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68 約束の朝

 高名瀬さんのオムライスは、最高だった。

 幼い日に食べた、「これ、世界一美味しいんじゃないか!?」と思った町の洋食屋さんのオムライスと同等、いや、それ以上の美味しさだった。


 つまり、僕史上最強のオムライスだったのだ。


 あまりの美味しさに、「今なら魔王にだって勝てる気がする!」と僕が絶賛すると高名瀬さんは「魔王はそんなに甘くありません」と対人模擬戦で僕をぼっこぼこにした。


 ……それくらい美味しいって褒め言葉だったのに。

「オムライスごときに負ける魔王ではありません」じゃないよ、高名瀬さん……


 戦ってみた感想は、なんか、もう……魔王は、常識の埒外にいる存在だった。

 あれ、人間が敵う相手じゃないよ。

 攻撃しようと武器を構えた瞬間、画面に『You Lose』の文字が……

 早いし、一撃が重い重い。


 対人模擬戦はトレーニングという位置づけなので、やられてもデスペナルティーがないとはいえ、心はガッツリ抉られたよね。




 この日、僕は、高名瀬さんの可愛さと恐ろしさを同時に味わった。





 というわけで、明けて日曜日。


 いよいよ、御岳連国君と『モンスターバスター』で共同プレイする日がやって来た。


 昨夜はぐっすり眠りました。

 魔王による地獄の魔獣狩り特訓を受けた僕は、精根尽き果て……姉が高名瀬さんを送っていくと家を出た瞬間にゲーム機の電源をオフにした。


 ゲーム機って、あんなに熱くなるんだね。



 おかげで、今日はすこぶる体調がいい。


「ごめんねぇ、シュウ。今日はどうしても研究所に行かなきゃイケないのよ。本当はそばにいて見守っててあげたいんだけど」


 と、姉は昨日高名瀬さんが持参してくれたお手製アップルパイとカップ味噌汁を朝食に食べながら謝罪を寄越してきた。


 ……合うのか、姉?


「なるべく早く帰ってくるから! 何か面白いことがあったらあとで報告してね!」


 休日だというのにご苦労なことだ。

 土曜も日曜もない研究者という職業に、深い哀れみの心を表し、姉を見送った。


「さて、まだ集合時間には早いけど……肩慣らしでもしておこうかな」


 集合時間は正午。

 場所は、昨日高名瀬さんと落ち合った……なんだっけ? なんとかって名前の最初の町の広場。


 昨日はそこでログアウトしたから、ログインすればその広場から始まるはずだ。


「それじゃ、ログイン――っと」


 ゲーム会社のロゴが表示され、タイトル画面が現れる。

 ログインを選択すると、吸い込まれるようなエフェクトの後、最初の町の広場が画面に表示される。


 高名瀬さん行きつけのお店で購入したモンバス初心者セットの椅子は本当に快適で、目の前に広がる大画面と立体音響のスピーカーのおかげで、まるで自分がゲームの中に入り込んだかのような錯覚に陥る。


 町を歩く人も、物凄くリアルに見える。

 まるで本当に目の前を歩いているかのような。



『おい』



 不意に、画面に吹き出しウィンドウが割り込んできた。


 モンバスでは、キャラクターの頭上に表示される『吹き出しウィンドウ』によって誰とでも会話が出来る。


 フレンド登録という、双方の許可のもと特定の人と互いに登録し合うと、周りの人には見えない『フレンド掲示板』で秘密のチャットをすることが可能になる。


 だが、知り合いじゃないプレーヤーとコミュニケーションを取る時には『吹き出しウィンドウ』を使用して会話するのが基本だ。


 で、今視界に入り込んできたのは吹き出しウィンドウ。


 つまりは、知り合いじゃない人に話しかけられたわけだ。


 吹き出しウィンドウは、頭上に表示される通常ウィンドウともう一つ、相手を指定することで姿が見えていない状態でも相手にウィンドウのメッセージだけを伝えることが可能な呼びかけウィンドウが存在する。

 おそらく、背後から声をかけられた感じの演出なんだろうと思う。


 声をかけられたので、声の主を確認しようとゆっくりと振り返る。


 すると、目の前にトゲトゲの鎧を身に纏い緑色のモヒカンを逆立てた、世紀末にヒャッハーしていそうな極悪人顔の大男が立っていた。


『ごめんなさい、ひとちがいです!』


 漢字変換する暇もないくらい大慌てで文字を打ち込んでダッシュで逃げた。

 関わっちゃイケない人だ!

 誘拐されちゃう!


 だが、モヒカンさんは逃げる僕をドスドスと足音が響いてきそうな重量感をもって追いかけてくる。


 ある~日~、町の中~、モヒカンに~、出会~った~♪


『すたこらさっさー!』


 ところが~、モヒカンが~、あとから、ついてく~る♪


 ドースドスドス!


『たべられるー!』

『食べるか! いいから待て! 待てって! 高名瀬!』


 思わず足が止まった。

 この人、知り合い?


 振り返ると――


『あ』

『あ』

『あ』

『あ』

『あ』

『あ』

『あ』

『あ』



 ……なんか、変なことしてる!?

 頭上に『あ』がいっぱい並んでるよ!?

 どうしたの?

 壊れた?


『すまん。実名を出してしまったから、吹き出しが消えるまで文字を打ち込んで見えなくした』


 あぁ、確かに。

 実名を誰もが見られる吹き出しウィンドウで出すのは問題だよね。


 で、高名瀬さんを知っていて、今こうして話しかけてきているっていうことは――


『御岳連国君?』

『名前出すのはマズいって今言ったとこだろうが』



 あ、ごめん。


 その後、僕も御岳連国くんに倣って『あ』を連投して吹き出しウィンドウから名前を消した。


 吹き出しウィンドウ、過去の発言が八個まで表示され続けるからね。







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― 新着の感想 ―
早速お迎えが。楽しいゲームの始まりですねえ。
高名瀬さんのパイ! 私も高名瀬さんのパイが欲しいです! 高名瀬「表現に悪意がありますよ!?」 シュウマイ君、ゲーム頑張ってくださいね。 お姉様、お仕事頑張ってきてくださいね。
実名をログへ流すくらいのリテラシーはあるのねww
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