65 ウチのキッチンに
「高名瀬さん。ケージにはさ、敷材とかあった方がいいかな?」
「なんの話ですか?」
高名瀬さん飼育計画の第一歩、住環境についてのご相談です。
「これくらいのさ、40センチくらいの高名瀬さんがいたら飼いたいな~って」
「そんなペアモンみたいなサイズの私はいません。お姉さんを撫でて我慢してください」
「えぇ~、可愛さが雲泥」
「随分な言い草だな、弟」
キッチンの入り口で後頭部をアイアンクローしてくる姉。
姉の攻撃はなぜか痛い。
小柄で筋肉も全然ついてないくせに、なぜ攻撃力が高いのか。
さては貴様、異世界からの転生者だな?
「それにしても、意気込みがすごいよね」
キッチンのテーブルにずらりと並べられた食材たち。
食材を用意しておくと言ったのは僕なのに、高名瀬さんは姉にChainで用意しておいてほしいもの一覧を送ったらしい。
僕に言ってくれればいいのに。
「ポーちゃん家は、オムライスにセロリ入れるの?」
「そのセロリはスープ用です」
「「すーぷ?」」
「今日のランチには、サラダとスープとデザートが付きます」
「すごい! 小洒落た洋食屋さんみたい!」
メインの料理にサラダやスープが付くなんて。
ウチでは精々、姉が即席カップ味噌汁を飲むくらいだ。
姉、何にでも味噌汁付けるから。
パスタでも、お好み焼きでも、ケバブでも。
この前、ティラミスと一緒に味噌汁飲んでた時はさすがに突っ込んだけど。
「料理は目でも楽しむものですからね」
言いながら、エプロンを身に着け、後ろ手で腰の後ろで紐を結ぶ。
「きゅっ」って文字が見えるような、実に可愛らしい動作だった。
「目でも楽しませていただいております!」
「まだ何も作ってませんし、完成品の話です、目で楽しむのは!」
いや、でも、今めっちゃ楽しいです。
眼福、眼福。
飾りの少ないシンプルなグリーンのエプロン。
胸元にもこもこの動物の顔がプリントされていて、その下に『ものごっつ美味いで』という文字が書かれている。
「本当に好きなんだね、大阪ちゃうちゃう」
「い、いいじゃないですか、別に……」
指摘されて恥ずかしかったのか、高名瀬さんは胸元のマークを手で隠しつつ、こちらに背を向けた。
悪くないですよ、全然。
僕も好きになってきましたし、大阪ちゃうちゃう。
「エプロンの着け方一つで、料理が出来そう感あるよね、ポーちゃんは」
「うんうん。フリルとかついてないのが、普段からやってる感出てるよね」
「そんな感じ出してませんっ」
うっすらと頬を染めて、僕たち姉弟を睨む高名瀬さん。
わぁ、照れてる。
「ケージにふわふわクッション入れよう」
「飼育しないでください! ミニぽうずはいません!」
いいなぁ、ミニぽうず。
いればいいのに、ミニぽうず。
「で、では、始めます……が、……近くないですか?」
高名瀬さんの手元がよく見える位置に陣取って作業を見学しようと意気込む僕。
ちょっと近付き過ぎたみたいだ。
「この辺なら平気?」
「いえ、別にどの辺でも平気なんですが……なんでそんなに楽しそうなんですか?」
だって、わくわくするんだもん。
「ホントに、普通に料理するだけですからね?」
「うん。楽しみにしてる」
「……プレッシャーかけないでください」
言って、腕まくりをする高名瀬さん。
「腕まくり!」
「腕まくりくらいします! 普通です!」
「なんかもう、様になり過ぎて、腕まくりするためにわざわざ上に一枚羽織ってきたんじゃないかとすら思えるね!」
「そんなあざとい計算してません! ……冷房対策です、この上着は」
先程より赤い顔で、先程よりも眉を釣り上げて僕を睨む高名瀬さん。
わはぁ~。
「怒ってるんです、わたしは! 締りのない顔をしないでくださいっ」
「もぅっ!」と勢いよくそっぽを向いて、高名瀬さんが包丁を握る。
トン――
と、包丁の音がする。
それは、なんだか懐かしくもくすぐったい、心がほんわかするような音に聞こえた。
自分で料理する時の音とは全然違う。
僕はしばらく、高名瀬さんの包丁さばきを無心で眺めていた。