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93 迫る悪夢


◆◆◆◆◆



 朝。

 レンゴクが高名瀬に「お前は俺の天使だ」なんて言っているのを目撃して、なんかもう無理で。

 気が付いたら放課後になっていた。


 あぁ、今日ずっと机に突っ伏して寝てたなぁ。

 教師が誰一人注意しないとか、自由な校風、自由過ぎない?

 まぁ、助かったけど。


「……メイク、ヤバ」


 すごくムカつくし、正直まだ消化しきれてないし、当然こんな理不尽許すつもりはないけれど、人間何時間も泣いてれば気分は落ち着いてくるものらしい。


 六時間目の途中から、急に冷静になって、「あ、こんだけ泣いたあとじゃ誰にも顔見せられないじゃん」って思って、六時間目が終わると同時に席を立ってトイレに駆け込んだ。


 個室に籠もってコンパクトで確認したら、案の定。ボロッボロ。


 一度メイクを落として…………今日はもう、レンゴクに顔を合わせる気力もないから、このまますっぴんでもいっか。

 帰って、もう一回寝ちゃおう。


「はぁ…………」


 口を開けば、重いため息が漏れていく。


 こんな重い気持ち。

 あの時以来……




『やめてって言ってるでしょ、りっちゃんの変態!』




 修学旅行の時、高名瀬に言われた言葉。

 あの時、明確にあたしの人生は進路を変えた。


 仲良しグループできゃっきゃと楽しくおしゃべりする人生から、周りみんなが敵で、見栄を張り合って、誰かを蹴落としてでも伸し上がって、自分の居場所を死守するような人生に。


 修学旅行で揉めて、高名瀬が部屋から飛び出していって、そのまま戻ってこなくて……風邪が悪化したって、そのまま先に帰っちゃって。


 保健の先生からその説明を受けたあと、やんわりと、「人の成長はそれぞれだから、嫌がることはしちゃダメですよ」と釘を刺された。

 名指しこそされなかったけれど、あの時あの部屋にいたあたしたちは全員、「自分に言われているんだ」と思って、すごく苦しかった。


 その苦しさから逃れるために、あたしたちは高名瀬をいじめた。

 あんなことになったのは高名瀬のせいだって、責任を高名瀬一人に擦り付けた。



 その結果、高名瀬は学校に来なくなり、中学は遠い別の学校へ行くことになった。



 そうか。

 あの時のあの重くて苦しい気持ちって、喪失感だったんだ。


 当たり前にそこにあると思っていたモノが、完全無欠に自分の前からなくなって、そしてもう二度と触れることも出来ない。

 そう突きつけられて……ツラかったんだ、あたし。


「けど、一緒にお風呂に入るくらい…………」


 ふと、脳裏に柳澤のいやらしい視線が思い浮かぶ。

 教室が熱くて、ブラウスのボタンを一つ外して、ほんのちょっと襟元をはだけただけで、上から覗き込んでこようとする、あの目。

 必死過ぎて、気持ち悪い。


 テメェに見せるつもりはねぇんだっつの。



 ……まさか。あたし、あの時、あんな目をしてたのかな?


 そりゃ、確かに、ほんのちょっとくらいは興味があったけど……だって、高名瀬、小学生とは思えないくらいに胸がでっかくて、「どうなってんのそれ!?」ってくらいで……だから………………


「……くそっ。なんで、ムカついてる相手に、申し訳ない気持ちになんなきゃイケないんだよ」



 ……嫌だったろうな。



 小学生でさ。

 今だったら、それなりにあしらい方も分かるけど、そういうの、全然知らないような子供のころだしさ。

 ただでさえ、照れ屋だったもんなぁ。

「好きな子いるの?」って聞くだけで真っ赤になって。


「……あのころは、よく笑ってたよなぁ」


 高校で再会してからの高名瀬は、全然笑ってなかった。

 最初は、当然じゃんって、ザマァって思ってたけど……


 最近また笑顔を見せるようになって、「あ、笑ってんなぁ」って思ってさ、……つか、なんで笑顔向けてんのが鎧戸なわけ?

 あたしには、アレ以来一回も笑顔向けてないのに。

 鎧戸、ムカつくんだけど。


 ……あれ?


 え、待って。



 あたし、鎧戸に嫉妬してんの?




