64 ただそのために!
「鎧戸君は、充電すると体力が回復するんですか?」
モンバスをプレイしながら、高名瀬さんがそんな質問を寄越してくる。
「うん。さすがにぐっすり寝たあとみたいな爽快感は得られないけど、睡魔や倦怠感みたいなものはある程度回復するかなぁ」
実際、徹夜明けであるにもかかわらず、僕は眠気も体のダルさも感じていない。
ただ、充電し続けて眠らない生活を続けると、きっと早死にするだろうなぁ~という感じはひしひしと感じている。
ホント、ドーピングって言葉がピッタリとくるような状態なんだよね、充電による体力回復って。
多用するのは避けたいと思っている。
「だから、テスト前の一夜漬けの時くらいしか使ってないよ」
「一夜漬けなんかせずに済むよう、普段から勉学に励んでください」
おかしい。
今の一連、褒めてもらおうと思って話した内容だったのに。
「ポーちゃんがいてくれると、シュウも少しはまともな人間に育つかもしれないなぁ~」
と、朝から缶ビールを片手に、「それは下着と何が違うんだ」ってくらいの薄着でリビングのソファを占拠する姉。
身近にまともな人間がいないのだから、まともに育たないのは僕のせいではないと思う。
「もし二人が吹雪の雪山で遭難でもした時にはさ、ポーちゃんのコンセントにシュウのプラグを挿しておけば、とりあえずシュウがポーちゃんを抱えて人里まで降りてきてくれるよ」
「そんな極限状態に陥るような場所に、わたしは行きません」
「でもさ、マンガでよくあるよね、雪山で『寝るな! 寝たら死ぬぞ!』って」
「わたしは、積雪が3センチを超えると登校を諦めかけるような人間ですよ? 雪山なんて行きません」
積雪3センチは割とあり得るから、もうちょっと頑張ろうよ。
電車も動いてると思うし、その程度の積雪だったら。
「マンガといえば、あれも定番よね~」
空になったビールの缶をぷらぷらさせて、姉がろくでもないことを言う。
「雪山で遭難したときは、素肌と素肌で温め合いましょうってっ☆ きゃっ、やだもう、スケベ!」
なんで僕は今、姉に叩かれたんだろうか?
叩かれるべきは姉であるはずなのに。
「わたしは、絶対に、雪山へは行きません」
そして、先程よりも強い、明確な拒絶。
高名瀬さん。その絶対零度の視線を向ける相手は僕ではなく、ソファを占拠している姉ですよ。
「そういえばさ、ポーちゃん『Chain』やってんだよね?」
「はい。基本家族とは『Chain』で連絡を取り合っています」
「じゃあ、あたしにもID教えて~」
「あ、やめた方がいいよ、高名瀬さん。身内に迷惑メール送りつけるような人だから、そこの姉」
ある日僕は、チェーンメールの誕生を目撃した。
「同じ内容のメールを五人に転送しないと物理的に呪うという恐ろしいメールを生み出し送りつけてきた前科があるから」
「転送したんですか、五人に?」
「いや、両親には転送したけど、あと三人見つけられなくて呪われたよ、物理的に」
「……何されたんですか?」
「朝起きたら、おでこに口紅で『呪い』って……」
「仲いいんですね」
いやいやいや!
こんなタチの悪いイタズラされてるんだよ!?
起きて鏡見たら真っ赤な文字で『呪い』って書かれてた僕の気持ちも考えて!?
「ぎゃー!」って言ったからね!?
「そして、最近の口紅は石鹸では全然落ちない!」
「ウォータープルーフだぜ、マイブラザー」
「知らんけど、とりあえずドヤ顔やめろ」
目的が何かは知らんが、投げキッスを飛ばしてくるな。
今ちょっとゲームやってて弾き飛ばしてる暇ないから。
「もう、鎧戸君は一生お姉さんに面倒を見てもらえばいいんじゃないですか?」
「やだよ、こんな料理も出来ない駄姉」
「失敬な。料理くらいは出来る。やらないだけで」
「やらないなら出来ないのとほぼ同じだ」
「しょうがない。では、今日のランチはあたしが腕を振るってやろう」
「余計なことをするな!」
今日のお昼ご飯は、高名瀬さんのオムライスと決まっているのだ!
なんのために徹夜までしてレベルを上げたと思っているんだ!?
「今日、料理をしたら……家出するっ!」
「そこまで食べたいか、ポーちゃんの手料理」
「食べたいわ! 一生に一度、あるかないかのビッグチャンスだぞ!?」
「……そんな大それたものじゃありません」
いかん。
ゲームなんかしていたら、姉がきっと余計なことをしでかすに違いない。
「高名瀬さん。少し早いですがお昼にしましょう!」
「いえ、そんなに急がなくても――」
「姉は、僕が嫌がることなら進んでやるような性格なんです! 普段絶対奢ってくれないような特上寿司の出前を頼んだりとか、平気でしますからね!?」
「さすが弟、よく分かってるね☆」
なので、さぁ!
早く!
「レベル125まで上げたから!」
「わ、わかりましたから、そんな涙目で接近してこないでください! ……どれだけ楽しみにしていたんですか」
「夜も眠れぬほどに、だよ!」
もう、昨夜十時以降はオムライスのことしか考えてなかったもんね!
「では、少しの間キッチンを借りますね」
「あのっ、見学してもよろしいでしょうか!?」
「なぜ、挙手を……」
ビシッと手を上げて発言する僕に、高名瀬さんは苦笑を漏らす。
「見てても、特に楽しいものではないと思いますが」
「いいえ、尊いです!」
僕の反論に、高名瀬さんはなんとも形容しがたい表情を浮かべ――
「ご自由にどうぞ」
かすかに頬を染めてそう呟いた。
よっし!
クラスメイトのエプロン姿!
「私服が見られた上にエプロンまで……頑張ってよかった」
「服の感想はもういいです」
どんっと僕を突き飛ばし、一人でさっさとキッチンへ入っていく高名瀬さん。
「なに今の? 可愛い。飼いたい」
珍しく、姉に共感してしまった。
たまにはいいことを言うじゃないか、姉。
では、前向きに検討してみよう。
高名瀬さん飼育計画を。