67 オムライス
僕のオムライスが完成し、ダイニングテーブルへと運ぶ。
おぉ……我が家の食卓が、小洒落た洋食屋さんのようだ。
「ギンガムチェックのテーブルクロスにしておけばよかったね」
そんな姉の言葉に、「確かに」と共感した。
ギンガムチェックのテーブルクロスなら、さらに写真映えしたことだろう。
「姉。記念撮影を頼む」
「なんでですか!? 記録に残すようなものじゃないですよ!?」
いいや!
今日という日は僕の人生において、最も語り継ぐべき思い出の日として刻み込まれたに違いない。
「愛用の一眼レフ持ってきたぞ、弟よ」
「でかした、姉!」
「なんでそんな本格的なカメラを持ち出してきているんですか!?」
ウチの姉は、カメラが趣味……というか、カメラで僕を撮るのが趣味なのだ。
幼稚園の運動会から、小学校の体育大会、中学校の体育祭と文化祭まで、姉はバズーカー砲みたいなゴツいレンズのついたカメラを担いで僕の応援に来ていた。
今回も姉の愛機の登場だ。
父が若い頃から愛用していたメーカーの最新作で、とにかくめちゃくちゃ綺麗な写真が撮影できる。
今日という記念の日に、伝説のオムライスを記録に残すには相応しいカメラだと言えるだろう。
「じゃあまず、上から俯瞰で撮るから、シュウはオムライスに顔を近付けて目線は上ね」
「こう?」
「わぉ、可愛い! オムライスがよく似合う顔、いただきっ!」
「息ぴったりですね、鎧戸姉弟!? オムライスがよく似合う顔ってどんなのですか!?」
カシャッコ、カシャッコと軽快に鳴り響くシャッター音の合間に、高名瀬さんがツッコミを入れてくる。
だが、姉は止まらない!
「いいねぇ~。いいよぉ~。じゃあ、一枚脱いでみようか~」
「そしたらチキンライスになるだろうが」
「もう、遊んでないで席に着いてください。ササキ先生の分も名前書きましたから」
とんっ! と、強めにテーブルに置かれたオムライス。
タマゴの上には『ささきせんせい』と書かれていた。
それを見ている間に、高名瀬さんは手際よくタマゴを焼き、自分の分のオムライスを完成させた。
作業台に向かってディスペンサーを構える高名瀬さん。
自分の名前を書くのだろう。
……ちょっと肩越しに覗き込んでみる。
「『ぽうず』?」
「ぅみゃう!?」
息でもかかったのか、僕が声をかけた方の耳を押さえて距離を取る高名瀬さん。
「――って、書くの?」
「み、みっ……み、耳元で名前を呼ばないでくださいっ」
ちょっと涙目で睨んでくる高名瀬さん。
みるみる顔が赤く染まっていく。
驚かせてしまったようだ。
申し訳ない。
「ごめんね。高名瀬さんの分にはなんて書くのかな~って思ってさ」
勢いよく飛び退いた高名瀬さんのいた場所を見れば、オムライスの上に可愛らしい高名瀬さんのデフォルメ自画像が描かれていた。
ポムポムバーガーで僕に書いてくれたメッセージに添えられていた、あの似顔絵だ。
「わぁ、可愛っ! 食べちゃいたい!」
「その発言はどうかと思いますが、それ以前にこれはわたしのです」
自分そっくりな似顔絵を匿うように、僕とオムライスの間に体を割り込ませる高名瀬さん。
でもまぁ、あまりに可愛過ぎると食べられなくて困るかもしれない。
「……わたしの似顔絵、欲しかったですか?」
じぃっと、僕を窺う高名瀬さん。
あ、これはいけない。
これではまるで僕が不服を抱いたようじゃないか。
不服なんかあるわけがない。
クラスメイトの、それも高名瀬さんみたいな美少女の手料理をいただけるというこの状況に、一片の不服もあるはずがない。
「いや、可愛いなぁと思っただけで、決して不服というわけでは――」
「では、これで機嫌を直してください」
僕の弁明を聞き終わる前に、若干食い気味なタイミングで、高名瀬さんは『ぷすっ』と、オムライスに何かを突き刺した。
「中級者用ダンジョンに到達できたら、プラスワンを追加するというお約束でしたので」
それは、お子様ランチのご飯に刺さっているミニ国旗のような形状で、しかし描かれているのはどこの国の旗でもなく、とても可愛らしい高名瀬さんのデフォルメ似顔絵と直筆のメッセージだった。
『中級ダンジョン到達おめでとう!
たいへんよくガンバりました。えらい!』
「姉! 僕のクラスメイトが可愛過ぎる!」
「奇遇だね、弟! あたしの患者もたった今、『可愛い』が限界突破したところだよ!」
「そ、そんな大騒ぎするほどのものじゃありません!」
「これ、きっと昨日の夜に手作りしてくれたんだよ!」
「そうだねぇ~。『鎧戸君、喜んでくれるかな』ってうきうきしながら描いてたのかと思うと……鼻血吹きそうっ!」
「やめてください! 食卓で出血は衛生的ではありませんし、そこまでうきうきはしてません!」
「ねぇ、高名瀬さん。予想なんだけど……もしかして、五つくらい作って、どれが一番可愛いかなかって並べて吟味してくれた?」
「うっ……それ、は…………まぁ、しました、けど……」
「姉さん、この『可愛い』の詰め合わせ、写真に収めて!」
「よしきた!」
「ちょっ、今は、写真は――っ!」
撮影を妨害しようと慌ててレンズへ向かって腕を伸ばした高名瀬さんだったが、カメラ慣れしている姉の方が一枚上手だったようで――
後日、見せてもらったこの時の高名瀬さんの写真は、国語辞典の『可愛い』の欄に例として掲載されていないのが不思議なくらいに、とにかく可愛かった。