76 変わらぬ日常……と、思うじゃん?
魔王様の正体がバレる――そんな危機を無事に乗り切った僕たちは、今日からまた再び平穏な日常に帰っていくと、そう思っていた。
しかし、現実はそう甘くはなかった。
「おい、鎧戸! 次の体育はドッジボールだ。共闘するか? それとも対戦するか?」
なんか、オタケ君がめっちゃ話しかけてくる。
朝、登校中に話かけてきたのは、まぁ分かるし、その時は一言話してすっと去っていったので「あぁ、こういう距離感を保ってくれるんだね」ってちょっとほっとしたのに。
教室に入るや否や「次いつ行く?」と、狩りのお誘いをしてきたり、授業中に手紙という隠し要素を持ったがっちがちに圧縮された紙玉を背中にぶつけてきたりで……ちなみに、頑張って紙玉を開いてみたら「白魔法もマスターしろ」というアドバイスとも要求とも取れないメッセージが書かれていて……僕は察した。
あぁ、オタケ君も友達が一人もいなかったタイプか――ってね。
「っていうか、体育がドッジボールってなに!? 高校生だよ、僕ら!?」
「ハードル走よりマシだろう」
そうだった。
前回はハードル走だったんだ。
なにこの落差?
ちゃんとカリキュラム組んでるの?
朝の思いつきで授業内容決めてない?
ねぇ、担任の佐々木先生!?
「僕としては、共闘の方が楽できそうで望ましいけどね」
「だな。バストで鍛えた俺たちの連携を見せつけてやろうぜ!」
あ、ダメだ。
この人と同じチームになると、人智を超えるようなめっちゃ高い要求を無茶振りしてきそう。
前回のハードル走よりもよっぽどハードル高いよ!
うわ、うまいこと言ったな、今!?
共有したい。
あとで高名瀬さんにChain送っとこ。
「よ~ぅし、男子! 着替えたらグラウンドに集合だ! 今日はドッジだぞ! ワクワクするだろう! 期末前の憂さ晴らしだ! 盛り上がっていくぞ、お前ら!」
授業前にわざわざ教室へ顔を出し、男子生徒を煽っていく担任佐々木先生。
あの人は、僕たちを小学生だと誤認しているのではないだろうか?
「やっぱ分かってるよな、佐々木先生! いい担任に当たってよかったよな、俺たち」
「ん~……保留?」
あの人、若干生徒への愛が重いから。
「あの人はいい先生だぞ。まっすぐで分かりやすく、熱い!」
その熱さが重いんだけどね、僕には。
「名前も潔くていいじゃないか。『ささき』なんて、『佐々木』以外に漢字がないからな」
「それは田中も吉田もじゃない?」
「いや、親父の会社に田仲と芳田っていうのがいる」
「でも、笹木はいそうじゃない?」
「そんなヤツ、認めない」
それは好みというやつだよオタケ君。
もしくは依怙贔屓とか、偏見とか、そういう類のものだから、全国の笹木さんに謝って。
そんな話をしながら教室を出ようとした時、僕のスマホが『ピロン♪』と音を鳴らした。
画面を見てみれば、高名瀬さんからChainが届いていた。
高名瀬『「篠木」という苗字も存在します』
会話に入ってきた!?
えっ、どこから!?
女子はとっくに着替えのため更衣室へ向かったと思っていたのに。
教室を見渡すと、出口のところで高名瀬さんが「にっ」っとほくそ笑んでいた。
知識をひけらかせて嬉しいんですね、分かります。
――ピロン♪
高名瀬『鷦鷯=ミソサザイという鳥のこと。昔は小さな鳥のことを鷦鷯と表現していたこともあるそうです』
博識!?
じゃなくて!
早くしないと着替えてる時間なくなるよ?
体操服に着替えるのも、部室を使いたい理由の一つだったよね?
ここから遠いんだから、薀蓄を披露する前に着替えに行ってなきゃ!
――ピロン♪
高名瀬『大丈夫です体操服は下に着てきましたし、三~四時間目の体育が終わったら部室でゆっくり着替えさせてもらいますので』
高名瀬『追伸』
高名瀬『そういった理由ですので、鎧戸君は15分ほど入室禁止です』
わぁ、僕のお昼ご飯が遠のいていく。
……学食とか、あればいいのになぁ、ウチの高校にも。購買しかないからなぁ。
とりあえず、『了解』とChainを返信し、僕は男子更衣室へと向かった。
体育の時間は着替えがあるため、本鈴に遅れてもさほど叱られることはない。
相変わらず、自由な校風である。
バックレる生徒もいるらしいが、佐々木先生は体育のバックレを許さない。
きちんと捕まえて、補習を受けさせると有名だ。
……ドッジボールの補習を一人で受けるのは地獄なので、大人しく授業に出ておこうと思う。
かくして僕は、ドッジボールでオタケ君と――対戦することになった。
おぉう……ジーザス。