79 バスタオル
「鎧戸、大丈夫か。顔が赤いぞ」
高名瀬さんに、お尻のどの辺まで見られたのかと考えて、多少なりとも羞恥を覚えていると、バスタオル姿のオタケ君が僕の顔を覗き込んできた。
うん、大丈夫だ。
僕の羞恥なんか、オタケ君と比べたら取るに足らない小さなことだ。
……ホント、なんて格好してんのさ。オタケ君。
……あれ?
…………っていうかさ、それ、僕のバスタオルじゃない!?
「ん? あぁ、これか。俺が汗だくで見舞いに来たら、ささき先生が『風邪を引くといけないから、このタオルを使っていいぞ』と、お前のカバンから取り出して貸してくれたんだ」
なに勝手なことしてくれてんの、担任佐々木!?
人のカバン勝手に漁ることはもちろん、無断で貸すかね!?
しかも、タオルなんてデリケートなものを!?
「本当によく気の利く、優しい先生だよな」
賛同しかねるけども!?
「実はな、ささき先生は俺の人生を変えてくれた恩人でもあるんだ」
そう語るオタケ君の頬は、微かに赤かった。
……え、待って。なに?
もしかして……
「佐々木先生に、憧れて、たり?」
「憧れか……そうだな。この気持ちは、憧れなんだと思う。偉大な方だ、ささき先生は」
「その憧れってさ…………まさか、ラブ、だったり?」
「なっ!? ばっ!? ばかっ、おまっ!? そ、そんなわけ、な、ななな、ばかやろーこのーおこるぞーこらー!」
めっちゃ好きじゃん!?
まさかまさかの、メンズラブ!?
……あ~ぁ。
戸塚さん、かわいそ~。
あんなに分かりやすくアピールしてるのに。
そりゃ、一切反応しないわけだよ。
そもそも、ストライクゾーンがそこじゃなかったんだから。
「オタケ君、モテるのに。クラスの女子が聞いたらがっかりするかもね」
「だから、ささき先生は、そういうんじゃねぇし…………つか、俺は別にモテてなんかねぇよ」
「いや、でも、いるでしょ? めっちゃアピールしてくる可愛い女子が?」
「……………………いや?」
悲報です、戸塚さん。
あなたの努力、まったく届いていませんでした。
どうか、これに挫けず、次の恋を探してください。
大丈夫、新しい恋が失恋の痛手を癒やしてくれるらしいから。
……今度から、戸塚さんにはちょっと優しくしてあげよう。
「ちなみに、鎧戸は、どう思う?」
「ん?」
「だから、ほら。……普通じゃ、ないだろ?」
「でもまぁ『普通』なんて基準は、誰かが勝手に決めるようなことでもないしね。自分がそれで納得しているなら、いいんじゃないかと、僕は思うよ」
「相手が先生でもか?」
あ、そこなんだ、オタケ君が一番引っかかるポイント。
「公私をきちんと分けていれば、人間対人間の付き合いなんだし、いいんじゃないの?」
まぁ、無責任に「大丈夫だよ! 行っちゃえ行っちゃえ!」と煽るようなことは言えないから、ちょっと言葉は濁しておくけども。
「そうか……人間対人間か……そうだな。そうだよな!」
オタケくんはぱぁっと顔を輝かせて、そして僕に力強い握手を求めてきた。
というか、勝手に手を握ってシェイクハンドしてきた。
「ありがとう、鎧戸! お前はやっぱり、俺のベストフレンドだ!」
「あぁ、うん。別に二番目でも三番目でもいいけどね」
「いいや、一番だ!」
本当に、友達いなかったんだろうなぁ。
「あの短髪君とかは? 友達でしょ?」
「短髪……? あぁ、柳澤か。たまに声をかけられるが、別に友達ってほどじゃないな。お前だから話すが、ここだけの話にしといてくれ。実は、あいつが俺のそばにいるのは、戸塚が俺の近くにいるからなんだ。あいつ、戸塚に惚れてるから、近くにいていいカッコがしたいんだろう。本人は隠しているつもりらしいが、俺はそういうのに敏感でな。すぐに分かったぜ」
いや、君は自分に向けられているあんなにも分かりやすい好き好き光線にすら気付けていない鈍感だよ。
他人のことだと分かるんだなぁ。
「とにかく、俺にとってのベストフレンドは、鎧戸、お前だ!」
って言いながら、再びのシェイクハンド。
ちょっと強いよ、シェイクハンドの『シェイク』が!
あと、握った手をにぎにぎしないでくれる?
なんか、他意があるような気がしてくるから。
それから、激しくシェイクハンドした振動でずり落ちそうなバスタオルの胸元を握って「ぐいっ!」って持ち上げる仕草もやめようか?
女子にやってほしい仕草なんだ、それ。
僕よりマッチョのメンズにやってほしいヤツじゃないの。
っていうか、君は僕にいろんな「そうじゃねぇよ」なシチュエーションを寄越してくるよね!?
わざとなの!?
もしここで『経験済み』認定されて、女子とのそーゆーシチュエーションを取り逃すようなことになってたら、本気で恨むからね!?
僕は、女子とそーゆーシチュエーションを経験したいです!
僕の魂からの叫びに気が付く者はどこにもおらず、無情にも昼休み終了のチャイムが鳴り響いた。
そして、オタケ君の言う「ささき先生」が担任佐々木先生ではなく、ウチの姉ササキ先生であると僕が知るのはこれよりももう少し先の話で……それまでの間、僕はずっとオタケ君がメンズラブなマッスルフェチだと思い込んで接することになるのだった。