぁっ、鎧戸君のプラグがこんなに長く…………えぇい、今はとりあえず束ねて丸めてズボンにグイッ!
あとはうつ伏せだった鎧戸君の体をコロンっと転がして仰向けにして、あぁっ、ベルトがっ、チャックがっ! とにかく誤魔化して、隠蔽します!
その直後、後部座席のドアが開け放たれ、わたしたちを呼ぶ声が車内に飛んできました。
「鎧戸! 高名瀬! 無事か!?」
「……オタケ、君?」
声の主はオタケ君でした。
目が合うと、オタケ君は「……無事なようだな」と、長いため息を漏らしました。
「無事なら連絡くらいしろ」
言われて、わたしはここまで誰にも連絡していないことを思い出しました。
大変です。
家でお母さんが心配しているかもしれません。
「連絡先が分からないから、モンバスのフレンド掲示板に安否を問うメッセージを書き込んでおいた」
「いや、ゲームをしている状況じゃなかったですよ」
連絡手段がなかったとはいえ、それはないですよ。
もしわたしが、現実世界でも魔王のように振る舞えれば、もっと簡単に犯人を制圧できたんですけどね……魔王……?
……あぁっ!?
「限定フィギュアがっ!?」
すっかりと記憶から抜け落ちていました。
あぁ……もうきっと、完全無欠に売り切れていることでしょう。
あの限定フィギュアは、転売防止の観点からネット予約は実施されず、店舗にて身分証明証と本人の顔を照らし合わせて本人確認を取り、顔写真のない場合は現住所の分かる公共料金等の支払い伝票等を持参させるという徹底ぶりで、身分証明書とフィギュアのシリアルナンバーをセットで記録し、万が一にも転売が発覚した場合はブラックリストに名前が刻み込まれ今後一切販売店の利用とモンバスのプレイが出来ないという追放処分が科されるという徹底ぶりで……つまり、いくら行きつけのお店と言えど、取り置きをお願いできるような雰囲気ではなく、わたしも正々堂々購入者の列に挑もうと思っていたのです。なのに……なのに…………
「……犯人を捕まえて、わたしの前に引きずり出してください……っ!」
八つ裂きにしてやりましょう。
「大丈夫だ。犯人は、間もなく全員捕まる」
確信を持っている風に断言するオタケ君。
しかし、オタケ君は犯人の顔すら見ていないと思います。
わたしも、恐怖からあまりはっきりと犯人の顔を見たわけではありません。
こちらを見て笑った、あの気味の悪い男の顔だけは、しばらく忘れられそうにありませんが。
そうだとしても、犯人たちはとっくに逃走し、身柄を確保するのは容易ではないように思いますが。
「この辺一帯の防犯カメラはウチの会社が管理しているんだ。どこに逃げようと、確実にその姿を捉えられる。俺に任せておけ」
すごい。
さすが、MiSSNa。
防犯に対する設備が日本一です。
「それで、その……なにも、されなかったのか?」
純粋な瞳で心配してくれるオタケ君。
この人は、わたしたちを心配してくれているのだと分かりました。
あぁ、この人も、お友達なんだなと、素直に思えました。
「はい。鎧戸君が助けてくれましたから」
「……派手にやったようだな」
「はい。派手でしたよ」
鎧戸君の勇姿は、いつかたっぷりと語って聞かせてあげたいです。
念のため、鎧戸君の許可を取った後で。
「でも、どうしてここへ?」
そうなんです。
鎧戸君にしてもそうだったのですが、まるでわたしが襲われることを知っていたかのように行動が迅速だったのです。
その点を尋ねると、オタケ君は思いもしない回答をくれました。
「戸塚が教えてくれたんだ」
「……戸塚さんが?」
意外な言葉でした。
だって、わたしは……戸塚さんに嫌われているのに。
「柳澤が暴走したらしい」
「やな……?」
「戸塚に付き纏ってる男だ」
「あっ、鎧戸君が短髪君と呼んでいる」
「そいつだ。……お前らは、そういうところも似ているな」
そういうところも、とはどういうことでしょうか?
他にどこが似ているというのでしょうか。
「戸塚がお前を嫌っていると勘違いして、お前を学校に来られなくしようと、こんなくだらないことを画策したらしい」
その発言に、ぞっとしました。
あまりに短絡的。
そして、あまりに非人道的ではないですか。
マトモな人間の思考とは思えませんでした。
「でも、あの……わたしが戸塚さんに嫌われているのは、勘違いではないかと……」
「そんなことはないだろう。随分取り乱して、高名瀬を助けてくれって俺や鎧戸に泣きついてきたんだぞ」
「……戸塚さんが?」
それは、驚きです。
……心配、してくれたんでしょうか?
…………りっちゃん。
「戸塚もついてきたがっていたが、日も暮れて危険だから家に帰した。随分渋られたぞ」
「そう、なんですか……」
なんでしょう、むずむずします。
「明日、謝りたいそうだ」
「いえ、わたし、特に謝ってもらうようなことは……」
「まぁ、話を聞いてやるんだな」
「……はい」
話……
マトモにお話するのって、何年ぶりかな?
緊張、するなぁ……
「鎧戸はどうしたんだ?」
「あ、えっと……無茶のし過ぎで、少々気絶を」
「こいつはよく気絶するな。体が弱いのか? ……いや、あれだけのパワーがあるんだ、虚弱ということはないか」
鎧戸君は、オタケ君の前で三度気絶していますからね。
下駄箱で殴り合った時と、体育のドッジボールの時と、今回。
虚弱とは違いますが……
「少々、繊細な人なんですよ」
「そうか」
小さく笑って、オタケ君は眠る鎧戸君の頭に手を乗せました。
「よく守りきったな。お前は、正真正銘、魔王のガーディアンだ」
そんな言葉に、心臓がトクンっと跳ねました。
……鎧戸君に言われた『騎士』という言葉が耳に蘇って、自然と顔が熱くなります。
「タクシーを呼ぶ。お前たちを送ってやりたいが、犯人逮捕も急ぎたい。自分たちだけで帰れるか」
「あ、それならタクシーではなく――」
わたしは自分のスマホを取り出し、お姉さんに連絡を取りました。
「ササキ先生に迎えに来てもらいましょう」
バッテリー切れの鎧戸君の対処にも慣れていて、あわよくばウチの母への対応もお願いできるかもしれない、頼れる大人なので。
……頼らせてください、ササキ先生!
「さ、ささ、ささきしぇんせいが、くる、のか?」
オタケ君がポンコツになりました。
さっきまでの頼れる兄貴オーラが霧散しました。
「も、もうちょっと、一緒にいても……いいだろうか?」
「ご自由に」
恋する男子って、これはこれで可愛らしいなと、ちょっとお姉さんな気持ちで微笑ましくなりました。
「わたしや鎧戸君のために奔走してくれたと、紹介しますね」
「お、おぉっ、そ、そうか! 頼む!」
非常勤講師との接点なんてほとんどないでしょうし、ここで紹介すれば、今後は幾分話しかけやすくなるかもしれません。
頑張れ、恋する少年、オタケ君。
ササキ先生に連絡を入れると、「すぐに行く」と返信があり、「あとで詳しく聞かせて」とChainが届きました。
それからしばらく、カチコチに緊張しているオタケ君を眺めながら、いまだ眠り続ける鎧戸君の髪を、手持ち無沙汰な手で時折撫でて時間を過ごしました。