63 鬼の修練、結果
昨日、「朝からウチに来るなら学校の最寄り駅まで迎えに行くよ」と言ったのに、高名瀬さんは「バスで近くまで行きますので」とそれを辞退した。
なんでも、「バッテリーを使うと、鎧戸君は腰バスタオルで充電しながらゲームすることになりますから」という理由だそうだ。
確かに、高名瀬さんを乗せてあの急な坂を登ると充電が必要になるだろうけれど。
しかも、バス停から家まで歩いてくるという。
場所は覚えたので出迎えは不要だそうだ。
その代わり、その間に少しでもレベルを上げておくようにと申し付けられた。
いいでしょう。
やっておきましょう、レベルアップ。
お昼の、オムライスのために!
というわけで土曜日。
高名瀬さんが我が家へやって来た。
「私服だぁー!」
「休日なんですから、当たり前じゃないですか。い、家の前でバンザイなんてしないでください!」
高名瀬さんの私服はふわふわしていて、淡い色合いで、なんというか、もう、とても可愛かった。
「私服に栄光あれ!」
「私服はそんなもの求めていません! ほら、さっさと中に入ってください!」
「すっごい可愛い!」
「分かりましたからっ!」
僕の背中をグイグイ押して、高名瀬さんが僕の家へと上がり込む。
靴を揃えて、「おじゃまします」っていう挨拶を忘れないあたり、高名瀬さんはやっぱり優等生だと思う。
そして、リビングへ案内すると、高名瀬さんはリビングに入るや否や僕のアタッチを手に取り、画面に表示されているステータスを確認する。
「……ちょっと、引きますね」
おやぁ?
高名瀬さんの頬が盛大に引きつってるぞ~ぅ?
「Bランクダンジョンまでクリアしてるじゃないですか。レベルも120まで上がってますし」
確実を期すために、ちょっと張り切り過ぎちゃった☆
「普通ですと、これは一週間くらいやり込んで到達するレベルですよ」
「頑張った!」
「そんなにオムライスが食べたかったんですか?」
「そんなに食べたい!」
だって、このチャンスを逃すと、もう一生食べられないかもしれないじゃないか、高名瀬さんのお手製オムライス!
睡眠時間など、今の僕には必要ない!
「はぁ……呆れると同時に、少しだけ称賛したくなっている自分にもちょっと呆れてしまいます」
一応、褒めてくれているようだ。
「それにしても、一晩でレベル120……鎧戸君は、魔王になれる素質があるかもしれませんね」
ということは、高名瀬さんも一晩でレベル120くらいまでは行けるってことだね。
僕は充電しながら体力を無理やり回復させつつ、『集中』を使ってかなりドーピングしてやっとたどり着いたんだけど、高名瀬さんはそれを素で出来ると。
……この人、本当に魔王の生まれ変わりなんじゃないか?
「では、お昼は約束通りオムライスを作りますので、楽しみにしておいてください」
「うん! 楽しみにしてる!」
「……とはいえ、そこまで期待しないでください。所詮、素人の手料理ですので」
「ううん。期待してる!」
「…………善処します」
いいんだよ、味なんて、二の次で!
クラスの女子が、それも高名瀬さんのような可愛いクラスメイトが、自分の家のキッチンにエプロンを着けて立っている、それこそが尊いんだよ!
しかも手料理!
極論、味なんかしなくたっていい!
「昨日、帰ってからここまでレベルを上げたということは、あまり寝てないんじゃないですか?」
少し心配そうに僕の顔を覗き込んでくる高名瀬さん。
確かに、レベル30でDランクダンジョン攻略までだったら、十二時頃には眠れた。
でも、おそらくそれが最低ラインであろうと考えた僕は、今日の特訓を有意義なものにするため自主鍛錬に励んだのだ。
「これで、少しは魔王デスゲートに追いつけるかなってね」
「鎧戸君……」
高名瀬さんは軽く目を伏せ、再び僕の目を覗き込んでくる。
……凍てつくような冷たい瞳で。
「この程度で追いつけるほど、魔王は甘くないです」
「そこは、普通に努力を褒めてくれてもいいと思う」
本気で世界一位に追いつけるなんて思ってないから。
これで少しくらいはって、そんな感じだから。
「あ~、ポーちゃん、いらっしゃ~い」
充電しながらゲームをプレイするため、ゲーム機一式はリビングにセッティングしてある。
……僕の部屋には特殊コンセントがないからね。
リビングで高名瀬さんと会話していると、姉が寝間着姿(=下着姿)のまま、寝ぼけ顔全開で降りてきた。
……服を着ろ、姉。お客様の前だぞ。
「今日、なんかお昼作ってくれるんだって? 楽しみにしてるね~」
「姉にはインスタントカレーでいいので」
「い、いえ、一緒に作りますけど。二人前も三人前も変わりませんし……それより、あの……服を」
「ん? あぁ、ごめん。なんか着てくるね~」
ひらひらと手を振って、姉が風呂場へと向かう。
姉は、目覚めのシャワーを浴びてようやく頭が起動するタイプの人間なのだ。
「――と、このように、身内に一切色気のない下着姿を晒す女がいる弊害で、クラスメイトの下着姿に異常なまでの興味や好奇心を抱かない性格に育ちゃって……ブラウスからの透けブラを観察しているというのは誤解なんだよ」
「なるほど……なんとなく、分かった気がします」
これで、一つ僕の誤解が解けた。
よかったよかった。
「シュウ~、ごめーん、コンディショナーの詰め替え持ってきてー!」
……コンディショナーを使うのは姉だけだろうに。なぜなくなった時点で入れ替えておかないのか。
「ご褒美に、一緒にお風呂入ってあげるから~!」
「高名瀬さん、すみませんがおつかいを頼まれてくれませんか?」
「え、それって、わたしが連れ込まれそうで嫌なんですが」
えぇ、おそらく引きずり込もうとしてくるでしょう。
ですので――
「うまく回避して、離脱してきてください」
「鎧戸君は、日常生活でそんなアクションゲームみたいな生き方をしていたんですね」
軽めの同情をありがとう。
誰かに共感してもらえる日が来るなんて思いもしなかったよ。
というわけで、コンディショナーの詰替パックを高名瀬さんに手渡す。
「では、ご武運を」
「わたしが無事に戻ったら、一緒にモンバスをプレイしましょう」
「高名瀬さん、それ、死亡フラグだから」
フラグを立てつつ、高名瀬さんは無事にリビングへ戻ってきた。
よかった。
姉に酒が入っていたら、マジで風呂場に引きずり込まれていたに違いない。
今が休日の朝でよかった。
「鎧戸君。あなた方姉弟には、他人に肌を晒すということへの羞恥心を、もう少し身に付けていただきたく存じます」
「なんで僕まで?」
「わたしの前で腰バスタオルを平気でするからです」
風呂場から戻ってきた高名瀬さんに、軽くお説教をされた。
姉のせいで。
……姉め。