88 誤解ですよ、鎧戸君
授業中、高名瀬さんから手紙が回ってきた。
あ、もとい、手紙が飛んできた。
また、正確無比なピンポイント射撃で。
授業中の教師の目を盗み、小さく折りたたまれた手紙を確認する。
そこには『お昼休みに部室でお話があります』とメッセージが書かれていた。
もしかして、ときめくような青春の甘酸っぱいお誘いなのでは!?
だって、わざわざこんな手紙を渡さなくても、僕たちは毎日部室でお昼休みを一緒に過ごしているのだから。
この特別感、もしかして――と、胸が高鳴った時、それを否定するような締めの文章が目に飛び込んできた。
『勘違いですよ、鎧戸君』
エスパー!?
僕がこの手紙を読んで勘違いするって先読みしてこの文章を書いていたの!?
え、予言!?
何者なの、高名瀬さん?
ゲームを究極まで極めると、そんなことまで出来るようになるの?
謎だ、高名瀬さん……
なんてことを思ったまま午前中を過ごし、心做しか「今日はオタケ君が大人しいなぁ~」なんてことも思いつつ、お昼休みを迎えた。
期末試験が近いからか、教室内はぴりぴりとした雰囲気が漂い始めている。
もうすぐテストで、それが終われば夏休みだ。
もうすぐ、朝から晩までベッドの上で過ごせるパラダイス期間がやって来る。
燦々と降り注ぐ灼熱の日光の中外に出るなんて自殺行為を完全拒否できる、夢のような期間。夏休み。
早く来てほしい。
サマースクール?
あはは、自由参加の行事に参加するわけないじゃない。
なんか、どっかのペンションに宿泊して、ボートに乗ったりマリンスポーツしたり、小型潜水艦で海底探索したりする、泊まりがけのお遊びイベントらしいけど、そーゆーのはギャルギャルしい戸塚さんやその仲間たちみたいなリアルが充実して爆発すればいいような人種が夏の雰囲気で「うぇーい!」するものであって、僕のような控えめなインドア男子には無縁の行事だよ。
文化祭と体育祭も、なんとかバックレられないかと画策しているというのに。
……部室に籠城すれば、なんとかやり過ごせそうな気がする。
よし、わざとバッテリー切れを起こして部室で充電して過ごそう、そうしよう。
そんな計画を、部室に着くなり高名瀬さんに話して聞かせた。
あわよくば、協力を仰ごうと思って。
「その前に、期末試験の対策は出来ているんですか?」
「親にも言われない真っ当なことを言うね、高名瀬さんは」
「鎧戸家は、少々奔放過ぎます。赤点を取ると留年しますよ?」
まぁ、そうなんだよねぇ。
追試とか補習とか、出来れば受けたくないタイプの人間なので、何か理由をつけてバックレる可能性が極めて高いから。
「留年しますよ?」
「善処します」
要は、平均点を上回れば問題はないわけで。
なにも高得点を目指す必要はない。
ほどほどに勉強すればなんとかなるだろう、きっと。
「中間はどうだったんですか?」
「真っ赤でした」
「勉強しましょう。わたしも協力しますから」
おぉっ!
優等生(対外的にはだけども)な高名瀬さんに勉強を見てもらえるのは心強い。
というか――
「図書館デートだ!」
「でっ、デートじゃありません! 勉強会です!」
真っ赤な顔で机をバンバン叩いて抗議してくる。
お猿さんみたいで可愛い。
「バナナチョリッツ食べる?」
「お猿さん扱いやめてください。……どこの限定チョリッツなんですか?」
「これは……静岡、かな」
「熱海ですか?」
「うん。正式名称が熱海限定バナナワニチョリッツだから」
「ワニ要素はどこですか?」
そこは、たぶん……あ、クランチをまぶして表面がでこぼこしてるから、これじゃないかな?
「静岡なら、お茶とかうなぎパイとかいろいろあったでしょうに」
「以前、一瞬だけ富士宮焼きそばチョリッツが出てたんだけど、すぐ見なくなったね」
「焼きそばとチョコは合わないでしょうね」
名物ならなんでもいいというわけではない。
「で、そうではなくて」
「バナチョリいらない?」
「いただきます。が、その略し方はやめてください」
えぇ、いいじゃない、バナチョリ。
「あ、美味しい。クランチがチョコなのでバナナチョコですね」
と、食レポ的な発言をして、早速二本目を口に運ぶ。
気に入ったようだ。
「それで、高名瀬さんのお話とは?」
「あぁ、オタケ君のことなんですが」
あぁ、そっちかぁ……
「もっと青春の甘酸っぱい話かと思った……」
「そ、そんなワケないじゃないですか!? こんな、毎日来るような場所で……」
「それじゃ、いつもと違う場所に呼び出されたら期待するようにしとくね」
「呼び出しにくくなるからやめてください!」
ちぇ~……
「それで、誤解って?」
「そうです、誤解です!」
赤い顔をして、バナチョリで自身の顔をパタパタと扇ぐ高名瀬さん。
……それ、絶対風起こってないよね?
パタパタと言うよりぷらぷらだもんね。
「ここだけの話ですが――」
「オタケ君が伝染ってるよ」
「あの人、『ここだけの話』をあちらこちらでしそうですよね」
「うん。僕もそう思う」
お互いの意見が一致したところで、高名瀬さんが『ここだけの話』をしてくれる。
「オタケ君が好きなのは、担任の佐々木先生じゃありません」
「まさかっ、僕!?」
「自己評価が高いことは時にいい面もありますが、それで精神的に自分自身を追い込むのであれば多少は自重して、第三者的な視点で周りの評価というものを正確に判断することも重要ですよ」
随分と長いことしゃべったけど、要約すると「お前はそこまでモテないぞ」ということ?
失敬な!
「オタケ君が好きなのは、非常勤講師のササキ先生――つまり、あなたのお姉さんです」
それはそれで、なんか衝撃の事実なんですけども!?