80 アフタートラブルなアフタースクール
放課後になり、僕と高名瀬さんは部室で向かい合い、着席していた。
「改めて、災難でしたね。今日の体育は」
「ご心配とご迷惑をおかけしました」
「わたしは平気ですが……顔面にボールをぶつけて卒倒されたオタケ君が盛大にテンパっていましたよ。『俺の鎧戸が!』って」
「ホントにそんなこと言ってたの!?」
「えっと……『俺のせいで鎧戸が』……だったでしょうか?」
「よく思い出して!? 『せいで』があるとないとじゃ大違いだから!?」
オタケ君は、女子よりもメンズがラブなメンズなのだから!
友達以上の関係には、僕は進めないとはっきり告げるかどうかを決める判断材料にするから!
「あ、そうだ。お見舞いに来てくれたんだって? オタケ君から聞いたよ」
「はい。体育の授業が終わったあとに。鎧戸君、寝てましたけれど」
よし、この流れだ。
なにを隠そう、僕はこの時間まで、高名瀬さんに聞けずにいたのだ。
僕のお尻から充電コードを引っ張り出して充電をし、完了後にお尻にコードを戻して、割と丁寧にきっちりとズボンを穿かせてくれたのが高名瀬さんなのかどうかを。
目覚めた時、下半身に違和感がなかったんだよね。
ズボンって、適当に無理やり穿かされると、物凄い違和感あるじゃない?
パンツとか、丸まっちゃったりして。
僕、ボクサーパンツ派だから、適当に引っ張り上げると丸まっちゃうんだよね。
でも、今日目が覚めた時はそれがなかった。
つまり、お尻方面だけでなく、前の方もしっかりと、こう、布を「すっ」っとして、ズボンを「そっ」と穿かせてくれた人がいる。
それが、YOUなのかい、高名瀬さん?
「ねぇ、高名瀬さん。僕のお尻どこまで見た?」
「割と弄った?」
「パンツ『ぴんっ』って穿かせてくれた?」などと、素直にまっすぐ質問すると叱られるのは目に見えている。
僕だって学習くらいする。
高名瀬さんは、そういうところに結構敏感なのだ。
親切であろうと、恥ずかしいものは恥ずかしがる。
そういう乙女チックな女の子なのだ。
ウチの姉みたいに「弟のパンツは脱がせるも穿かせるも姉の気分ひとつだ!」とか言って平気で脱がしにかかってくるような、がさつな性分ではないのだ。
すっごい子供のころだったからって「こっちは引っ込まないの?」って前の方を引っ張ってきたり、そーゆーことはしないのだ!
すっごい子供のころのエピソードだけどね!
なので、もっとマイルドに、オブラートに包み込んでまろやかに仕上げた表現で尋ねてみる。
「ねぇ、高名瀬さん」
「なんでしょうか?」
「僕はまだ、お嫁にいけますか?」
「知りませんよ」
バッサリだ!?
これ以上ないくらいオブラートに包んだというのに!?
「というか、行く気があるんですか、お嫁に?」
「お嫁は言葉の綾ですが……お婿さんに」
「専業主夫を希望していると?」
「いえ、そういうわけではないのですが……高名瀬さんに責任問題が発生している可能性がないかと――」
「ヒドい濡れ衣です! 身の潔白を証明するために弁護士を雇わなければいけませんね」
がっちり武装して、完全抵抗してくる気だ!?
「いや、あの、言いにくいことだったのでオブラートに包んだ表現にしてみただけなんだけど……」
「言いにくいこと、ですか? なんでしょう?」
言いにくいことをさらっと聞いてくるねぇ~。
鬼なのかな?
「じゃあ、単刀直入に聞くけれど――僕が意識を失っている間、僕の下半身をどこまで見た?」
「訴えますよ!?」
「見るのは仕方ないけど、どこまで触った!?」
「訴えます」
確定事項になった!?
「違うんです! 僕、バッテリー切れになったじゃないですか、なのに目が覚めた時に――」
と、僕の懸念していることを、割とそのままお伝えしたところ、高名瀬さんは真っ赤な顔で――
「まずいろいろと前提がおかしいです!」
――と、僕を説教した。
どうやら、高名瀬さんが充電してくれたわけではないらしい。
では、誰が?
「ササキ先生ですよ」
「え、今日もいたの、あの出不精姉が?」
非常勤講師だからと、ほぼ出勤しなかった姉が、こんな短い期間に続けて登校してくるなんて……
「人でも殺めて亡骸を校庭に埋めたのか?」
「なんで見張ってる前提なんですか」
「あ、開き直る前提? 確かにそっちの方があり得るかも」
「ないですよ、どっちも!」
いいや。
高名瀬さんは姉のことをよく分かっていないんだよ。
姉なら、やりかねない。
っていうか、すでに何回かやらかしているはず!
「ササキ先生が充電して、ズボンも穿かせて、その上でオタケ君にお見舞いの許可を出していましたよ」
「高名瀬さんはオタケ君より先に保健室入ったんだよね?」
「はい。ササキ先生と同じタイミングで」
「そこで、責任問題は……?」
「何も見てません! ササキ先生がガサゴソし始めたところでカーテンの外に出ました!」
そうなのか。
それは、安心なような、残念なような。
「もぅ! 賠償を請求します!」
こうして、今日も僕は高名瀬さんにチョリッツを献上するのだった。