 そう思ったら、なんかもやもやしてたものが一気に晴れていった。

 吹き飛んでった感じ。


 あたし、すっごい怒ってたけど、本当は自分が悪いって認めたくなかったんだ。

 いや違う、怖かったんだ。


 謝りに行って、もし、その時に許してもらえなくて――



「りっちゃんなんか、もう友達じゃない!」



 ――って言われるかもしれないって、怖かったんだ。

 だから、高名瀬がいなくなった時に、あんなに苦しかったんだ……


「……マジか、あたし」


 ずっと、ずっと後悔してた。

 親友だと思ってた。


 その親友が、自分のせいでいなくなってしまった。


 それを、認めるのが怖かった。


「……なんで、こんなタイミングで」


 あいつは、あたしの好きな人を盗ったのに。

 あたしが、どんなにアピールしてもスルーしてたレンゴクが、あんな楽しそうに笑って、話しかけて、「お前は俺の天使だ」なんて…………


「羨ましいだけじゃん……」


 盗ってなんかない。

 盗られるもなにも、そもそもあたしんじゃないし。


「あぁ、もう……さいあく」


 気付きたくなかった。

 こんな気持ち。



 苦しいの、みんな、あたしのせいじゃん……



「……帰って寝よ」


 頭が重い。

 うなだれてトイレを出る。

 人がいなくなった廊下を歩いて、階段を降り、下駄箱へ向かう。


 靴を履き替えてグラウンドに出ると、会いたくないヤツに声をかけられた。


「あ、やっと見つけたぜ、莉奈!」


 柳澤が、嬉しそうな顔をして駆け寄ってくる。

 ……来んな。


「もう大丈夫だぜ」


 はぁ?


「……なにが?」

「だから、高名瀬」


 ドクン――っと、心臓が波打った。


「母さん、あ、いや、オフクロに言ってさ、そういうプロを用意してもらったんだ」


 ……は?

 なに?

 なんのプロ?


「下校中、一人になった時に襲ってさ、ライトバンで拉致ってヤっちまうんだよ」




 ……はっ?


 はぁっ!?



「これであの地味女、二度と学校出てこられなくなるぜ。いや、学校どころか、この街にもいられなくなるかもな」


 こいつは、何を言ってるの?

 ……なに、笑ってんの?


「もう二度と顔見なくて済むぞ。よかったな、莉奈!」


 よかっ、た?


 よかった、って、言った? こいつ。

 よかったって…………


「いいわけないじゃん!? なに考えてんのあんた!? 正気!?」

「えっ? えっ、えっ? だって、ムカつくって言ってたじゃん。邪魔だっつーからさ」

「それは……っ」


 違くって……あぁ、もう、さっき気付いちゃったから、もうなんも言えない。

 それ、あたしが悪いんだって……


「つーかさ、なんかムカつくじゃん、あいつ? 暗くて、地味で、手作りカイロ~とか言ってさ、マジ笑える」


 ……なに笑ってんだよ、てめぇ?


「それにさ、鎧戸もこれで思い知るんじゃね?」

「……鎧戸?」


 なんで今、鎧戸?


「あいつさ、前に莉奈がムカつくって言った時にシメようとしたんね?」

「はぁぁあ!?」


 なにそれ!?

 初耳なんだけど!?


「あたしそんなこと頼んでないし!」

「まぁまぁ、あん時は、鎧戸にうまいこと逃げられてさ、有耶無耶になっちまったんだけどさ。でも今回のことで思い知るっしょ。あいつ、あの地味女に惚れてんじゃん? もうバレバレだっつーの」


 なんだろう。

 こいつがなんでこんなに笑ってるのか、理解が出来ない。

 それどころか、こいつの声聞いてると、目の前がぐらぐらして、吐きそう……


「どうせだったらさ、滅茶苦茶にしたあとあいつの家に届けてやろうか? あ、それか、行為の映像撮って送りつけてやる? あいつ、血の涙流して悔しがるんじゃね? ぎゃははは! いい気味!」


 あたしは、この時寒気を覚えた。

 怖気が走る。


 こいつ、マトモじゃない……


「ま、今日中に結果出すから、明日を楽しみにしてろって」


 明日?

 今日中?


 心臓が嫌な音を立てる。

 汗が額から吹き出してくる。


「……高名瀬っ」


 気付いたら走り出していた。

 まだ残ってて!


 あいつ、最近鎧戸と一緒に遅くまで残ってるの知ってる。

 今日もきっと、どこかで鎧戸と……でもどこにいるの?


 冷静に考えようにも心臓が暴れ出して、何も考えられない。

 とりあえず教室へ!

 そこにいてくれれば、それでいい。


 もし、いてくれたら、謝って、全部話して、それで……


「高名瀬っ!」



 けれど、教室にいたのは鎧戸とレンゴクだった。



 ……高名瀬は?


 鎧戸、一緒じゃないの?







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― 新着の感想 ―
バッテリーの出番だ! 頑張れ!
宮地先生なら、きっと莉奈っちも救ってくれる!信じてますからねっ!!(圧) あとクズ息子には痛い目を!(๑•̀ㅂ•́)و✧
かなりヤバそうなぽーちゃん 急げシュウ君 御岳君も行くのかな?
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