82 大胸筋が
「勘違いではないんですか?」
僕が、メンズラブなオタケ君に狙われちゃうかも……と、高名瀬さんに相談した結果、高名瀬さんは冷静にそんな分析をした。
「うん、僕も考え過ぎだとは思うんだけど、他の人との距離感の差がね……あと、熱量がすごくて」
これまで、誰とも楽しそうに話している姿を見せなかった孤高のオタケ君が、僕の前では楽しそうににこにこして、ぐいぐい寄ってくるから……ちょっと、ね。
「しかし、休み時間すべてを一緒に過ごすと……その、目立ちますよ?」
そうなんだよねぇ。
高名瀬さんはなるべく目立ちたくない人なんだよ。
そんな人が休み時間ごとに男と一緒にいたら、いろいろ目立つよねぇ。
「まぁ、休み時間や授業中は他の人の目もあるから大丈夫だと思うんだ。問題は登下校、特に放課後だね」
デートに誘われる可能性がなくはない。
「制服デートって、みんなが憧れるものだから!」
「鎧戸君ほどの熱量を持っている人はそうそういないと思いますが」
いいえ、みんな憧れてます!
「でも、すみません。明日はわたし、授業が終わると同時に帰ります」
「え、何か予定があるの?」
「はい!」
おぉっと、物凄く力強い返事。
こういう時は――
「魔王関連?」
「よくご存知で!」
ご存知じゃなかったけど、当てちゃったよ。
「実は、前回のモンバス世界大会でわたし、いえ、魔王が優勝したことで、魔王人気が再燃しまして!」
そりゃ嬉しいだろうね。
「そして明日、数量限定の魔王デスゲート・プリズンのフィギュアが発売されるんです!」
「フィギュア……とか、集めてるの?」
「いいえ。ですが、クオリティが素晴らしく、ファンなら絶対に手に入れなければいけない逸品なんです」
おぉ、力強い。
「僕もお供しようか?」
「申し出はありがたいのですが、今回は遠慮しておきます」
「僕、魔王様にヤキモチとか焼かないよ?」
「そっ、そんな理由でお断りしているわけじゃありません!」
かぁ~っと顔を赤く染め、メガネを忙しなく動かす高名瀬さん。
久しぶりに見たな、メガネの照れムーブ。
「道中はきっと、効率のいいルートの算出やシミュレーションで頭がいっぱいになって、おしゃべりとか出来ないと思うんです」
あぁ、やりそう。
なんか怖い顔して、一人でぶつぶつと脳内シミュレーションしそうなタイプだよね、高名瀬さんは。
どんな不測の事態にも即対応して、最適解を常に求め続けるタイプだよ、趣味に関してだけは。
「分かった。じゃあ邪魔はしないから、存分に満喫してきて」
「はい! 必ずや、至宝を持ち帰ってみせます!」
「買えたら見せてね?」
「え……っと、それ、は、……我が家に招待せよという要望ですか?」
「え、絶対に持ち出さない感じ?」
「傷はもちろん、埃もつけない所存です」
そっかぁ。
マジで家宝にしそうだな。
じゃ、諦めておこうかな。
そこまで大事にしているもの、触って壊しでもしたら一大事だ。
「じゃあ、写真で」
「それでしたらお任せください! フォルダーを埋め尽くす勢いで撮影してきます!」
そんなにはいらない。
ベストショットだけでいいからね。
「そういえば、バスタオルは返してもらったんですか? オタケ君、午後はずっと肩にバスタオルかけてましたけど」
「あぁ、なんかプロレスラーみたいだったよね」
肩にバスタオルをかけて椅子に座ってる姿が、真紅のタオルを肩にかけてコーナーポストで臨戦態勢を取っている有名なプロレスラーみたいだった。
名前は何だったっけ……?
「アーノルド稲木ですね」
おぉっと、質問を口にしてないのに解答がきた。
そうそう、稲木だ。
「現役時代の稲木は鬼神のごとき強さでしたね!」
「そのテンションの上がり方……、高名瀬さんって、プロレス好きなんだね」
「い、いえ、あくまで嗜む程度ですよ」
その慌てようは、図星と見た。
本当に筋肉が好きなんだから。
「高名瀬さんの方こそ、大きな大胸筋が好きなんじゃないの?」
「そんなことありません!」
高名瀬さんは、隠れ筋肉フェチ。
隠しきれてないけど。
「オタケ君みたいな人が好みのタイプだったり?」
「……そんなわけないじゃないですか」
わぁ、真顔。
さっきまでのテンションとの落差がヒドい。
そんなに心外だった?
あぁたしか、オタケ君とは仲良くなるはずもないからって自己紹介聞いてなかったんだっけね?
マッチョならなんでもいいわけじゃないのかも?
「バスタオル、今日はもう使わないからいつでもいいかな」
「でも返してもらえるよう、声はかけておいた方がいいですよ。借りパクは癖になりますから」
「ご経験が?」
「いえ、あの……妹が」
お姉ちゃん大好きな妹ちゃんは、お姉ちゃんから借りた物を指摘されるまで返さないらしい。
それは矯正が必要だね。
なのになんでそんなに嬉しそうに頬を緩ませてるの?
お姉ちゃんのマネしたがるのが可愛いの?
あぁ、そう。
環境が問題のようだね。
「僕はちゃんとオタケ君を躾けよう。そうしよう」
「わたしもちゃんと妹を躾けてますよ、……もう」
甘やかしまくってるのが目に浮かぶ高名瀬さんの説得力のない言葉は聞き流し、オタケ君がいるうちにと今日は早々に部室を出た。
とはいえ、放課後に用事がなければさっさと帰っちゃうだろうし、会えないかもしれないな。
高名瀬さんは「付き合いましょうか?」と言ってくれたが、辞退した。
バスタオルのために連れ回すのもどうかと思ったし、連れ立って校内をうろうろするのは目立ちそうだから。
下駄箱で高名瀬さんと別れ、僕は教室へと向かった。