84 オタケ君の疑惑
「勘違いだぞ」
開口一番、オタケ君はそう言い放った。
「この状況を見ると、さもいかがわしいことが行われていたように見えるかもしれないが、それらは一切合切誤解だ。大丈夫、何もなかった」
――と、きっと何かあった人はみんなそう言うんだろうなぁ。
「信じろよ、俺を!」
「信じるのはいいけど、とりあえずその艶めかしい格好をなんとかしようよ」
服がはだけてて、バスタオルで胸元を隠しながら言われても説得力が行方不明だよ。
「じゃ、じゃあ、服を着るから、むこう向いてろ。絶対見るなよ!?」
なんだろう。
オタケ君が、女子だ。
一応、オタケ君の要望通りに、回れ右をしてオタケ君に背を向ける。
……こういうシチュエーション、高名瀬さんともあったなぁ。
よかったぁ、これだけは高名瀬さんが先で。
オタケ君、なんで男子学生が憧れる胸キュンシチュエーションをことごとく僕に仕掛けてくるんだろう……
わざとか?
運命とか言わないでよ?
「実はな、体育でびしょ濡れになったシャツが乾かなくて、ずっとバスタオルを返せずにいたんだ」
ガサゴソと衣擦れの音をさせながら、オタケ君は弁明を始める。
「シャツが着れない以上、人がいなくなるまで教室に残るしかないと考えていた」
その理論は謎だけども。
「シャツが濡れて力が出ないよ~」的なこと?
何パンマンなの、オタケ君は?
「バスタオルは、後日新品の物を購入して返品しようと思っていた」
「いや、そこまでしてもらわなくても、いいよ、洗濯して返してくれれば」
「いや、購入する」
頑な!?
そしたらそのバスタオルは、捨てるの?
え、なに?
社長の息子って、バスタオル使い捨てなの?
贅沢過ぎない?
「それで、人がいなくなり、……戸塚たちがなぜかしつこく残っていたが、なんとか帰し」
戸塚さん、今日も元気に空回ってたみたいだね。
「しばらく待って、そろそろ帰ろうかと思った時、佐々木先生が教室に入ってきたんだ」
忘れ物したんだっけね。
さっきそう言ってた。
「俺がいることに酷く驚いていた佐々木先生だが、俺が頑として帰宅しない姿勢を貫くと、ぽつりぽつりと事情を話し始めた」
帰ってあげればいいのに。
そしたら、佐々木先生は人知れずこの教室でよからぬことが出来たのに。
……何やるつもりだったんだ、あの担任!?
「ここだけの話にしてやってくれ」
なんか、オタケ君の僕に対する信頼がすごい。
ここだけの話、全部話してくれるなぁ。
「佐々木先生は、コンタクトをしているんだ」
どーでもいい情報!?
すごくどーでもいい!
「先生は、生徒に憧れられる存在であるため、日々体を鍛え、肌の手入れをし、老いを感じさせない肉体づくりに心を砕いていたそうだ」
若作りしてたってわけね。
四十も過ぎれば老いは現れるだろうに。
「しかし、視力だけは筋トレではどうにも出来なかった」
そりゃそうだ。
え、でも待って。
瞳孔を動かすのは筋肉だって言うし、トレーニングで多少は見えるようになるって何かで見た気がするな。
「まぶたの上に鉄アレイを載せてみたが、効果はなかったらしい」
やり方がおかしい!
絶対ダメじゃん、その筋トレ!
「それで、誰にも秘密のまま、コンタクトレンズを使用しているらしいんだ」
視力落ちてませんよ~って、演出するために?
メガネだと目立つから?
なにその意味のない努力?
努力の方向性が迷子になってない?
「それを教室で落としたらしくて、誰もいなくなったあとで探しに来たんだそうだ」
「誰かに拾われてるか、踏まれて壊れてるんじゃない?」
「いや、奇跡的に無事だった」
「見つかったんだ?」
「あぁ、俺も手伝って、二人で教室中の机と椅子を一箇所に積み上げて床の上を隈無く探した」
「無駄な労力はたいてない!?」
なぜ積み上げる!?
ちょっと退かす程度でいいでしょうに。
「そういえばそうだな……いや、どちらからともなく、『じゃあ、積むか』と」
ダメだ。
マッチョを集めると、とりあえず筋肉を使う方向で話が進むらしい。
「それで、少し汗をかいてしまってな」
あぁ、それでうっすら汗かいてたのか、佐々木先生。
服装の乱れも、そのせいか。
「それで、俺はもう一度このバスタオルで汗を拭いていたんだ。そこへお前が入ってきた」
「なるほどね。じゃあ、さっきすれ違った佐々木先生は、コンタクトをどっかに隠してたんだね」
「いや、拾ったその場で目に入れていたから、隠してはなかったと思うぞ」
「そーゆーことするから視力悪くなってんじゃないの、あの先生!?」
眼球は、無敵じゃないから!
「よし、こっちを向いてもいいぞ」
許可が出て、僕は振り返る。
……なんで男子の着替えでわざわざ気を遣わなければいけないのか。
「すまないが、このバスタオルはもうしばらく貸しておいてくれ」
「それはいいけど」
「恩に着る。シャツがまだ乾かなくてなぁ」
と、窓辺に吊るされたハンガーで揺れる真っ赤なTシャツを見上げる。
……なに干してるのさ。
「しかし、もう日も暮れた。諦めてシャツなしで帰るとしよう」
言って、ハンガーに手を伸ばすオタケ君。
腕が持ち上がり、ハンガーに手がかかったところで、はらり――と、バスタオルが肩から滑り落ちた。
きっと汗をかいていたんだろうね。
オタケ君のワイシャツはうっすら湿っていて、軽く透けてしまっていた。
だから僕はバッチリ見ちゃったんだ。
滑り落ちたバスタオルの下から、シャツの下から透けて見えた、スポブラを。
ブラ透け……なぜメンズが!?