08 高名瀬さんの秘密その9
ここまで話をして、高名瀬さんのことも少し分かってきた。
それに、高名瀬さんがこの教室に来たい理由も……まぁ半分くらい物凄く利己的な理由だったけれど、理解は出来た。
体育の着替えなんかは、結構切実な理由なんじゃないだろうか。
胸の谷間のコンセントなんて、絶対誰にも見られたくないだろうし。
それなのに、こんなにも……
「こんなに大きいと、視線集めるだろうしなぁ」
「な、なんですか、急に!?」
自身の胸を両腕で隠し、僕に背を向ける高名瀬さん。
背中越しにこちらを睨んでくる。
「お姉さんは、そういった発言に対して、何か注意したりしないんですか?」
「ウチの姉は……」
ミニスカでソファに寝転がって、足をパタパタさせながら雑誌を読んでいる時にパンツが丸見えになっていたことを指摘すると――
「『ん、気にしない』と」
「気にしてください、お姉さん!」
いや、それを僕に言われても……
「高名瀬さんの事情も、なんとなく理解したよ」
高名瀬さんにも、この教室は必要だってことが。
「だから、これを進呈しよう」
教卓にしまってあった用紙を一枚取り出して高名瀬さんに差し出す。
「これは?」
「入部届」
一応、部活動という名目でこの空き教室を借りているからね。
ここを使うなら、入部したという実績が必要になる。
「本当に部活動なんですね」
「僕は嘘なんかつかないよ」
「……忍び部」
「あれは、ほら、嘘じゃなくて、テキトーに言っただけだから」
ジトッとした目も似合うね、高名瀬さんは。
ちょっと癖になりそう。
「顧問とか、ちゃんといるんですか?」
「うん。非常勤講師だけどね」
「……誰ですか?」
「まぁ、その内紹介するよ」
どうせ、ここの顧問はこの部室には来ないだろうし、知る必要はないと思うけど。
「名前とクラスを書いておいて。あと、緊急連絡先――スマホ持ってる?」
「持ってますよ、スマホくらい」
少々膨れて、高名瀬さんはスマホを取り出す。
うわ……スマホケースが厳つい。
「なに、そのダークドラゴンみたいなスマホケース」
「あっ、分かりますか!? これ、モンバスのダークドラゴンモチーフのデザインで――!」
モンスターバスターという、最近流行りのゲームがある。
巨大なモンスターを、複数人で協力して討伐していくというゲームで、最近そのゲームにハマっている人が多いのだそうな。
デパートにでも行けば、高確率でモンバス関連のグッズを目にすることができるだろう。
そういえば、つい先日世界規模の大きなイベントをしていた気がする。
えっと、『スタンピード×バスタード』とかいう大量に湧いて出てくるモンスターをただひたすら狩りまくってポイントを競い合う大会だったはず。
そんな大規模イベントが定期的に開催されるほど、世界的に盛り上がっているゲームだ。
そうか、高名瀬さん、流行のゲームもやってるのか。
「ゲーマーなの、隠す気はないんだね」
「いえ、内密にお願いします」
なら、そのスマホケースはダメだろう。
分かる人がいたら一発で分かるんじゃないか?
「問題ありません。わたしは、スマホを落としたりしませんので」
この人は、いつかきっと大きなやらかしを犯すだろう。
そう遠くない内に。
そんな匂いがする。
「はい、書けましたよ」
記入済みの入部届けが差し出される。
受け取ってみれば、とても綺麗な文字が並んでいた。
「字、綺麗だね」
「えっ、そ、そう、ですか? ……自分ではよく分かりませんが」
言いながら、メガネを忙しなくいじる。
なるほど。
アレが照れた時の癖か。
改めて入部届を見てみる。
クラスと共に、高名瀬さんの名前が記入されている。
『1年3組 高名瀬邦子』
「高名瀬さん、『くにこ』っていうんだ?」
なんというか、ちょっと意外というか。
「結構古風な名前だね。僕らの親世代よりちょっと上の、五十代~六十代くらいにいそうなイメージだなぁ、邦子さんって」
男性でも、邦夫とか『邦』って文字は戦時中から戦後に多かったイメージだ。
統計を取ってないから、完全にイメージだけれども。
そういう感じの名前のタレントさんや俳優さんもいたし。
うん、そんなイメージ。
「でも古風な名前っていいよね。ウチの姉も『小春』とか『桜子』って名前が良かったって言ってるし」
「…………ず」
「ん?」
俯いた高名瀬さんが、聞き取れないような音量で何かを呟く。
なんだろうと耳を傾けると、キッとこちらを睨んで不機嫌そうな顔で同じ言葉を呟く。
「ぽーず」
ぽうず?
ぽーず?
そう言われたので、なんとなくポーズを取ってみる。
ファッション雑誌のモデルのように。
「違います! ポーズです!」
何のことか分からず首を傾げていると、高名瀬さんは入部届を指差す。
入部届に記入された自身の名前を。
「……『邦子』と書いて『ぽーず』って読むんです」
邦子でポーズ?
連邦の『ぽう』と、…………ず?
「ず!?」
「分かってます! 自分の名前がちょっときらきらネーム入っちゃってる自覚はあります!」
顔を真っ赤にして、大きな声でまくしたてる。
どうやら、他人に指摘されるのは耐え難い様子だ。
「『子』って書いて『ず』って読むなんて、『餃子』って書いて『ちゃおず』って読む時だけですよね! 分かってます!」
いや、餃子で『ちゃおず』って……本格的な中華料理屋さんに行っても使うかどうか微妙なラインだよね?
「でも、過去に『星空子』と書いて『ほしくず』ちゃんって女の子の名前が存在したんです! だから、『子』と書いて『ず』って読むのも別にそこまで変というわけでは…………ごめんなさい、やっぱり自分に嘘はつけません! 変ですよね!? 『子』で『ず』って! わたしの両親は何を考えているんでしょうか!?」
それは、家に帰ってご両親に尋ねてください。
「あぁ、でも、読み方は登録されてないから、漢字に合わせて好きな読み方に変更してもいいって聞いたことあるけど?」
情報源がウチの姉なので、信憑性は眉唾レベルですけれども。
「わたしも、そんな話を聞きまして……だから、高校を卒業して一人暮らしを始めたら読みだけ変更しようと思っているんです」
まぁ、ちょっと古風だけど、『くにこ』なら普通の名前だしね。
「ですので、鎧戸君も、卒業後はわたしのことを『ぽうこ』と読んでください」
「ぽうこ!?」
なぜ『ぽう』が続投!?
「でも、『ぽう』は読みますよね? 連邦とか。でも『ず』は読みませんよね? だから、『ず』の読み方さえ変えてしまえば、わたしの名前からおかしな部分はなくなるんです!」
間違ってはないかもしれないが、決しておかしくないとは言い切れない語感になってるけども!?
そこはいいの!?
え、もしかして――
「案外気に入ってはいるの? 『ぽーず』って読み方?」
「…………個性的ではあるな、とは、思います」
気に入ってるんだ。
そういえば、ゲームで一時中断することを『ポーズ』っていうもんな。
ゲーム用語だから割と有りなのかな?
「くにこ、でいいんじゃないの?」
「だって……五十代の名前とか言ったし……」
あ、気にしてた?
ごめん。
ぷっくりと頬を膨らませる高名瀬さんを見て思う。
高名瀬さんって――
【高名瀬さんの秘密その9】
高名瀬さんは、感性が独特。