62 条件付き約束
「明日は鎧戸君のお宅で特訓です」
最終下校時間が迫り、一切上達しなかった僕の腕前を見て、高名瀬さんがそう宣言する。
今日の特訓は散々だったからなぁ。
トップランカーって、こんなプレイの仕方してるのかぁ。
僕はもっとゆっくり、身の丈にあったプレイをしたいな。
下手っぴが集まって、あーだこーだ言いながら、わいわいとモンスターを討ち取っていく、的な。
「鎧戸君のお宅に行けば、アタッチメントが揃っていますから、それを使えばもっと直感的に動けるようになると思います」
「でも、それだと高名瀬さんは付属品使えないよね?」
なにせ、初心者セットと言われ購入したゲームの周辺機器には、椅子まで含まれていたのだから。
まさか、持ってくるとも思えないし。
「鎧戸君がフル装備で、わたしが本体のみでのプレイをすれば、多少はハンデになるかと思います」
フル装備の僕でも、高名瀬さんの足元にも及ばないらしい。
まぁ、そりゃそうなんだろうけども。
「朝からお伺いしたいのですが、ご家族の方のご迷惑にはなりませんか?」
「そこは大丈夫だよ。姉にも事情を話してあるし、朝昼晩と美味いご飯をご馳走してあげるって張り切ってましたから」
「さすがに、朝食は家でとりますが……お昼をいただいてもいいんですか?」
「奢る気満々だったよ。まぁ、僕も姉も料理は苦手だから、店屋物になるだろうけど」
姉は料理が出来ると言い張っているが、料理をしている姿を見たことがない。
なのでおそらく虚言だろう。
「やれば出来る」は、結局「やらないから出来ない」なのだから。
「あ、もしよければ、わたしが何か作りましょうか?」
「えっ!?」
高名瀬さんがウチで手料理を!?
「なんですか、その驚きは? こう見えて、わたしは料理が得意なんですよ」
「いや、高名瀬さんのお弁当を見る限り、料理上手なのは想像に難くないけれど……作ってくれるの?」
「はい。材料を揃えていただけるのであれば」
「買っとく! 『鉄人料理道』くらい食材を積んでおく!」
「そこまではいらないです!」
プロの料理人がスタジオで料理の腕を競い合うテレビ番組『鉄人料理道』。
そのセットには、毎回「絶対こんなに使い切らないだろう」というくらいに食材が山と積み上げられている。
なるほど。
なんであんなに無駄に食材を積み上げているのか毎回不思議だったけれど、今初めて気持ちが理解できた。
どんな料理を作ってくれるのか、わくわくが抑えきれない!
つまり、そういうことだったんだね、スタッフ!
材料がないから作れない~なんて、想像もしたくないもんね!
分かる!
分かるよ!
今なら分かる!
「メインはマグロで――」
「さすがにさばけませんよ、マグロは。柵になっていればなんとか出来ますが、お刺身くらいしか使い道が思いつきません」
そうだった。
別にテレビ番組を収録するわけじゃないんだから見た目の派手さは追い求めなくていいんだった。
「何があればいいかな?」
「何が食べたいかによりますね。リクエストはありますか?」
「ナポリタンかオムライスかハンバーグを!」
「なんですか、そのお子様ランチに入っていそうなラインナップは……というか、ちょっとはしゃぎ過ぎでは?」
はしゃぐよ、そりゃあ!
だって、マンガでは定番の同級生の女の子が自分の家で料理を作ってくれるこのシチュエーション!
自分家のキッチンに、エプロン姿のクラスメイトが立っているなんて……
「ツチノコを発見するよりあり得ない事態だよ!」
「いえ、絶対ツチノコの方があり得ませんから」
ツチノコは目撃情報があるけど、クラスメイトが自分の家でエプロン着けて手料理振る舞ってくれるなんて、マンガの中でしか見聞きしない事態だよ!
「いえ、同級生に彼女がいる男子なら、割とあり得るシチュエーションじゃないでしょうか?」
「彼女じゃないのに作りに来てくれるのが尊いんじゃないかぁ!」
「そこまで熱烈に訴えなくても……なんでちょっと泣いてるんですか?」
だって……自分には無理だって諦めていたのだもの……
「そんなシチュエーション、お隣にクラス委員をやっている美少女が住んでなきゃ実現しないって思ってた……そして、ウチの隣には老夫婦しか住んでいないから割と早い段階で諦めていたんだよ、僕……」
優等生な幼馴染なんて、都市伝説でしか聞いたことなかった。
「とりあえず、鎧戸君の感性は随分と偏っていると自覚してください」
「高名瀬さんもない? 子供のころに憧れていた『こんなシチュエーションあったらいいなぁ~』ってヤツ?」
女の子なら、白馬に乗った王子様とかだろうか?
さすがにそれに憧れはしないか。
じゃあ、壁ドンとか、アゴくいっとか?
……なんでか僕は両方経験してますけども。全然ときめかなかったなぁ。
でも女子なら、あぁいうのに憧れたりするんじゃないかなぁ?
――と、高名瀬さんを見ると。
「…………」
俯いて、黙ってしまった。
視線が、ちらりとカバンのポケットへと向かう。
あの辺って、パスケース入れてる辺りかな?
「……特に、ありませんでしたね」
何かあったな、これは。
でも秘密らしい。
くそぅ。教えてくれてもいいのに。
「こほん」と、高名瀬さんが咳払いをする。
心なしか、頬が赤い?
「とはいえ、三種類も作ったところで食べきれませんので、どれか一つにしてください」
「じゃあ……オムライス、かな」
クラスメイトの手作りオムライス。
それが食べられる男子が、果たして世界に何人いるだろうか。
「では、オムライスで。ちなみにですが、ふわとろ卵のデミグラスソースオムライスと、昔ながらの薄焼き卵のケチャップオムライスと、どちらが好きですか?」
「昔ながらの方で!」
「……まぁ、そんな気はしていましたが」
当たり前じゃないか!
男子は、料理におしゃれさなんて求めないんです!
ベタがいいんです!
恋人に作ってほしいのはオムライス!
お嫁さんに作ってほしいのは肉じゃがとカレー!
これが鉄則であり、究極です!
「ケチャップで名前を書いてくれたら、僕は空も飛べる気がする」
「人は空を飛べませんが……そうですね」
腕を組んで「ふむ……」と呟いた高名瀬さん。
きらりと輝く瞳がこちらを向いて、挑戦的な笑みを浮かべる。
「明日中に、レベル30まで到達し、Dランクダンジョンに入れるくらい上達したら、鎧戸君好みのオムライスに名前まで書いてあげましょう。なんなら、素敵なプラスワンを追加してあげてもいいです」
「もし、到達できなかったら……?」
「その時は、インスタントカレーです」
まさに天国と地獄!
姉でも作れるような昼食にランクダウン!?
「……分かった。僕の本気を、見せてあげよう」
その時、僕の中に『鬼』が目覚めた。