92 聞くに堪えない柳澤の独白
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俺の母さんは日本有数のセキュリティー会社、御岳セキュリティーサービス、通称『MiSSNa』の専務をやっている、世界有数のプログラマーだ。
その高い技術を買われ、社長自らがスカウトした大物だ。
故に、この国で母さんに逆らえる者は社長以外には存在しない。
総理大臣だろうと警視総監だろうと、MiSSNaを敵に回せばただでは済まない。
MiSSNaが、いや、母さんがその気になれば、この国の金融システムの破壊や軍事機密の漏洩など朝飯前なのだから。
それを分かっているから、誰もMiSSNaの柳澤専務には逆らわない。
俺は、そういう特別な家庭に生まれ、将来を約束されて育ってきた。
勝利が確約された人生というのは少々つまらなくもあり、しかしなかなか楽しませてもらっていた。
金をチラつかせればほとんどの人間は靡くし、そうでないヤツも権力をチラつかせれば大人しくなる。
最近ではもっぱら、手下どもを使って武力で黙らせるようになったが。
逆らってはいけないのは、母さんを見出し受け入れたMiSSNaの社長と、その息子。
御岳連国。
あの男はヤバい。
いくつもの修羅場をくぐり抜けてきた俺だから分かる。
あれは本物の目だ。
野生の獣のように獰猛で、大人しくしている時でも獲物を求めているような、危険な目だ。
立場的にも力でも敵わない相手は、あいつが初めてだった。
だが、俺も特別な人間だ。
特別な者同士、俺たちはあっという間に打ち解けた。
今では『レンゴク』『ヤナ』と呼び合うマブダチだ。
そういう意味でも、レンゴクとの出会いは衝撃的だった。
だが、もう一人。
俺の人生に衝撃を与えた人間がいる。
それが、莉奈だ。
戸塚莉奈。
ひと目見た瞬間、恋に落ちた。
これまでも、顔のいい女は何人もいた。
けれど、莉奈は別格だった。
女神が舞い降りたのかと錯覚したほどだった。
昔読んだ、冴えない男の前に美しい女神が現れて尽くしてくれる漫画を思い出した。
あの漫画の女神より、莉奈は美しかった。
何がなんでも自分のモノにしたいと思った女は、莉奈が初めてだった。
金や権力ではなく、俺自身の魅力で惚れさせたい。そう思った。
それから俺は常に莉奈のそばにいて、さり気なくアピールを繰り返した。
今では、クラスの誰よりも莉奈と打ち解けているし、莉奈も多少は俺を意識しているはずだ。
俺と話す時だけ、他のヤツの時とは違う眩しい笑顔を見せるしな。
へへっ、まいったぜ。
あともう一押し。
そういうタイミングで、あの事件が起こった――
購買横の自販機前にある広場。
入学当初は上級生のたまり場だったが、俺が人払いをして、今では俺たち専用のたまり場になっている。
その場所で、莉奈が顔を真っ赤にして怒っていた。
原因は、あのムカつく野郎、鎧戸だった。
あまりに舐めた態度を取る鎧戸に、莉奈は一人で文句を言いに行ったらしい。
そういうとこが、マジでシビれる。
だが、鎧戸は――あぁ、マジでムカつく。
莉奈が「あたしら舐めてっと、痛い目見るよ」と忠告してやったにもかかわらず、「やれるもんならやってみろ」と大口を叩いたらしい。
面と向かって言われた莉奈が怒り狂って、さっきからあんこオレをがぶ飲みしてる。
莉奈、甘党だから、イラついた時はとにかく甘い物を摂取するんだよな。
そういうとこも可愛いわけだが。
「あいつ、ホント……ムカつく」
「俺がぶち殺してきてやろうか?」
「……冗談でも殺すとか言わないで。なんか気分悪い。っていうか、マジで実行したら犯罪者になっちゃうよ」
俺を心配してくれてんのか!?
マジ優しい!
これもう、完全に内助の功っしょ!? 意味よく知らねぇけど。
「ホント、目障り……」
莉奈の憂い顔は見ていてツライ。
だから、俺が一肌脱いだわけだ。
手下を使って鎧戸を袋叩きにする。
あの野郎は、莉奈の前で俺に恥をかかせやがったからな。
その恨みもこめて、ボッコボコにしてやる。
――はずだった。
なのに、なんだ、あいつは!?
化け物か!?
素手で鉄パイプを曲げやがったぞ!?
「あんなん、絶対トリックっすよ!」
「そうっす! 人間に出来るこっちゃねぇっすよ、あんなの!」
「だ、だよな? ぁんの野郎、小賢しいマネしやがって」
「け、けど、とりあえず、どんなトリックだったか解析できるまでは様子見した方がいいんじゃないっすかね? いや、別にビビってるわけじゃないんっすけど、ヤナさんに怪我とかされると困っから! な? な?」
「そ、そっすね!」
「ヤナさんが出るほどの相手じゃないっすよ、鎧戸なんて」
「そ、そうだよな。じゃあ、しばらくは放置しておくか」
鎧戸は不気味だ。
後日、レンゴクと殴り合って、引き分けやがったし。
あいつ、なんか格闘技でもやってんじゃねぇか?
それでも腹の虫がおさまらなくて、俺は母さんに鎧戸が如何にムカつくヤツかを話して聞かせた。
そうしたら母さんは、「この次、何か気に障ることがあったら母さんに言いなさい。私が直々に潰してあげるわ」と頼もしいことを言ってくれた。
母さんは俺に甘い。
俺は、母さんの宝なんだ。
世界に敵なしの母さんの宝。
俺がどれだけ重要度の高い人間か、よく分かるだろう?
頼もしい味方が出来たことで気分をよくし、俺はバカには関わらないことにして、莉奈と楽しい学園生活をエンジョイする方向へ舵を切った。
なのに、莉奈の元気がなくなっていく。
なんか最近、ずっとイライラして、元気がなくて、全然笑ってくれなくなった。
それどころか、ある日学校に行ったら、教室で莉奈が泣いていたんだ。
机に突っ伏して、肩を震わせて。
その原因は――高名瀬。
「……ほんっと、邪魔。高名瀬……っ」
その言葉で、俺はブチギレた。
OK、高名瀬ね?
俺の莉奈を泣かせるとか、いい度胸じゃねぇか。
鎧戸に守られてると思って調子乗ってんだろ、どうせ?
鎧戸がなんぼのものだっつーの。
俺はすぐさまMiSSNaの知り合いに電話をする。
母さんの仕事をサポートする秘書のような、母さんの部下だ。
この部下は、俺の重要性を理解しているので話が早い。
「あ、俺だけど。母さんに繋いでくれる? おう、大至急。前に話してた案件で、急ぎだって伝えてくれっか?」
高名瀬。
莉奈を泣かせた罰だ。
お前、もう二度と学校に出てこられなくしてやるよ。