94 事件発覚
「鎧戸! 高名瀬は!? あんたいつも一緒でしょ!?」
教室に飛び込んできた戸塚さんは、僕を見るなり、物凄い勢いで掴みかかってきた。
涙に潤む両目が、すがりつくように僕を見つめている。
「高名瀬さん、今日は用事があって先に帰ったんだ」
「ぅ……そっ」
その時の戸塚さんの表情は、絶望と呼ぶに相応しいものだった。
「どうしたの? 高名瀬さんに用事?」
なんとか落ち着かせようと、可能な限り柔らかい声を意識する。
……さっきっから、僕の心臓が嫌な音を上げている。
落ち着け。
焦っても事態は好転しない。
こういう時こそ、落ち着いて、冷静に……
「え、なに? 鎧戸いんの? マジウケ……あ、ヤバっ」
へらへらとした声を出しながら教室に入ってきた短髪君は、教室内に佇むオタケ君を見るや、血相を変えて教室を飛び出していった。
後ろめたいことがありますと、全身で物語っている。分かりやすい性格をしている。
「トラブルっぽいね、どうやら」
彼は、僕を疎ましく思っている。
その腹いせに高名瀬さんを狙ったのだとしたら……ちょっと僕は、本気で怒るかもしれない。
――ゴキッ!
僕の腕からすごい音がして、戸塚さんがビクッと肩を震わせた。
あ、大丈夫だよ。
ちょっとバッテリーを使うと体がおかしな音を立てるだけ。よくあることだから。
「それで、高名瀬さんに何があったの?」
「それは……」
躊躇うように俯いて、オタケ君へ視線を向ける戸塚さん。
「お願い、戸塚さん。急がなきゃイケないんでしょ? だから、そんなに慌ててる。……でしょ?」
戸塚さんは短く息を呑み、吐き出しにくそうに、小さな声を発する。
「高名瀬が…………あたしの、せいで…………」
自戒の言葉にはトゲがある。
それを吐き出すのは、とても困難で苦しい。
だから、そのトゲを抜いてあげよう。
「戸塚さんのせいじゃないよ」
「なんで!? ……なんも知らないくせに」
「うん。知らない。けど、戸塚さんが悪者だったら、そんな泣きそうな顔しないでしょ?」
戸塚さんは、今にも泣き出しそうな顔をしている。
軽く指で触れれば決壊しそうなほど、涙腺が限界を訴えている。
「高名瀬さんが心配なんだよね? 僕なら、高名瀬さんを助けられるかもしれない。お願い。話して」
自分に何が出来るのかは分からない。
でも僕は、他の人が出来ないようなことがいくつか出来る。
仮に自分のキャパシティーをオーバーするような大事だったとしても、何がなんでも助けに行く。
僕にとって高名瀬さんは、すでにそれくらいの重要人物なんだ。
「……高名瀬が……襲われちゃう…………っ」
それから、戸塚さんが掠れるような声で懸命に絞り出した言葉は、聞くに堪えないヒドイものだった。
「柳澤ぁー!」
オタケ君がブチギレて、教室のドアを破壊して飛び出していくほどに。
「待って、レンゴク! 今はそっちより高名瀬がっ!」
「大丈夫。落ち着いて、戸塚さん」
「でもっ!?」
「大丈夫」
飛び出していったオタケ君を呼び戻そうと、自分も教室を飛び出して行きかけていた戸塚さんを呼び止める。
「僕が絶対なんとかする。だから、確認させて」
オタケ君に助力は請わない。
僕が助けに行く。
僕一人の方が動きやすい。
「短髪君は、『高名瀬さんが一人になったところを拉致する』って言ったんだよね?」
「え……っと、……うん、そう言ってた」
なら、おそらくまだ大丈夫だ。
高名瀬さんが向かったのは行きつけのあのお店。
学校の最寄り駅から二駅先。
学校から最寄り駅までは、ウチの高校の生徒が大勢歩いている。
その中で女子生徒を拉致するような暴挙には出ないだろう。
狙われるとしたら、二つ先の駅。
高名瀬さんがどこに向かっているかを、犯人たちは知らない。知りようがない。
ならきっと、一人尾行が付いているはずだ。
そして、高名瀬さんが一人になったタイミングで仲間を呼び、スタンバイして襲いかかる。
「運がよければ買い物帰り、運が悪ければお店までの道で狙われるだろう」
せめて買い物帰りなら、まだ時間に余裕はあるんだけれど……高名瀬さんがどこに向かうか分からない以上、犯人は早めに行動を起こすだろう。
高名瀬さんの目的地が自宅かもしれないと思えば、チャンスを見過ごすようなことはない。
よし、すぐに行動だ。
「教えてくれてありがとう」
「鎧戸っ!」
駆け出そうとした僕を、今度は戸塚さんが呼び止める。
「怒らないの? あたしのせいで……あたしが、高名瀬の悪口を言ったから、柳澤が先走って……だから……っ」
「戸塚さんのせいじゃないって言ったでしょ」
戸塚さんが依頼したのなら、黒幕は戸塚さんだけれど、今回のこれは違う。
戸塚さんはむしろ事件を未然に防ごうとする友人サイドの人間だ。
「やっぱり、過去に何があっても、親友はずっと親友なんだね」
今の戸塚さんの顔を見れば、そう思わざるを得ない。
すっごく心配そうな顔してるもん。
「任せといて。君の親友は、必ず無事に助け出す。嘘吐いたらハリセンボンでもなんでも飲んであげよう」
「そんなんじゃ許さない! ……あの子に何かあったら、あたし……あたし……っ!」
ついには泣き出し、床へとへたり込む。
小さく丸まる頭にぽんっと手をのせ、つむじに向かって言葉を落とす。
「高名瀬さんは僕にとっても大切な人だから、一緒に守ってあげようね」
今は、高名瀬さんの無事を祈っていてあげて。
君の出番は、きっと事件が全部終わったあとにやって来るから。
泣きじゃくる戸塚さんを置いて、僕は教室を飛び出した。
自転車置き場からマイ自転車を持ってきてペダルを踏む。
目指すは二つ先の駅。
制服デートの時に二人で歩いた、あの車通りの少ない裏通りだ。