61 白魔道師
放課後。
僕は高名瀬さんに拉致されるように部室へと連れてこられた。
時間差で~とか別々に~とか、そーゆーの一切無視して、思いっきり腕を掴んで連れてこられたなぁ……
「鎧戸君は、基本的な部分が分かっていません」
部室に入るなり、高名瀬さんの講義が始まる。
あ、講義中にアタッチの電源入れてプレイできる状態にしておくんですね。まぁ、なんて効率的。
「白魔道師がどういった職業か、理解していますか?」
「白魔道師は回復魔法が得意で、傷付いた人を助けるため後方に控えて、たまに補助魔法で味方を強化したり敵を弱体化させたりする職業……だよね?」
「違います。白魔道師とは、自分にバフ(≒強化魔法)をかけ素早さと攻撃力を上げつつ、敵の背後に回り込んで後頭部を鈍器で殴打、いや、乱打する職業です」
「いや、白魔道師の真髄は回復魔法だよね!?」
「敵の攻撃を受けなければHPは減らないのですから、回復魔法なんてあってないようなものです。あんなものは飾りです」
「違うよね!?」
そもそも、攻撃を一切受けない前提で作戦を立てるのがどうかしてるんだよ!?
気付いて!
「白魔道師とは、モンバスの世界では教会に所属する聖職者なのです」
高名瀬さんの言う通り、白魔道師とは神に仕える聖職者で、神の慈悲の力を借りて傷付いた者たちを癒やす、尊い職業だ。
「聖職者なのですから、邪悪なるモンスターの殲滅、撲殺は進んで行うべきなのです」
「高名瀬さん、聖職者に対する認識が歪んでるよ!?」
そもそも、白魔道師は非力なんだから、前線には出ないものでしょうに。
「力がないからこそ、敵の背後に回り込んで急所である後頭部を殴打するんじゃないですか。理にかなった戦略です」
絶対に、白魔道師を最前線に送り込むっていうのは理にかなった戦略じゃないはずだ。
「翼竜などは空に逃げることがありますので、背中に取り付いて、なるべく振り落とされないように後頭部を乱打してください」
「白魔道師に何を求めてるの!?」
「仮に上空で振り落とされても、回復魔法がありますので即死さえ回避できればすぐにも戦線に復帰できます」
「高名瀬さんは現実世界で、リーダーや管理職にはならないでね! 部下が気の毒過ぎるから!」
上空数十メートルから墜落しても、即死でなければ自分で回復してすぐさま戦いに戻れって?
鬼という表現すら生ぬるい。
まさに魔王だね、高名瀬さんは。
「しかし、オタケ君は4ナンバーズ。あまりに操作が拙いとわたしたちのバストについていけなくなる可能性が高いですよ」
二人に引き離されると、僕のふりをした高名瀬さんと御岳連国君が二人でゲームをプレイすることになる。
……絶対やらかすな、高名瀬さん。
なんでだろう、確信できる。
「まぁ、いざとなれば、わたしが完璧に鎧戸くんを演じきって誤魔化しますけれど」
うん。
一切信用できないな、そのセリフ。
「最低限、死なない程度にはうまくなっておくよ」
「では、レベルを上げつつ操作に慣れていきましょう」
高名瀬さんが向かいの席に座り、自身のアタッチを構える。
電源を入れるとか、準備する素振りは見えない。
あぁ、そうか。
高名瀬さんのアタッチはずっと電源が入った状態で、なんならずっとゲーム画面が表示されたままだったんだね。
……授業中はゲーム控えて!
「では、今からそっちの広場に行きますので、待っていてくださいね」
高名瀬さんの操る魔王は遥か遠く、かなり高難易度のモンスターが跋扈する街にいる。
片や僕の白魔道師は最初の街だ。
なので、待ち合わせが必要となる。
もちろん、向こうがこちらに合わせて会いに来てくれる。
しばらくすると、最初の街の広場に赤いエフェクトが発生し、そこから魔王が出現する。
転移魔法のようなものが使えるらしく、あっという間に会いに来てくれた。
『すまぬ、待たせたか?』
画面上で、魔王の頭上に吹き出しが表示される。
これがチャット機能。
これを使用してゲーム内で会話することが出来る。
……っていうか、高名瀬さん、魔王になりきってるね、その口調。
それより、魔王がデートの待ち合わせみたいな発言してるのが面白い。
なので、こちらも返事をゲーム内でしておく。
『ううん。今来たとこ☆』
「デートですか!?」
ゲーム内で返事したら、机の向こうからダイレクトに返事された。
いや、だって、魔王の方からデートっぽい会話を振ってきたんじゃないか。
というか、魔王も魔王で、こんな可愛いネコ耳白魔道師と会ったんだから、もっと嬉しそうにすればいいのに。
よぉ~し。
『このローブどうかな?』
「何をやっているんですか?」
白魔道師が問いかけると、魔王はくるりと反転して背中を向けてしまった。
しかし、白魔道師はめげない!
『ねぇねぇ、似合う? 可愛い?』
魔王の前に回り込んで問いかけてみる。
アクションアイコンというものが数種類あり、それを選択すると、画面上のキャラクターが選択した動作を取ってくれる。
体を左右に揺らす可愛らしいアクションを選択してみると、魔王を覗き込む小柄な白魔道師の少女が甘えるように体を左右に揺らす。
なにこれ、可愛いな!?
うわ、自分のキャラなのに可愛い。
ハマりそう。
「はぁ……」
僕がアクションアイコンをあれこれ試していると、向かいから高名瀬さんのため息が聞こえてきた。
そして、渋い顔のまま、高名瀬さんが何か文字を入力する。
『……悪くはない』
「魔王がデレた!?」
「デレてません! もう、早くモンスターを狩りに行きますよ!」
ぷいっと体ごと顔を背けてアタッチを操作する高名瀬さん。
顔がむこうに向いたせいでこちらを向いた耳は、ほんのりと赤く色づいていた。