87 戸塚の憤懣
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あり得ない。
今日も、校門でレンゴクを待ち伏せしていたら、もうすでに登校していたレンゴクが下駄箱で高名瀬に話しかけるところを目撃してしまった。
なに?
レンゴク、もしかして、高名瀬に会うために早く来るようになったの?
あたしがこうして待ってるのに……あたしが声かけても素っ気なく、さっさと歩いて行っちゃうのに?
昨日だって、放課後に遊びに行こうって誘っても素っ気なく断ってきたのに……
なんで、高名瀬と話す時はそんなに楽しそうな顔してるの?
高名瀬が背伸びして、内緒話して……レンゴクの顔が真っ赤に染まる。
ヤダよ……
そんな顔、見たくなかったよ。
あたしじゃない……まして、高名瀬に見せるそんな表情。
何も見なかったふりして、顔を背けて、足早に歩き出す。
二人の横を通り過ぎてさっさと下駄箱に行って教室へ――
そう思ってたのに、耳にレンゴクの声が飛び込んでくる。
「高名瀬、お前は俺の天使だ」
驚いて視線を向けると、赤い顔をしたレンゴクが高名瀬の手を握ってた。
目の前が、真っ赤に染まった。
ふざけんな。
あたしから友人を奪ったお前が……
「女が好きな女」って言われるようになって、仲良しだと思っていた友達がみんな離れていって、あたしは変わって、もう一度自分の居場所を自分で手に入れた。
ゼロから作り上げた。
その新しい居場所で運命的に出会った理想の男性がレンゴクだった。
そのレンゴクすら、あたしから奪うのか、お前は。
「……高名瀬っ」
知らず、声が漏れてた。
「莉奈、どしたん?」
気が付くと、あたしは教室にいた。
下駄箱からここまで、どうやって移動したのか覚えていない。
高名瀬たちに気付かれたのか気付かれなかったのか、それすら分からない。
……もしかして見られた?
好きな男を盗られて唇を噛む、惨めなあたしの姿を、高名瀬に…………
「高名瀬……っ」
悔しい。
気持ちが抑えられない。
勘違いかもしれない。
聞き間違えかもしれない。
でも……
レンゴクがあんなこと言うなんて、あんな顔をするなんて、初めてだから。
あんなレンゴク、見たことなかったから。
あいつが、レンゴクの初めてを引き出したことは事実だから――
「莉奈、どしたん!?」
――涙が、溢れてくる。
「ちょっ、マジなんなのよ? なんかあったんなら、俺が話聞くって」
さっきら柳澤がうるさい。
なんでかこいつはいちいちあたしに絡んでくる。
レンゴクのそばにいつもくっついているからなんとなく流れで話したりはするけど、正直あまり好きなタイプではない。
直情的で、短絡思考で、言動も乱暴で。
親がレンゴクの会社の役員だからお金持ちらしくて、それを鼻にかけてやたらと「奢ってやるよ」とか言ってくる。
好きでもない男に奢られるなんて、気分のいいものじゃないって分からないかな?
とにかく、今はウザったい。
「あんたに関係ない」
「そんなこと言うなよ。まぁ……鎧戸の時は失敗したけど、今度は絶対力になるから」
鎧戸の時?
……なんのこと?
鎧戸……
いつからか急に高名瀬とつるむようになった、意味の分からない男。
飄々としているというか、ちゃらんぽらんというか。
嫌味を言えば数十倍にして叩き返してくるような、嫌なヤツ。
高名瀬に惚れてんだろうけど、意味分かんない。
そういえば、あいつも失恋したことになるのかな?
だって、高名瀬はレンゴクと…………
「……っ!」
ヤバッ、また涙が。
「莉奈!」
「……ぅるっさい! ほっといて!」
気安くあたしの肩に手を乗せてくんな!
あたしに触っていいのはレンゴクだけ。……レンゴクには、触れられたことなんかないのに……高名瀬は手とか握られて……っ!
「……ほんっと、邪魔。高名瀬……っ」
負け惜しみだって分かってる。
分かってるけど、認められないじゃん。
負けたなんて、思いたくないじゃん!
だって、あたしの方が絶対好きだもん!
これだけは、何があっても譲れないんだよ!
こうなったら、どんな手を使ってでも高名瀬を排除して……
「高名瀬ね。うっし、分かった」
柳澤がそう呟いて、スマホを取り出す。
視線を向けると――
「大丈夫。俺がなんとかすっから」
「はぁ?」
「また鎧戸がしゃしゃって来っかもだけど、こっちも切り札使うから、期待してろって」
って、ウィンクを寄越してきた。
なに?
なに言ってんの、こいつ?
なんとかって、なに?
なにをする気なの?
「とりあえず、授業サボるんで、よろしく」
そんなことを言って、スマホを耳に当てて教室を出ていく柳澤。
「あ、俺だけど。母さんに繋いでくれる? おう、大至急。前に話してた案件で、急ぎだって伝えてくれっか?」
自分の権力でもひけらかすように、割と大きな声で言って、そのままどこかへ行ってしまった。
なんなの、あいつ?
マジでワケ分かんない。
そんなことより、頭が痛い……
もう、顔を上げてるのつらい……
あたしも、授業サボろうかな…………
「あれ? 戸塚さん、どうしたの? しんどい?」
不意に、鎧戸の声が頭上から降ってくる。
突っ伏した姿勢のまま、腕の間から視線だけを向けると、呑気な鎧戸の顔が見えた。
「無理はしちゃダメだよ。僕でよかったら、いつでも頼ってね」
散々衝突したあたしにそんな言葉を笑顔で言ってくる。
こいつの神経、どうにかなってんじゃねぇの?
「……死ね」
「心配したのに、辛辣な言葉返ってきた!?」
そんなバカな声を最後に、あたしは心のシャッターを完全に閉ざした。
もう、何も見たくない。何も聞きたくない……