90 見送る背中
午後になり、高名瀬さんに避けられまくった。
ちょっと可愛いって褒めただけなのに。
すっごいよそよそしくなっちゃた。
照れ?
……嫌悪感じゃなければいいけれど。
……あ、ドキドキしてきた。
テンションが上がらない方のドキドキ感……あ、吐きそう。
あまりの不安感に押しつぶされそうで、六時間目のあと、Chainを送る。
鎧戸『……キモかったでしょうか?』
高名瀬『鎧戸君は、割とネガティブな性格なんですね』
返事じゃない。
誤魔化されたか?
――ピロン♪
高名瀬『嫌悪感はありませんが、面と向かって言われるとさすがに照れます。発言は、声に出す前に一度脳内で確認してからにした方がいいですよ』
脳内で一度考えて。
鎧戸『熟考してみた結果、やっぱりあの時の笑顔は可愛かったと思います』
高名瀬 (スタンプ)『もうえぇーっちゅうねん!』
大阪ちゃうちゃうに突っ込まれた!?
むぅ……これは、どういう感情の発露なのだろうか?
「ねぇ、高名瀬さ……もういないっ!?」
あれぇ?
六時間目終わってすぐChainして、薄っすらと視界に高名瀬さんの背中を捉えていたはずなんだけどなぁ……
高名瀬さんのステルス能力も、あながち侮れないのかもしれない。
窓の外に目をやれば、校庭を小股で駆けていく高名瀬さんが見えた。
急いでるなぁ。
そっか、今日は魔王デスゲート・プリズンのフィギュアを買いに行くんだっけ?
たぶん行きつけのあのお店なんだろうな。
予約とか出来なかったのかな?
っていうか、急いでるはずなのに、遅いなぁ……なんでそんな小股で走るのか。
あぁ、そういえば、運動はそれほど得意じゃないって言ってたっけ。
もっと大股で走ればもっと速くなるのに。
小動物のように駆けていく高名瀬さんの背中を見つめていると、不意に高名瀬さんが振り返り、僕を指さした。ビシッと。
僕が見つめていたこと、察知したの?
なに?
武術の達人なの?
僕を指さした高名瀬さんは、その後、その指をほっぺたに持っていき、「あっかんべー」をした。
……僕を萌え殺す気ですか、あの人は。
鎧戸『めっちゃ可愛かったです。ごちそうさま』
感謝のChainを送ると、校庭の高名瀬さんは流れるような動作でスマホを確認して、ばっと背中を向けた。
数秒ぷるぷる震えて、こちらを振り返らずに走っていってしまった。
さすがにしつこかっただろうか?
怒らせちゃったかな?
Chainの連投はきっとウザがられるだろうから、素直に明日課されるであろう賠償請求のためのチョリッツをたくさん持ってくることにしよう。
金沢の五郎島金時(=さつまいも)とかどうだろう?
もしくは、香川の和三盆チョリッツとか。
あれは結構落ち着いた風味の甘さだから、あずき好きな高名瀬さんは気にいるかも。
「それじゃ、僕も帰ろうかな」
今日は昼休みに充電して、その後ほとんど動いてないからバッテリーも満タンだ。
普通に生活する分には、僕のバッテリーは減らないからね。
こう、動力を自分の意思で切り替えられるというか、そこそこ融通が利く感じ。
まぁもっとも、無茶するとちょっとずつ減っていくけどね、バッテリー。
充電の必要もなく、高名瀬さんもいない部室にわざわざ行く必要はない。
さっさと帰ってしまおう。
――と、振り返ると、オタケ君がいた。
ざっと周りを見渡すと、こんな日に限ってみんな用事でもあるのか、教室には僕たち以外誰もいなくなっていた。
わぉ。
人のいない夕暮れの教室で二人きり・リターンズ。
二日続けて!?
「鎧戸、新しいバスタオルを持ってきた。今渡しても平気か?」
と、見るからに高級そうな四角い箱を取り出すオタケ君。
どこの高級デパートで買ってきたの?
僕のバスタオル、一枚500円くらいの安物だよ?
「借りたバスタオルは、その、なんというか……使い過ぎて返品できなくなった」
何に使ったらそんな状態になるの!?
「だから、詫びも込めて、これを受け取ってくれ!」
「いや、あの、安物だったから別にいいんだけど……」
「受け取ってくれなければ、俺の面子が立たん!」
どこの筋の人なんですか。
面子とか、生まれてこの方一度も気にしたことないよ、僕。
「じゃあ、受け取るけど、今後はこんな仰々しくしなくていいからね?」
「恩に着る」
「だから、大袈裟だって」
「あと、『いい匂いがした』と伝えておいてくれ」
誰に!?
っていうか、なんの匂い!?
「鎧戸は……その…………あれなのか? ササキ先生とは、その……どういった関係なんだ?」
ササキ先生……姉の方だろうか?
「非常勤講師の方の?」
「あぁ。……可憐な方の、ササキ先生だ」
「ごめん、可憐なササキ先生に心当たりがないや」
「なんでだ!? お前が倒れる度に現れて、お前の面倒を見ているじゃないか! あのタオルだって、ササキ先生が俺に渡してくれたんだぞ」
「だから、非常勤講師のササキ先生、だよね?」
「そうだ! 清楚でお淑やかなササキ先生だ!」
「ごめん、清楚でお淑やかなササキ先生に心当たりが……」
「もういい! お前の受け取り方はどうでもいいから、そのササキ先生とお前はどういう関係なんだ!?」
鬼気迫るとは、まさにこのことだろう。
オタケ君の顔が般若みたいだ。
なので、素直に答えておく。
別に隠してるわけでもないし。
「あのササキ先生は、僕の実の姉だよ」
「俺たちは親友だ!」
わぉっ、ハグされた!?
……オタケ君、本当にウチの姉が好きなんだね。
………………姉の方だよね? 僕じゃないよね?
めっちゃハグされてるけど?
ちょっと首元ではすはすされてる気がするけど?
もういい加減離してくれないかなぁ!?
ねぇ!?
それから、しばらくの間、僕はみっちりと筋肉の詰まった腕に拘束されていた。