75 ドラゴン狩りから一夜明けて
「キャラの再ビルドを要請します!」
朝、いつもの駅前で声をかけたら、高名瀬さんが真っ赤な顔で訴えてきた。
なにごと?
と思ったら、スマホでモンバスの掲示板を見せられた。
……うわぁ。
「見られてたんだね、僕たちのバスト」
「それだけなら別に問題なかったんですが……、なんですか、『荒ぶり給え』って!?」
「見られてたんだね、高名瀬さんのバスト」
「鎧戸君の、です!」
「でも、モデルは高名瀬さんだし」
「そう思ったから、キャラクターの再ビルドを要請してるんです!」
見知らぬ複数のプレーヤーから崇められるのは、やはり嫌らしい。
顔が真っ赤だ。
魔王として崇められるのとは方向性が違うからねぇ。
「でも、大丈夫だよ。もう僕がモンバスをやることはないだろうから」
「えっ?」
「だって、オタケ君には正体がバレちゃったわけだし。もう僕が魔王のふりをする必要はないでしょ? オタケ君も秘密にしてくれるって約束してくれたしさ」
「それは、そう……なんですが」
表情が沈む高名瀬さん。
「もったいなくないですか? 折角あそこまで育てたのに……」
「半分以上オムライスのためだったからねぇ」
僕の目標はすべて達成された。
……まぁ、結局正体はあっという間に見破られてしまったわけだけれど、結果オーライと言えるだろう。
「なので、僕はもうモンバスやらないし、魔王の彼女騒動もそのうち落ち着くと思うよ」
僕としては、高名瀬さんの憂いを払おうと思っての発言だったのだが、高名瀬さんの表情はみるみる暗く沈んでいった。
「……楽しく、なかったですか?」
そう言った高名瀬さんは、とても寂しそうな顔をしていて、全力で否定した。
「そんなことないよ! 久しぶりに熱中したし、なんか、友達とゲームするのって実は意外と初めてだったりしたし、すごく楽しかったよ。特訓を含めてね」
そう。
すごく楽しかったのだ。
だから、これで卒業かと思うと寂しくもある。
ただ……
「今後もプレイするとなると、高名瀬さんそっくりにキャラメイクしたキャラで、『高菜SAY』っていうハンドルネームを使うことになって……そしたら僕、どんだけ高名瀬さん好きなのって思われそうで……」
好きな女の子そっくりなキャラで、名前も似せてプレイしているメンズって、ちょっとイタくない?
仮にイタくなくても、すごく恥ずかしい。
「げ……ゲームの中でのことですし……事情が事情でしたので、仕方ないと言いますか……ゲーム内で何をしたって現実世界の人にはバレませんので気にしなくても大丈夫ですよ!」
「おいコラ、そこの身バレした人」
「それは、確かに……でも、アレはオタケ君が魔王の大ファンで他の人よりもアンテナが過敏だったからで、稀なケースです!」
頻発しそうだなぁ、その『稀なケース』。
「だから、……あの」
何かを言いかけ、俯き、ちらりとこちらを見て、視線を逸らし、ぐっと拳を握って、意を決したようにこちらを向く。
その一連、動画に撮って保存しときたかったです。
「また一緒にゲーム、して……くれます、よね?」
「か?」じゃなくて「よね?」ですか。
それ、わざとじゃないなら天性の小悪魔ですよあなたは。
「僕でよければ、喜んで」
「あはっ」
そして、そうやって無防備に笑う。
なんかもう、高名瀬さん好き好き男のレッテル貼られてもいいや。
こんな顔を見せてくれるなら。
「じゃあ、高名瀬さん。また一緒にドラゴンを狩って、信仰を集めようね」
「信仰はいりません!」
「荒ぶり給え~」
「やめてくださいってば!」
ぺしりと、高名瀬さんの猫パンチが僕の二の腕を叩く。
わぁ、なんだろうこれ。
すごくムズムズする。
「朝から睦まじいな」
不意に後ろから声をかけられ、振り返るとオタケ君がいた。
「おはよう」
「おう」
「おはようございます」
「掲示板、見たか?」
「……その話はしないでください」
「がははっ! 本当にお前たちは面白い」
挨拶と短い会話が終わると、オタケくんは僕たちを抜き去り、スタスタと一人で歩いていってしまった。
「あれ、先行っちゃうの?」
「邪魔者にはなりたくないんでな」
「そっ、そんなんじゃありませんから!」
片手を上げて去っていく背中を、高名瀬さんが睨む。
ほっぺたがぱんぱんだ。
「これは、早急に誤解を解く必要がありますね。……わたしが、料理を作りに押しかけるくらいラブラブとか…………誤認識にもほどがあります」
赤く染まる頬を隠すように両手でほっぺたを包み込む。
その仕草が可愛くて、思わず笑ってしまった僕を、じろりと睨む高名瀬さん。
ごめんごめん。
でも、これは不可抗力です。
「半分は鎧戸君のせいなんですから、協力してくださいよね」
「なんの協力?」
「誤解を解く協力です」
むぅ~っと、むくれる高名瀬さんの横顔を見て、思わず頬が緩む。
この時僕は、なんだかとても青春っぽい時間を満喫して、きっと浮かれていたんだと覆う。
ほんの数日後にあんな事件が起こるなんて、まったく考えもしていなかった。