86 勘違い
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鎧戸君が朝から悩み相談をしてきました。
ですが、ソレは個人の趣味や体質に関わることなので他人が口を挟むべきではないような気がします。
そういう方もいますし、そういった方はそれを秘匿しておきたいと思うものです。
そっとしておくのが一番でしょう。
ですが、どうしても気になってしまって、それで関係がギクシャクしてしまうようであれば思い切って話してみるのも一つの手ではあると思います。
その行動によって友情に変化が訪れることになるかもしれませんが、行動には常に責任が伴うもの、と覚悟を持って挑めばどんな変化も受け止められるでしょう。
――と、そのような回答をしたつもりだったのですが。
「高名瀬さん。根本的な話をするけど、僕は別にフォレストバリアなしでエアリーメンを倒したいわけじゃないからね」
と、言い残して鎧戸君は自転車置き場へ向かいました。
なんだか、論点がズレていたような?
というか、エアリーメン倒しましょうよ。
……今日は、久しぶりにロックメンをプレイしてみましょうか?
ふふ……腕が鳴ります。
「よぉ、高名瀬」
満天堂アタッチのバーチャルコンソールでロックメンをダウンロードしようと決心した時、下駄箱前でオタケ君に声をかけられました。
今日も相変わらず大きいです。
わたしは女子の中でも少し背が低い方なので、圧迫感がすごいです。
「今日も鎧戸といっしょに登校か?」
「はい。まぁ、いろいろと事情がありまして」
具体的には、あなたが制服デートに憧れて鎧戸くんを誘うかもしれないと警戒した鎧戸君から登下校中は一緒にいてほしいとお願いされていますので。
……とは言えないので黙っておきます。
まぁ、おそらく鎧戸君の考え過ぎだとは思いますが。
「そうか……」
どこか気まずそうに、オタケ君は自転車置き場の方へ視線を向けます。
昨日、シャツの下から透けて見えたモノを目撃されたと、オタケ君も認識しているのでしょうか?
「何か、鎧戸君が気になりますか?」
「え? あぁ、いや……昨日、変なところを見られちまってな」
認識しているようですね。
「実は……」
え、話すんですか、わたしに?
出来れば巻き込まないでほしいのですが。
男性のブラジャー着用については、自由意志に任せたい派ですので。
「昨日の放課後、人のいない教室で佐々木先生と汗をかくようなことを二人でしていたら、鎧戸に妙な誤解をされたようでな」
「その発言で、わたしが妙な誤解をしているのですが?」
「違うぞ!? いかがわしいことはしていないんだが……えぇい、ここだけの話だが、実は――」
と、おそらく鎧戸君にも話したのであろう『ここだけの話』をわたしに聞かせるオタケ君。
佐々木先生のコンタクトを一緒に探してあげたという、ただそれだけの内容でした。
「とりあえず、『ここだけの話』はあまりあちこちでしない方がいいと思いますよ」
「お前たちは特別だ」
その特別扱いは、若干重いので遠慮したいところではありますが。
「鎧戸君は妄想力が旺盛ですので、割とよく勘違いを暴走させますよ」
「だよな。あいつは、ちょっと変なヤツだ」
そんなことを言う表情は、どこか楽しそうでした。
あぁ、この人は本当に鎧戸君を友人だと思っているのだなと、わたしはその時確信しました。
「ちなみにもうひとつ。鎧戸君は、オタケ君が担任の佐々木先生に片思いしていると思い込んでいます」
「なんだそりゃ!? 俺にはちゃんと好きな女性がいるぞ!」
いえ、そんなことを大きな声でわたしに告白されましても……
ですが、まぁ、そうですよね。
鎧戸君の誤解です。
でも、なぜそんな誤解をしたのか。
佐々木先生に憧れているというような内容の話を聞いたと言っていましたが…………ささきせんせい……あ、もしかして。
口の横に手のひらを添えて、オタケ君へ耳打ちします。
耳には全然届いていませんが、小声で。
「オタケ君の好きな女性とは、非常勤講師のササキ先生ではないですか?」
「んなっ!?」
ンバッ! っと、音がしそうなほどオタケ君が仰け反りました。
なるほど、図星ですか。
ササキ先生と佐々木先生の勘違いでしたか。
鎧戸君が仕出かしそうな勘違いですね。
「図星ですか」
「いや、そのっ!」
「では、『ここだけの話』にしておきましょうね」
「うぐ…………高名瀬は、やっぱり、鎧戸と気が合うだけのことはあるな」
それは、どういった類の悪口でしょうか?
ほのかに失敬な雰囲気を感じるのですが?
「えぇい、俺も男だ。認めてやる!」
真っ赤な顔をしてわたしを睨むオタケ君。
こんな大きな男性がこちらを睨んでいるのに、怖いどころか少し可愛く思えて、思わず笑ってしまいました。
「わたしは、学校でも頼られるくらいにはササキ先生とは親しくしていただいていますので、何か力になれることがあれば協力しますね」
目の前の恋する男性の実直さが可愛らしく思え、そんな約束をしました。
その結果。
「高名瀬、お前は俺の天使だ」
両手でわたしの手を握りながら、そんな仰々しいセリフを吐かれました。
やめてください、目立ちます!