78 白い背中
「……んんっ」
軽い倦怠感が残る中、僕は沼から這い出すような体の重さを伴って意識を覚醒させた。
うわぁ……ダルぅ…………
「ここ、どこ?」
重たい頭を動かして、ぐるりと辺りを見回す。
白い天井、白いカーテン、白いベッドに、白い枕、そしてさほど日焼けしていない白い背中――
「わっ!?」
「きゃっ!?」
誰かが着替えをしていた。
おそらくここは保健室で、僕はきっとまたバッテリー切れで運び込まれたのに違いない。
そして、充電中の僕を見守るようにそばにいてくれる人物といえば……
「……高名瀬さん?」
悲鳴とともにカーテンの向こうへ逃げていった背中に、恐る恐る声を掛けると、白い背中の主がそろっとカーテンの向こうから顔を覗かせる。
「いや、俺だ。鎧戸」
「オタケ君!?」
びっくりした。
いくら寝ぼけていたとは言え、高名瀬さんとオタケ君の背中を見間違えるとは!?
でもまぁ、仕方ないよね。
だって、僕はどっちの生背中もじっくりと見たことがないのだから。
重たいまぶたを無理やり開いた影響で、視界もぼんやりしていたし。
僕に分かったのは、「背中が白いなぁ~」というくらいだ。
「っていうか、可愛い声出たね、オタケ君」
「……言うな。自分でもびっくりしているところだ」
「きゃっ!?」って言ってたよね。
割と甲高い声で。
人間、咄嗟の時はみんなそんな風になるのだろうか。
……あぁ、いや。姉が驚いた時は「ぉぅうずゎぁあああ!?」って、地の底から這い出している最中の地獄の帝王みたいな声出してたっけ。
姉よ。
可愛さで男子高校生に惨敗しているぞ。
しかも、めっちゃマッスルな男子にな。
「すまん。ささき先生がもう入っても構わないと言ったから、様子を見に来た。高名瀬は、面会謝絶中に保健室の中に入って、お前を見舞っていたぞ。今は昼休みで、俺はもう飯を食い終わったからここにいるが、高名瀬は飯も着替えもまだだったから俺と交代して今どこかで休憩しているはずだ。お前が、昼休み中に目覚めるかどうかも分からなかったしな」
可愛い悲鳴が恥ずかしかったのか、オタケ君はペラペラとここに至るまでの状況をやや早口で説明してくれた。
若干、顔が赤い。
……まさか、僕に裸を見られたから照れている、なんてことはないよね?
っていうか、なぜ眠る僕の隣で上半身裸に?
「ちなみに、なにをしていたの?」
うっすらと、嫌な予感が脳裏を過ったので聞いておく。
分からないことは恐怖を生むから。
そんなことはないと確信しているけどね。
「いや、少々ハッスルを――」
「ハッスル!?」
僕、眠っている間に何かされた!?
「いや、待て、誤解だ。お前とのドッジボールでハッスルし過ぎて、汗だくだったんだ。着替えたあとも汗が止まらなくてな。それで、シャツがびしょびしょになってしまった」
オタケ君は、いつも学校指定のワイシャツの下に派手な色のTシャツを着ている。
きっとそれが、あとから吹き出してきた汗でビシャビシャになってしまったのだろう。
だからバスタオルで拭いていたんだね。
……っていうか、なんでバスタオルを体に巻いてるの?
しかも、女子がやるように胸まで隠すような巻き方で!?
っていうか、バスタオルといえば僕はどうなってる!?
慌てて下半身を確認する。
……ほっ。
ちゃんとズボン穿いてる。
でも、充電は終わってるっぽいから……高名瀬さんかな?
高名瀬さんが充電してくれて、で、それでも僕が目を覚まさないからズボンまで穿かせてくれたのかな?
コードを出しっぱなしにするわけにはいかないし。
気を遣ってくれたのだろうか。
……それはそれで、なんかとんでもないことをされたような、させてしまったような気がして、気が気じゃないかも!?
あとで、高名瀬さんにどこまで見たか、確認しなきゃ。
そして、素直に確認して、ちょっと強めに叱られるのは、これからもう少し経った放課後のことになるのだった。